「……我輩が察するに、ここでいう『英雄』とは、
 つまり我が校に在籍している『とある生徒』を示唆しているのであろうが……」



先生、眠たくなってきました。











  シーン30:ある日の授業風景 1教科目











スネイプの授業が始まり、それが悪い意味で期待を裏切らないものであることに生徒達は気付いた。

グリンデルヴァルドの暗躍していた時代の話は、講義として聴くことが出来た。
『名前を呼んではいけないあの人』の時代は、スネイプの機嫌が悪くなり始めるのが容易に見て取れた。
そして授業が13章3節に入ってからは、生徒達は聴くことさえ忍びなくなってきたのだった。

どのページにも一回は必ず『生き残った男の子』や『ポッター』という名詞が出てくる。
は改めて魔法界でのハリーの重要性、そしてそれに対するスネイプの嫌悪感というのを実感した。



「………そしてこの本の著者が言う通りであれば、
 この『英雄』によって古き時代を打ち挫くことが可能となったわけであり、
 其れをして我々は『英雄』を戴いた世界を新たに築き上げる時代なのである、とな。フム……」



誰も、何も、発言できなかった。
ただ黙ってスネイプによるハリー・バッシングを聞き流していた。

今日の「防衛術」はスネイプの独壇場で幕を閉じるのであろう。
それならば、という事で殆どの生徒はスネイプの話にあわせて教科書を読むフリをした。
そして実際には数ページ先の、コラム『フェンズの大嵐』に目を通していた。

も例外ではなく、そのページを読んでいた。
どうやら『フェンズの大嵐』とかいう事件は、実際に起こったのかどうか定かではないらしい。

『フェンズの大嵐』という事件は、ポッター夫妻の悲劇の約三ヵ月後に起こったとされる新たな悲劇である。
 とある闇払いが独りで敵地に赴き、20人以上の闇の魔法使いたちと共に爆発で死亡したとされる。
 この事件は存在しないという声明が魔法省から発表されているが、アルバス・ダンブルドア氏はそれを否定している。
 一部の魔法使いの間では、この殉職したとされる勇敢な闇払いを『デイム・グランドクロス』と呼んでいる。




「………以上だ。13章を纏めたレポートを課題とする。
 諸君は必要以上の誇張や賛美らが無用であると心がけたまえ。
 残りの時間は課題に取り掛かるがよかろう」



生徒たちは一斉に顔を上げた。
終業のベルが鳴るまで、まだ30分以上の余裕がある。

密かに眠っていた生徒も、教科書を読み進めていた生徒も、
みんなが意外な展開に驚いていた。
まさかスネイプが早く授業を終わらせる日が来るなんて!



「………あの、先生」

「挙手したまえ、ミス・アンドロニカス」



は手を挙げ、スネイプを見据えた。



「『フェンズの大嵐』についての講義は無いのでしょうか?」



みんなが思っているであろうことを、は代表として聞いた。

スネイプはぴくりを眉を動かした。
そしてそのまま無言でを見る。

睨んでいるわけではなかった。
ただ、何かを推して考えているようだった。



「…………」



先日、ブラックの名前を口にしてしまった時のような気まずさだった。
この事件もまたスネイプの触れられたくない地雷だったのだろうか。



「…………『フェンズの大嵐』という事件は、公式には存在しないとされている。
 魔法省が存在を否定している事件について書き連ねているような本を授業で使用するなど、
 ルーピン教授は何を考えているのやら、我輩としては信じがたい事実である」

「でも、ダンブルドア校長先生はそれを否定していらっしゃると書いてありますが……」



は食い下がった。
行間から、この本の著者が『魔法省がこの事件を揉み消したのだ』と主張しているのが解るからだ。

周りの生徒たちも同様だった。
ダンブルドアが否定しているとあっては、この話、何やら裏がありそうだと勘付いたのだ。



「先生はこの事件や人物についての噂などを聞かれたことはありますか?
 …………先生は、どうお考えなのですか?」

「…………………」



スネイプは先程と同じように黙ってを見た。
生徒たちは雰囲気に呑まれ、とスネイプを静かに見守る。

やがて、スネイプがゆっくりと口を開いた。



"女性一等勲爵士"(Dame Grandcross) ―――我輩はマグルの地位に興味は無い」



ぴしゃりと言い捨てると、スネイプは足早に教壇を降りた。
ぽかんとしたまま、はもはや教授不在となった教壇の方を見続けていた。















結局うやむやにされてしまったが、
スネイプははっきりと「そんな事件はない」とは断言しなかった。


地下牢教室へ歩きながら、他に答えを知っていそうな人物は居ないかとは同室の女の子たちと考えた。

ダンブルドア?(一番確実に知っていそうに思われる)
ルーピン?(何せ本職の「防衛術」の教授なのだから)

は?という意見もあった。
は生返事をしながら、もうひとつの可能性に思い至った。

――シリウス・ブラックなら何か知っているんじゃないだろうか?

これはとても可能性のありそうな仮説のように思えた。
もし彼が世間で言われているような闇の魔法使いなのだとしたら、
同僚を20人も葬り去った人物について知らない筈がないし、
もし彼が自称するように、彼が闇の勢力と対抗して闘っていたのなら、
敵方に大打撃を与えた救世主を知らないとは思えない。

しかしは気付いた。
事件は、『ポッター夫妻の悲劇の約三ヵ月後』、
つまり『シリウス・ブラックが逮捕された約三ヵ月後』に起きたのだ。
これではあまり期待できそうにない。


魔法族の親類をもつ子たちは、ふくろう便で訊いてみるという意見で一致したようだ。
も出来ることならと話したかったが、当分は無理そうだ。
このままではクリスマスだって『親子』になれないかもしれない。


は溜息をついた。
とりあえず、今は次の授業に対する不安の方が大きい。

なぜなら、たちグリフィンドール1年生の次の授業というのは、
何を隠そう彼女らと最も相性の悪い「魔法薬学」なのだ。
もしかすると今日は朝からずっとスネイプ漬けなのかもしれないのだ。


は再び盛大な溜息をついた。
そしてその直後、少し先のところを歩いているハリーたちを見つけた。


1年生の仲間たちに「先に行ってて」と声をかけて、はそちらに向けて走った。
ハリーたちは「魔法史」を終えたところらしく、ロンの額には眠っていたのだろう跡がついていた。



「ハリー!」



が声をかけると、3人は揃って立ち止まり、の方を振り向いた。
ハーマイオニーの首筋で、目を凝らしてようやく分かる程度に黄金色の鎖が煌いている。
の知らない誰かからのプレゼントのネックレスだった。
彼氏とはうまくやっているらしい、とは邪推した。



「ちょっと、聞いて!信じ、らんない、んだから!」

「どうかしたの?」



が喋り始めると、ハーマイオニーが心配そうに聞いた。
すぐにでもスネイプのことを報告したかったのだが、息が切れてしまった。
わずかな距離しか走っていないつもりだったのに、予想以上に体力を消費したらしい。



「あのね、わたしたち、さっきの授業、防衛術、だった、んだけど、」

「さては、今度はフィルチのドレスか?」



茶化すロンに、違う!とは反論した。



「ルーピン先生が、―――」

「ハリー!」



の言葉は、突如として廊下に響いたオリバーの大声にかき消されてしまった。

そのあまりの音量に体を震わせて驚いたあと、はきょろきょろと辺りを見回した。
あんなに大きな声で聞こえたのだから、すぐ傍にいるのだろうと思ったのだ。
その間も「ハリー…ハリー…」というオリバーの声の木霊が響いている。



「ハリー!聞いてくれ、さっきのフォーメーションの重大な欠点を発見したんだ!
 いいか、こう、ディゴリーが回り込んできたとするだろう?そうしたらここはガラ空きで――」



の背後からぬっと現れたオリバー・ウッドは、
ポカンとしたのことも、呆れた顔をしたロンやハーマイオニーのことも、
「ああ、またか」と諦めた表情になったハリーのことも気付いていないようだった。

彼は激しい身振りで、ハリーに戦略を説明している。
元のフォーメーションを知らないには、どこが重大な欠点なのかあまりピンと来なかった。



「だからといって、こっちにビーダーを廻してしまうと、
 チェイサーの守りが薄くなってしまうだろう?だからここはひとつ――」

「あの、オリバー」



ハリーが気まずそうに切り出した。
なんだ?と言って、オリバー・ウッドはようやく戦略の説明を打ち切った。



「実は、がクィディッチをしてみたいらしいんだ。
 だから練習の前くらいにクァッフルでキャッチボールをしたいと思ってて、その許可を貰いたいんだ。
 それから僕は…重大な欠点よりも、最終的なフォーメーションを教えてくれた方が――えっと、混乱しないんだけど、」

「クァッフル?ああ、別に構わないぞ。チームのためにもなるだろう。
 最終的なフォーメーションはだな、これから説明しようとしていたんだ。
 よく聞いてくれ。もしもディゴリーが回り込んできたら、ハリーはこっちに動くんだ。こっちだ。こうやって――」



興奮のあまりに、前後の繋がりが曖昧な返事をして、
オリバー・ウッドは再び激しい身振りでハリーのフォーメーションを説明し始めた。


ハリーはの方を見て、くたびれたように笑った。
『許可がもらえてよかった』と言いたいのだろう、とは思った。

しかしキャプテンの許可がもらえたのは確かに良かったが、
スネイプがルーピンの代講をしていることを報告できていないこの状況はあまり良くない。

いつ話に割り込もうかと考えあぐねていると、終に始業のベルが鳴ってしまった。



「や、やば!次って魔法薬学だった!」

「僕らは防衛術だ。ハリー、僕らは……」



ロンがまだ言い終わらないうちに、ハリーは頷いた。
「先に行っててくれ」という意味だろう。



「まあ、ルーピンだから大丈夫だと思うけどな。
 それよりはスネイプだろ?ホラ、急げよ」

「うん!…って、え?次、防衛術って言った?」



走り出そうとして、は思わず足を止めた。

しかしロンとハーマイオニーはもう廊下の先へ走って行ってしまい、声は届かなかった。
ハリーの方を見やれば、オリバーはまだ熱弁を振るっている。

3年生の授業が「防衛術」だとしたら、やはりスネイプがルーピンの代講をするのだろうか?
ならば1年生の「魔法薬学」は誰が授業をするのだろう?マクゴナガル?フリットウィック?
いっそのこと、自習にはならないものだろうか?

しかし、スネイプ以外の先生が3年生の「防衛術」の授業をし、
たちのクラスの「魔法薬学」はいつも通りにスネイプが行う、という可能性もある。



「と、とにかくハリー、次の授業は、気をつけて!」



いずれにせよ、スネイプの授業に遅刻するのは命懸けの行為だ。
はハリーを残していくことに多少の罪悪感を感じながら、再び駆け出した。

誰が待ち構えているにせよ、地下牢教室まで全力疾走しなければ!



















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ルビだと潰れてしまいましたが、『デイム・グランドクロス』のスペルは『Dame grand cross』です。
Dameは英語で、Knightに叙せられた女性の敬称。私はフランス語かと思っていました。
男性だと『ナイト・グランドクロス』=『Knight grand cross』になります。



誰のことかは………まあ、わかりますよね。