試合開始から

15分……ケイティ。10点。(ハッフルパフのペナルティ)
28分……ハッフルパフの背の高いチェイサー。10点。
30分……アリシア。10点。



ねえオリバー、これって本当に役に立つの?











  シーン34:レ・ミゼラブル











雨の音の間から聞こえてくるリー・ジョーダンの解説を基に、
は必死で記録用紙に経過時間と名前と得点とを書き込んでいった。

出来るものなら時計なんて気にせずに試合に熱中したかった。
それでもマネージャーである以上は、キャプテンの指示に従うしかない。
は本当に使い道があるのかも分からない記録をひらすら取り続ける。


ハリーの姿は、ほんの米粒くらいの大きさにしか見えなかった。
それほど上空に居るのかと思うと、羨ましいやら怖いやらでぶるっと体を震わせた。

雨は強くなっていて、の顔や腕にびしびしと吹き付けてくる。
ハーマイオニーのかけてくれた呪文が無ければ、今ごろ記録用紙は繊維に還っていただろう。



『――っと、ここでグリフィンドールのタイムアウトです』



リー・ジョーダンの声が聞こえた時、はグリフィンドールの50点目のスコアを書き込んだところだった。
稲妻の筋が空から奔り、そして微かに遅れてゴロゴロという音も聞こえてくる。

真紅のユニフォームが、灰色の空を背景にピッチの中央にどんどん集まってくる。



、私はハリーのところへ行って来るわ」

「ん、わかった。がんばれーって伝えてね」



ハーマイオニーは杖をローブの袖元に大切に仕舞いながら言った。
はその後姿を見送り、記録用紙に『タイムアウトで中断』と書いた。

のすぐ近くに座っていた同室の子たちも立ち上がり、
お手洗いに行って来るから、再開に間に合わなかったら後で教えてくれ、と言った。
いいよいいよ行ってらっしゃい、とは答える。


ピッチでは、ハーマイオニーがハリーの近くに居るのが見えた。
それから程なくして選手たちが箒に跨り、試合が再開された。
は自分の腕時計を見て、時刻と『試合再開』という文字を書き込む。



『――さぁ試合再開です。ポッターはどうやら眼鏡に細工をしたようですが、
 いったいどの様な進化を遂げたのでしょう?――おっと、ウッドがファインセーブ!
 しかしまあ、僕だったらテストの解答が眺めただけで解るような眼鏡が欲しいものです』



そんな眼鏡があったらいいなぁと思いながら、は上空を見上げた。
朝にはまだ遠い上空を漂っていたはずの雷雲は、もう真上まで来ている。

息を切らしたハーマイオニーが席に戻ってきた。
おかえり、と声をかけると、うまくいったわ!という嬉しそうな声が返ってきた。

目を凝らしてみると、ハリーの飛びっぷりは心なしか先ほどまでよりしっかりしている気がした。

クィディッチというのがこんなにもハラハラするスポーツだとは思っていなかった。
は一度大きく息を吐いてから吸って、祈るような気持ちでハリーや双子の姿を追った。


ぴかっと辺りが光った瞬間、カナリアイエローと真紅とが競うように急旋回を始めた。


スニッチだ!というロンの声がどこか遠くで聞こえるような気がした。
どくどくと脈打つ心臓の音を聞きながら、はその光景をじっと見守る。



そしてあと少しというところで――――『それ』が来た。



はホグワーツ特急で感じたような寒気が全身を駆け巡るのを感じた。
咄嗟にハーマイオニーにしがみつくと、彼女もまた震えた手での手を握った。


それは吸魂鬼だった。

相変わらずマルフォイの言っていたような『変なマント』を被ったそれが、
には良いことをすっかり奪っていく不幸の化身のように思われた。

雲間から稲妻が堕ち、競技場は急にぱっと明るくなった。

雷特有のゴロゴロという爆発音を聞きながらピッチを見ると、
最初はほんの数体だったはずの吸魂鬼たちは今や巨大な一団となっていた。



「ハリー!!」



誰かの悲鳴が聞こえた。
とハーマイオニーは弾かれたようにハリーが飛んでいるはずの所を見上げた。

そこにはもはや真紅のユニフォームは無かった。

すっと視線を下げて皆が指で示す方向を見ると、
猛スピードで落下していく人の姿があった。

は頭痛がした。
目の前の光景も、生徒たちの悲鳴も、何もかもが遠くから聞こえるようだった。

そこでダンブルドアが立ち上がり、杖を振った。
すると何か銀色のものが杖の先から迸り、吸魂鬼たちはそれに恐れをなして退却していった。
鳥のようなその姿に、の鷹のことを思い出した。

そして再びダンブルドアが杖を振ったとき、ハリーの落下していく速度がいくらか和らいだ。
しかし束の間の安心も、すぐに響いたグシャッという嫌な音にかき消されてしまう。



「落ちた!ポッターが落ちたぞ!」

「あれは……あの高さじゃあ……」



ハリー、という祈るようなハーマイオニーの声がユウの耳に届いた。



『――今、ダンブルドア校長がポッターを担架に乗せています。
 ディゴリーがマダム・フーチに何かを言っていますが……あれは?
 スニッチ!ディゴリーがスニッチを持っています!くそったれ!』



見ると、セドリックがマダム・フーチに何かを訴えているところだった。
そして彼の指の隙間から見える金色の羽は―――確かに、スニッチだった。



『――皆さん!ハッフルパフのシーカーは、グリフィンドールのシーカーの落下時には
 既にスニッチを掴んでいたことが確認されました。よって、この試合はハッフルパフの勝利となります!』



リー・ジョーダンからマイクを奪ったマダム・フーチが宣言した。
グリフィンドールから嵐のような批難の声が上がったが、それは撤回されなかった。

のつけていた記録からも判るように、この試合は全くのフェア・プレーの連続だったのだ。



「ハリー………」



は目を閉じてその場に座り込んだ。
次から次へと涙が溢れてきた。























医務室でハリーがゆっくりと目を開いたとき、
はそのすぐ横で泣きじゃくっているのを双子に慰められているところだった。

ホグワーツ特急の時なんかは比べ物にならないほど、気分が悪かった。



例えばに対して隠していること。
それはが『時計』を何のために使っていたのかということと、シリウス・ブラックの真実。

例えばがシリウスに対して隠していること。
それはが本当は人間であることと、の娘であるということ。

例えばがハリーに対して隠していること。
それはの本当の苗字が『』であるということと、
ハリーの両親を取り巻く、 とシリウス・ブラックの交友関係のこと。



ホグワーツ特急のときにはこれらの秘密はずっと少なかった。
だからこそ平気だったのだろう。

『嘘をついている』『皆を騙している』という現実を、吸魂鬼によってまざまざと思い知らされた。
そうして皆が自分のことを嫌いになって、最後には独りになって、
二度と皆と笑うことも喋ることもできなくなるような気がして、涙が止まらなかった。



終いにマダム・ポンフリーがやってきて、チームのメンバーを追い出してしまった。
彼らは頭の先から爪先まで雨でずぶ濡れで、おまけに泥だらけだったのだ。

ユウは根拠のない申し訳なさでハリーの顔をまともに見ることが出来ず、
ジョージのユニフォームの裾を掴んだまま医務室から出た。



「………どうして吸魂鬼が競技場に入り込んだんだ?」



絞り出すようなフレッドの声がして、皆は顔を見合わせた。
それは生徒たちがみんな思っていることだった。



「試合の熱気に惹き寄せられたんだって…ダンブルドア先生が仰っていたわ。
 危険かもしれない、こんなことになるかもしれないって…そう思っていた、って…」

「じゃぁどうして何も対策をしなかったんだ!
 は一体何をしてたんだ?」

「フレッド!それは言いすぎよ……先生の所為じゃないわ。
 だって先生の担当は……あくまで『夜間の』警備なんだし…」



ケイティとフレッドの口論を聞きながら、は心の中でハリーに謝った。

ごめんなさい。
きっと、わたしが皆を騙しているからこうなったんだ。



















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