明日はクィディッチの試合があるわけで、
試合があるのは土曜日なわけで、
つまり今日は金曜日なわけで、

だから午後からわたしの授業は何もないっていうわけなのよ!











  シーン32:ある日の授業風景 放課後











はうきうきと廊下を歩いていた。
放課後になれば、クィディッチを見学させてもらえる。
しかも自分にはそれまで授業は無い。

ハリーたちの授業が終わるまで、何をしていようか?は考えた。
これまでだったらシリウスに会いに行く絶好のチャンスだったのだが、
『時計』を取り上げられてしまった今、それは不可能だった。

寮の部屋で眠ってもいい。
校内を探検してみるのもいい。


それとも、ルーピンのお見舞いに行ってみようか?


はぱたりと足を止めた。
ルーピンの部屋までの最短距離を頭の中で検証してみたのだが、
意識は別の方向に逸れてしまった。

行って、何が出来るだろう?
あのルーピンが授業を人に任せざるをえないほどの病気なら、
そっとしておくほうがいいのかもしれない。


その場で足踏みしていると、再び気になり始めたことがあった。
居るのか居ないのか分からない例の闇払いのことだ。

『デイム』という女性の敬称を冠されているのだから、やはり女性なのだろうか?
ポッター夫妻の悲劇から、『約三ヵ月後』の、新たな悲劇。

何かが引っかかる。
しかし何が気になるのかは、わからない。


無意識の内に、の足は図書室への最短距離となる通路へ向かっていた。















この2ヶ月の間に、課題やら何やらで図書室のお世話になった回数は決して少なくない。
しかしはこの空間に足を踏み入れるたびに、いつも圧倒された気分になる。
ホグワーツの蔵書は、それほどまでにおびただしい。

近代闇の魔術の蔵書の棚に足を運ぶ。
もしも「あいつは闇の魔術に興味があるらしい」と誤解されたらどうしようかと思ったが、
棚の近くのテーブルにはおどろおどろしい本と羊皮紙とを山積みにした生徒が大勢居て、
の心配は杞憂に済むことがわかった。


本の背表紙を指でなぞりながら、ゆっくりと棚から棚へ視線を移していく。

真剣になると意外と周りが見えなくなるもので、
通路が近いことに気付かなかったは、やって来た生徒と思い切りぶつかってしまった。



「――った!あ、ご、ごめんなさい!」



衝突してしまった相手が抱えていた本が、ドサドサと床に落ちていく。

は血相を変えて、慌てて本を拾おうと膝を曲げた。
謝りながら相手の顔を窺うと、そこには端正な顔が驚いた表情でこちらを見下ろしていた。



「いや、いいんだ。本を読みながら歩いていた僕も悪かったんだし…」



彼は灰色の目をやわらかく細めると、人を安心させる笑顔でを見た。
も微笑み返し、本を拾う作業に戻る。


ほどなく全ての本を拾い上げ、ぶつかってしまった彼に返そうと立ち上がると、
彼の喉元のネクタイの色から、ハッフルパフの生徒だということがわかった。



「ごめん。君に拾わせてしまって……怪我はなかった?」

「わたしこそ、ごめんなさい。拾うくらいのことでも、お詫びになればいいんだけど」



全然ケガなんかしていないことをアピールするためにニッコリ微笑んでみせながら、
は彼の顔をどこかで見たことがあるような気がしてならなかった。

いったいどこで?
校内じゃない。入学するより前くらいに――?



「――あ!もしかしてあの時のコンパートメントの監督生の人!」



思ったよりも大きな声が出てしまい、は慌てて辺りを窺った。

彼は、そう、あの時のホグワーツ特急のコンパートメントで、
「ここは首席と監督生のコンパートメントだ」と教えてくれた人だった。



「セドリック・ディゴリー。その通り、監督生だよ、・アンドロニカスさん」



彼はから本を受け取りながら、わざと悪戯っぽく言った。
なぜ自分の名前を知っているんだとは思ったが、
あれだけ間抜けな組分けを披露してしまったのだから、仕方が無いのかもしれないと思い直した。


レポートですか?とがセドリックに訊ねると、彼は頷いた。



「きみはどうしてここの棚に?1年生で、もうそんなに意地悪な課題を出されたの?」

「えっと、違うんです。その…興味があることがあって…
 あの、で、でも別に闇の魔術が好きとかいうんじゃなくてっ、何と言うか……あの、ディゴリーさん?」



誤解されては困るのでは必死で言い繋ごうとしたのだが、
セドリックがが喋るそばからクスクス笑うので、やる気を削がれてしまった。



「ごめん、ごめん……大丈夫、そんなに必死にならなくても、
 君が闇の魔術に惹かれていると考える人は居ないと思うよ。
 それに、僕のことはセドリックでいい」



じゃあわたしのこともでいいです、とは言った。



「わ、わたしの組分けはフレッドとジョージに騙された結果だったんですっ。
 …だから、そんなに笑わないで下さいよぅ……」

「うん、大丈夫。そういうことも皆わかっていると思うよ。
 ……それで、何を調べようとしていたの?」



レポートに追われる生徒の迷惑そうな視線を感じ、は声を落とすことにした。
セドリックの方に一歩近寄ると、彼はその理由を了解したようで、
彼のほうからものほうへ一歩近付いてきた。



「…"フェンズの大嵐"と、『デイム・グランドクロス』のことです」



思いがけないほど顔と顔の距離が近く、どぎまぎしながらは言った。
そんなの心境を知ってか知らずか、セドリックはなるほど、と零した。



「あの事件って、ほんとうにあったことなんですか?」

「……僕は、父から聞いたのだけど。当時、かなり腕の良い女性の闇払いが居たことは確からしいよ。
 それに、突然その女性の行方が分からなくなったことも。
 だけどそれがフェンズでの事件と関係があるのかは分からないという話だったよ」



は頭が混乱するのを感じた。
フェンズの事件と、女性の闇払いの存在に関係がないのかもしれないってどういうこと?
というかそもそもフェンズの事件って何なんだろう?


セドリックは、そんなを見ていた。
ホグワーツ特急の時にも思ったし、組分けの時にも思ったことだが、
・アンドロニカスという少女の、コロコロ変わるこの表情は見ていて飽きることがない。

双子のウィーズリーがご執心だという理由がよくわかるのだった。



「おいおいセドさんよ、ちょっとばかし顔が近いんじゃねぇかなぁ?」

「そうだぞ、グリフィンドール生は常に清く!正しく!潔く!だ」



そして突然、噂をすれば影とでも言うように双子のウィーズリーが現れた。

フレッドもしくはジョージ(セドリックには見分けがつかなかった)がを抱え込み、
もう片方がセドリックに冗談交じりの睨みをきかせてくる。


は思考の途中で突然身を引っ張られ、びくりと体を震わせた。



「ちょっとフレッド、ジョージ!」

「まったくよ、の初仕事だと思ってせっかく早めに授業を切り上げたってのに、
 当の本人がどこに行っちまったやら寮にも厨房にも競技場にも姿が見えない」

「いいか、
 マネージャーたる者、いつだって選手の気持ちを読んで先回り、が基本だぞ」



いつマネージャーなんかになったんだ!とは思った。
そしてそのままズルズルと双子に連行される。

段々と離れていくセドリックは、少し瞠目したが、すぐに普通の表情に戻った。



「ウィーズリー、明日は良い試合をしよう」

「おう、首洗って待ってろよ」



セドリックは紳士的な笑みを浮かべて双子に呼びかけると、にさよならを言った。
もきちんとさよならを言いたかったのだが、その前にセドリックは立ち去ってしまった。



「もーっ、二人ともちょっとはセドリックを見習ってよね!」

「「やなこった!」」



図書室を出たあたりでが二人に文句を言うと、同じ声色のユニゾンが綺麗に響いた。















は双子のウィーズリーに半ば引き摺られるようにして競技場に辿り着いた。

道中で聞かされた話によれば、オリバー・ウッドは『見学したい』というの要望を、
何をどう間違ってか『マネージャーになりたい』と解釈したらしいのだ。


相変わらず空からは雫が滴っていたが、ずぶ濡れになってしまうほどではない。
ハリーはもうユニフォーム姿でそこにいて、赤いボールの準備をしていた。
なるほどそれがクァッフルかと感動するをピッチに残し、双子は着替えるために更衣室へ引っ込んだ。

ハリーたちの魔法薬学の授業も、が代講したらしい。
キャッチボール中の話題はもっぱらへの誉め言葉とスネイプへの愚痴だった。

二人は湿った芝生の上に立ってクァッフルを投げ合った。
いきなり箒に乗って滑って落ちました、というのでは冗談にもならないからだ。

ふと、は"フェンズの大嵐"についてのスネイプの曖昧な態度を思い出した。



「ねえ、ハリーはデイム・グランドクロスって人知ってる?」



の突拍子も無い質問に、ハリーは目を瞬いた。
一体この子は何度人の度肝を抜けば気が済むのだろうと思った。



「うーん…僕は知らないな。というか、それってマグルの爵位だろう?」



それは本当に人の呼称なのか?とハリーは思った。



「そうなんだけどー、なんか、そう呼ばれてる人が居るかもしれないらしいよ?」

「すっごい曖昧だね……」



エヘ、とは笑った。



「それで、魔法省はそんな人居ないって主張してるんだけど、
 ダンブルドア先生は居るって思ってるらしくって…ここからはわたしの勘だけど、
 たぶん、スネイプも何か知ってるんじゃないかと思うのよ」

「スネイプが?」



思いがけない名前が出てきたので、ハリーは思わずクァッフルを取り落としてしまった。
赤いその革張りのボールは彼の足の甲の上で跳ねて、湿りきった芝生に落ちた。


そしてちょうどその時、チームの残りのメンバーが競技場に入ってきた。
双子がハリーに、の選手としての才能の有無についてしつこく訊ねてきたので、
結局その話題はハリーの中にモヤモヤとしたものを残したままになってしまった。


一方のは、その謎の闇払いについてのことなどすっかり頭から追い出してしまった。

ハリーとふたりでは扱いきれないかもしれない、ということで
トランクに仕舞われたままだったブラッジャーを、双子が実演してくれるというのだ。

すごい、すごい!と、は飛び跳ねながら歓声を上げた。

シーカーもチェイサーも、どちらも魅力的ではあったのだが、
そのどちらよりもの性に合っていると感じたのはビーダーだった。


その後、ハッフルパフ戦を想定した練習が始まった。
の当面の仕事は、オリバーが鬼のように投げまくるクァッフルを拾い集めることのようだ。



















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(いつの間にやら)マネージャーになりました。