12年前のこと。
それは彼の友達のことでもあり、
わたしの友達のことでもあった。
ピーター・ペティグリュー
その名前は、重い。
シーン22:約束
ブラックの話が終わったあと、は彼といくつか約束をした。
ひとつに、口外しないこと。
ひとつに、ネズミ=ペティグリューの捕獲を邪魔しないこと。
ペティグリューの捕獲を黙認することは正直、とても気が進まなかった。
もしがそれをしてしまえば、ロンとハーマイオニーの仲を壊してしまう。
真相を知ってしまえば納得できるかと言えば、そう簡単に割り切れるものではない。
はクルックシャンクスに連れられて森を出た。
道順は複雑だった。とてもひとりでは来れないだろう。
見送りついでに、ブラックは食事のための獲物を狩りにその場を離れた。
運がよければ野ウサギなどの肉を食べれるが、収獲がないときだってある。
空腹が限界に達したときは、昆虫でもいいから食べるらしい。
彼のために、何か出来ないだろうか。
ペティグリューを捕まえること以外でもいい。
彼は骨が浮くほどの身体に鞭をうってまで信念を貫こうとしているのだ。
たとえそのペティグリューというのが彼の作り話でも、彼の姿はあまりにもまっすぐだった。
何か、できないだろうか。
ポケットには飴くらいしか入っていないけれど。
しかし言い換えればポケットには飴が入っているのだ。
つまりはそれを手に乗せて彼へ差し出すことができるのだ。
ベッドに横たわっている自分の人間の体に寄り添うようにして、は猫の体を丸めた。
深く沈む感触がとても心地よかった。けれど彼は地面の上で伏せている。
彼に食べるものを持っていってあげよう。
でも、飴はダメだ。せっかく母から貰った(奪ったとも言うけれど)ものだから。
彼だって飴なんかよりきちんとした栄養のあるものが食べたいはずだ。うんきっとそうだ。
夕食も食べず、気付かない内に眠りに落ちていた。
ロンとハーマイオニーが絶交する夢を見た。気分は最悪だった。
*
目が覚めると早朝で、カーテンから朝日が差し込んでいた。
同室の子たちはまだスウスウと寝息を立てている。
起こさないように気をつけてベッドを抜け出すと、談話室に向かった。
暖炉の前のソファには栗色の髪をした人影があった。
「おはよう、ハーマイオニー」
「」
ハーマイオニーは驚いたように振り返った。
「おはよう。随分と早起きなのね。
昨日の午後からずっと寝ていたみたいだけど、調子が悪かったの?」
「え?…あー…うん、ちょっとね。でももう大丈夫!」
一瞬何のことか分からなかったは少し面食らった。
アハハと笑ってみたが自分でもウソくさいなと思った。
「…私は、スキャバーズが食べられてしまえばいいなんて思ってないわ」
ハーマイオニーは読みかけの本を閉じてに向き直った。
「私はクルックシャンクスを閉じ込めたくないの。縛り付けたくないのよ。
あの時、ペットショップの店員が言っていたじゃない?ずっと売れなかった、って。
ずっとお店にいる、って。私はクルックシャンクスを自由にしてあげたいと思ったの。
だから彼を引き取ったのよ。それなのに閉じ込めてしまったら、何も変わらないじゃない」
ペットショップでクルックシャンクスがスキャバーズに飛び掛った光景をは思い出した。
あの時はただ店の猫がネズミを見つけて遊んでいるだけだと思っていた。
けれど現実はそんなに甘いものではなくて、彼はネズミが普通でないと気付いたからだったのだ。
ハーマイオニーはそれを知らない。
にはまだ語ることが出来ない。
「…あの、ね。クルックシャンクス、喜んでたよ、ハーマイオニー」
今はウソをついて慰めることしか出来ない。
「貰われてよかったって。だから出来るだけ良い子でいるようにしたいって。
でもスキャバーズは別なの。面白がって虐めてるわけじゃないんだって。
ちゃんと理由があるんだって。どういう理由なのかは…その…教えてもらえなかったけど…」
「……クルックシャンクスがそう言ったの?」
「うん。あのね、食べちゃうつもりじゃないって言ってた。
ただ連れてかなきゃいけない所があるだけなの。
わたしはクルックシャンクス信じるから…だから、ハーマイオニーも信じてあげて」
だからシリウスもこれくらい言うのは許してください。とは祈った。
あなたの話をそのまま伝えることはしません。ハリーには絶対に言いません。
だから信頼関係が崩れるのを止めようとするくらいは許してください。
ハリーたちが、シリウスたちのようにならない為に。
「…わたしにはそれくらいしか出来ないから。ごめんね、ハーマイオニー」
「謝ることじゃないわ!私…えぇ、信じるわ。クルックシャンクスのこと」
ハーマイオニーはにっこりと笑った。
少し後ろめたかったが、も笑い返した。
大丈夫、これから頑張ればいい。
「あ、ねえ、ハーマイオニー、ちょっと聞きたいんだけど、
バッグとかをね、形は変えずに容量だけ増やすような魔法って…知らない?」
「知ってるわよ」
ハーマイオニーは事も無げに言った。
「し、知ってるの?それ…教えてくれる?」
「いいわよ。でも、急にどうしたの?」
まさか脱獄犯にご飯を持っていくためです、とも言えず、は曖昧に笑った。
夜食用、と言えばいいのか。非常食、とでも言えばいいのか。
ぐるぐると思考を廻らせ――たどり着く答え。
「………あのね、ナイショよ?差し入れをしてあげたい人が……いるの」
「、それって――」
「ナイショね?ハリーにも、ロンにも、言っちゃダメだからね!」
わざとらしくハーマイオニーから目をそらし、照れた表情をつくる。
声は落として、でも、待ちきれない何かに高揚しているかのように。
我ながら女優の娘じゃないかと、は思った。
現にハーマイオニーはころりと騙されたようだ。
まあ、とか言うと顔を輝かせた。
「――ボーイフレンドが出来たの?」
「ち、ちがうよ!そういう人じゃない…もん」
ああ、ホグワーツが全寮制でよかったな。とは思った。
女の子は絶えず噂話のネタを求めている。特に色恋沙汰の。
ハーマイオニーも例に漏れず輝いた瞳でを見ている。
「だから…ね?教えてくれる?あと、腐らないようにする呪文とかある?」
「えぇ、あるわよ!私に出来ることがあれば言ってちょうだい?
どんなものを持っていくの?手作りのお菓子とかは―――」
ハーマイオニーを騙していることはすこし後ろめたいが、
着々と手筈を整えてくれる彼女はとてもありがたい。
それもこれも、普段からテレビで母の姿を研究しているから出来たことだ。
たまにはあの母の妙な役柄だって役に立つものだ。
それにハーマイオニーだって誰かのプレゼントのネックレスをしているのだ。
恋は盲目。それをいちばん体現しているのは彼女だろう。
そういうことで、の演技は自分でも驚くほどの効果をあげた。
獲得したのは防腐効果を施し、見た目にそぐわない程の容量を備えた小さなバスケットである。
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