うっかりシリウス・ブラックの名前を出して怒られてしまったのは、まだいい。

スネイプ先生がルーピン先生のところにやって来るのも、まだいい。



だけどルーピン先生が見るからに「毒です」って雰囲気出してる薬を飲んじゃうのは、どうなの!











  シーン26:ナイトメア・ハロウィン 2











ほどなく、ハリーはルーピンの部屋から追い出された。
ちらりと窺っただけでも怪しいと断言できるようなものを飲み干したルーピンの神経が信じられなかった。

首を傾げながら教員室から出ると、同じような顔をしたが立っていた。



「ハリー、さっきの…」



ハリーは肩をすくめた。
の問いかけるだろう質問にこたえられる返事は生憎持ち合わせていない。
ルーピンはあの薬がどういうものなのか喋らなかったし、
なぜスネイプがそれを調合しているのかも教えてくれなかった。



「さっぱり分からないよ」

「そっかぁ……」



ハリーとは連れ立って歩き出した。
どこに行こうと口に出したわけではないが、足は自然と談話室に向いていた。



は?スネイプと一緒だったみたいだけど……」



何か罰則を受けたのか、とはさすがに聞けず、ハリーは語尾を濁した。
は特に気にしなかったようで、あぁと間抜けな声を出した。



「ハリーを探してたの。そしたらたまたま一緒になって…」

「僕を?」



そうだよ、とは事も無げに答える。



「だってハリー、元気なかったから心配だったの」



言い様のないむず痒さが胸の内に広がり、ハリーは曖昧な返事をかえした。
少し、気が楽になった。























「ルーピンがそれ、飲んだ?」



ハリーとはホグズミードのお土産を物色しながら、
ルーピンの教員室での出来事についてロンとハーマイオニーに報告をした。
案の定、ロンは口をぽっかりと開けて、二の句が継げない様子だった。

ハーマイオニーが腕時計を見て、宴会がもうすぐ始まると告げた。
近所のスーパーには置いてないお菓子の山を名残惜しそうに眺め、は立ち上がる3人を見送った。

談話室に残っているのはだけだった。
寮へ続く階段から耳を澄まし、誰も残っていないことを確認すると、急いで3人を追った。



「でももし、スネイプが本気だったなら――」



ハーマイオニーが周囲を窺いながら小声で喋るのが聞こえた。



「――もし、ほんとうにルーピンに毒を盛るつもりだったなら、
 ハリーの目の前でするはずがないと思うわ。そうでしょう?」

「ウン、たぶんね」

「遅効性…なのかもよ?誰かに見られることも予想の内、だったりして。
 たとえばたとえば、宴会の終わった後で効くように威力を調整するでしょ?
 そうすると先生が倒れてもそれが薬のせいなのか宴会の食事のせいなのか簡単には分から――」



ハーマイオニーにキッと睨まれ、は口を閉ざした。
冗談だったのに、とモゴモゴ言ったが、ハーマイオニーのお許しは得られなかった。


その後、ロンはその仮説に感心したようで、しきりと「それだ!」と言っていた。
しかし大広間の素晴らしい飾り付けを目にした途端、再び息を呑むこととなった。

天井に投影される天気は荒れ模様に設定されていた。
その下で、鮮やかなオレンジ色の吹き流したが泳いでいる。
くりぬいたカボチャに設えられた蝋燭の間を、生きた蝙蝠が羽ばたく。


これぞハロウィーン!とは思った。
全校生徒が集まっているのでなければ叫びだして小躍りしそうなほど素晴らしい光景だった。



、こっち来いよ!」

「ウィーズリー・セレクションのホグズミード土産だぞ!」



が惚けている間にハリーたちは人並みに流されていた。
代わりに聞こえてきたのはフレッドとジョージのうきうきしたような声だった。

ろくなもんじゃないだろう、と覚悟を決め、は声のするほうへ歩き出した。



宴会は素晴らしかった。

入学式の宴会以上に素晴らしいものは無いだろうと思っていたのに、
ものの2ヶ月でその予想は覆された。

食事は文句なしに美味しかったし、ゴーストたちの余興も面白かった。
ただし、「ほとんど首なしニック」がしくじった打ち首の場面を再現したときは、
まわりの生徒が大笑いする中では口元を引きつらせるだけだった。
(食事中にする話じゃないと思うんだけどどうなのみんな!)


は教職員テーブルをこっそり見ることも忘れなかった。
あんなに危険(に見える)物を飲んだのにルーピンは楽しそうに笑っていて、
実行犯(かもしれない)スネイプはルーピンのほうを窺い見ることはあったものの
特に不審な行動をすることはなかった。それよりも不思議だったのは、の姿が無いことだった。


は人知れず首を傾げた。
仮装まではしなくても、今まで家でハロウィーンのお祝いをすることもあった。
うきうきと楽しそうにカボチャをくりぬくの姿も、毎年のように見ていた。

だから信じられなかったのだ。
あの母がこんなにステキな宴会をサボってまでどこかへ行っていることが。
今日に限って夕食にまで現れないことが。

どこかで倒れていなければいいけど、と思いながら、はデザートに手を伸ばした。






宴会も終わり、みんなが大広間を出るとき、はマルフォイの姿を見つけた。



「ポッター、吸魂鬼がよろしくだってさ!」

「アンタもね!」



は、予想通りハリーに悪態をつくマルフォイの背後に周り、
双子のおみやげである本物そっくりのトカゲ型キャンディを彼のローブの隙間からさっと入れた。

マルフォイはギャッと声を上げて、勢いよく振り向いた。



「お前…っ!」

「トリック・アンド・トリート、マルフォイ!」



は小さくガッツポーズをしながら双子と合流し、
顔を真っ赤にして怒るマルフォイを笑いながらグリフィンドールの談話室へ続く道を進んだ。







「誰か、ダンブルドア先生を呼んで。急いで!」



"太った婦人"の肖像画の前は、グリフィンドール生でごった返していた。
なぜ誰も寮に入らないんだろう、と訝しんだとき、パーシーの声が聞こえた。

その声は焦燥感に満ちていて、いつもの首席バッヂを見せびらかす様子とは幾分違うそれに、
ただ単に"婦人"が不在で入れない、というわけではないのだということが伝わる。



「どうしたの?」



ジニーがやって来て訊ねたが、誰にも答えられなかった。
はジニーと顔をあわせると、肩をすくめて見せた。


その次の瞬間、ダンブルドアが現れた。
いつやって来たのかは誰にも見えなかっただろう。

ダンブルドアは肖像画のほうへサッと歩いていき、生徒たちはどうにか道をあけた。
ハリーとロンとハーマイオニーが混乱に乗じてすぐ近くまで行くのが見えた。
ハリーのこれまでの騒動はそういう行動が原因なんじゃないかと、はこっそり思った。



「ああ、なんてこと―――!」



ハーマイオニーの悲鳴のような声が聞こえてきた。
同時に、肖像画に近い生徒たちの方から同様が伝播してくる。

はわけもわからずキョロキョロと首を動かした。
何かよくないことが起こったのだろう、と予想はついた。


そして、には残念ながら心当たりがひとつあった。



(でも寮に残ってる子はいなかったはずだし、
 宴会の途中で寮に戻った子もいなかったはずだし――)



いつの間にか、マクゴナガルやルーピン、スネイプまでもが肖像画の前に到着していた。



「婦人を探さねばならん。マクゴナガル先生、フィルチさんのところに行って、
 すぐに城中の絵画を探すように伝えてくださらんか」



ダンブルドアの言葉に、マクゴナガルがしっかりと頷いた。
は必死で目の前の状況についていこうとしたが、
もしかして、という想いだけが勝手に頭の中を走り回っていた。



「見つかったらお慰み!」

「……ピーブズ、それはどういう意味かの」



ピーブズは混乱した状況が楽しくして仕方が無い、というように言った。



「恥ずかしかったのですよ、校長閣下。あの女はズタズタでした。
 五階の風景画の中を走っていくのを見ましたが、ひどく泣き叫んでいましたなあ。お可哀相に!」



その言葉にはちっとも「可哀相」という響きがなかった。

そこで、にはようやく合点が言った。
――"太った婦人"の肖像画が、めちゃくちゃに切り裂かれたのだ。



「ピーブズ、婦人は誰のしわざか言っておったかね?」

「ええ、ええ、校長閣下!
 あいつは婦人が開けてやらないんで、ひどく怒っていましたよ!」



やめてくれ――とは祈った。
しかし誰に祈ればいいのかわからなかったので、とりあえず母の顔を思い浮かべた。

お願いします、どうか、どうか、別の人でありますように。



「あいつは癇癪もちだねえ、あのシリウス・ブラックは!」



祈りも虚しく届いたピーブズの非情な言葉に、はポケットに忍ばせた懐中時計をぎゅっと握り締めた。



















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