それからは誰も何も喋ろうとしなくて、
わたしたちはトボトボと廊下を歩いて戻った。

あんなに楽しみにしていたクィディッチだったのに、最悪の結果になってしまった。
きっと誰が悪いわけでもないんだろうけど、わたしには自分が悪いように思えた。

は何をしていたんだ?」という声が、いつまでも耳から離れない。











  シーン35:空白の時間











同じように、は何をしていたのか、という疑問が大勢の生徒たちの間で囁かれていた。

彼らは頭の片隅で、教授の担当は夜間警備だということはきちんと理解していたのだが、
授業などで彼女が与えたインパクトが、『教授は吸魂鬼の総監督である』という印象を抱かせたのだった。


敗北を喫したグリフィンドール生はもちろん、レイブンクローや、
途中ですれ違ったハッフルパフの生徒も、せっかくの勝利なのにあまり喜んだ様子ではなかった。
ただひとり喜んでいるとしたらスリザリンくらいだろう。

グリフィンドールのクィディッチメンバーからオリバーを引いてを加えた一行は、
延々と続くような階段をようやく上りきって、談話室に辿り着いた。


談話室はまるで葬式の真っ最中かとでもいうくらい静まり返っていた。
それでもクィディッチメンバーが入ってくるのを見ると、
「惜しかった」とか「次こそは」とか、生徒たちは口々に声をかけてきた。

ハリーの意識が戻るのを待っていたので、もう日は暮れていた。
朝食から何も口にしていなかったが、は空腹を感じなかった。

元気出せよ!次も頼りにしてるからな!と言ってくれる双子にぼんやりと笑って返し、
はそのまま重い足取りで、自室へ向かった。





自室では、同室の子たちがひとつのベッドの上で肩を抱き合って震えていた。

彼女たちがタイムアウトの時に競技場から立ち去って以来、
そういえばどこに行ったのか全く気にかけていなかったことをは思い出した。



「え、ちょっとみんな……どうしたの?」

!」



はみんなと同じベッドの上に上った。



「私たち途中で競技場から出たじゃない?
 その時……もう少しで危ないところだったの…」

「危ない……って?」



同室の子たちは互いに顔を見合わせた。
やがて、代表でロミルダが喋り出す。



「吸魂鬼よ……ねえ、ハリーが吸魂鬼のせいで大怪我をしたんでしょう?
 私たちも、もう少しでそうなるところだったのよ…!」



うそ、と思わずが零すと、彼女たちは本当よ!と一斉に喋りだした。



「うそじゃないわ!私たち、見たもの!
 吸魂鬼が1体こっちに近付いてきてて……」

「その後ろにもたくさん居たの!
 先生が居なかったら私たち、襲われてたわ!」

「ま、待って!ちょっと待って!
 ロミルダ、今先生って言った?」



ロミルダは涙目で頷いた。



「ええ!私たちが試合中に出てきたから、『どうしたの?』って、先生が…
 だから『お手洗いに行くんです』って答えたとき、先生が急に怖い顔になって…
 どうしたのかと思ったら吸魂鬼が居たの!」

「それで…先生はどうしたの?」

「『ここはわたしが何とかするから逃げなさい』って…」



競技場に吸魂鬼たちが現れたのは、タイムアウトから少し後のことだ。
その直前に、は吸魂鬼たちが侵入してきたことに気付いた。

競技場に吸魂鬼たちが入るのをあえて食い止めなかったのか?
それとも食い止めようとして……?


は背筋にぞくっと奔るものを感じた。
もし、もし食い止めようとしていたのだとしたら?
あの吸魂鬼の一団を、大群を、たったひとりで?



はベッドから飛び降り、扉に向かって走った。



、どこ行くの?」

「競技場に忘れ物したの!」



を探さなければならないとは思った。
見つかればそれで良いが、見つからないときは今の話を誰かに伝えなければ。















が闇雲に廊下を走っていたとき、
聞き覚えのある低い声がひそひそと話しているのが聞こえた。

は足を止め、辺りを窺う。

すると、さっき通りすぎた廊下のガーゴイル像の近くで、
スネイプとダンブルドア校長が立っているのが見えた。


先生、と声をかけようとして、は思わず声を引っ込めた。



「――リーマスの処にも居らんかったか…」

「はい。やはり警備にも現れていないようです」

「何事も無ければ良いのじゃが…」



そして2人は、そのままガーゴイル像の間の扉へと消えていった。
は一目散に走ったが、どう見てもそこは単なる壁だった。



「先生!ダンブルドア先生!スネイプ先生!」



握りしめた手で壁をドンドン叩いてみても、何の反応もない。
合言葉が必要なようで、開けてくださいとお願いしてもどうにもならなかった。

2人が話していたことは明らかにのことだった。
それも、の悪い方の想像を裏付けるような。


は諦めて再び走り出した。
『リーマスの処にも居なかった』ということは、スネイプはルーピンの部屋を訪れたということだ。
つまりもうルーピンは病気が治ったか、質問に答えられるぐらいには回復したのだろう。

には、ルーピンが残された最後の希望のように思えた。







「先生!ルーピン先生、開けてください!
 わたしです、です!」



はルーピンの事務室の扉をノックした。
しかしそれはあまりにも力が入りすぎていて、どちらかといえば叩くという動作に近かった。



「ママが!早く行かなきゃママが!
 見つけてあげなきゃいけないんです!」



が涙声で何度も繰り返して言っていると、やがて静かに扉が開いた。

顔を覗かせたルーピンは見るからに病み上がりといった体だったが、
は構わず「先生!」と安心したような声を上げた。



、君は『アンドロニカス』さんのはずだろう?
 あまり大きな声で『ママ』と呼ぶものじゃないと前にも言ったじゃないか」



そんなことを話している場合じゃないんだ!と叫びそうになるのを、ぐっと堪える。



「……先生、お加減が悪いのにごめんなさい!でも、もう先生しか居ないんです。
 ロミルダが…わたしの友達が言ってたんです、ママのこと」



ルーピンが驚いた顔をしたが、はそのまま説明を続けた。

ロミルダたちが吸魂鬼たちがやって来るのを見たこと、
その場に居合わせたがロミルダたちを庇ったこと、
それはタイムアウト直後、つまりハリーの事故が起きる直前の出来事だということ、
だから早く探してあげなければ、もしかしたらは………


はそこで言葉を切った。
ルーピンの手の中に、信じられないものを見たのだった。



「なら、この『時計』はもしかして……」



は頷いた。
頷いた拍子に、溜まりに溜まっていた涙がいよいよ堰を切って零れだした。

それはにくれて、ついこの前没収されたはずの『時計』だった。



「先生っ……それ、どこで……」



ルーピンは「私じゃないんだ」と首を振った。
そして、今までが存在に気付かなかったオレンジ色の猫を、足元から掬い上げた。



「クルックシャンクス!」



クルックシャンクスは挨拶でもするかのように、ニャァと鳴いた。
はルーピンに抱えられたままのクルックシャンクスに質問を浴びせた。



「クルックシャンクス、あれをどこで見つけたの?
 ママがそこに居たの?……まだ、そこに居るの?」



クルックシャンクスは鳴くでもなく、ただ唸った。
は『時計』を使ってしまおうかと思ったが、クルックシャンクスは構わず床に下りる。
そしてとルーピンを振り返り、尻尾を立てたまま出て行こうとした。

付いて来いという合図だというのが、にはわかった。

ルーピンもどうやら雰囲気で読み取ったようで、「付いて行こう」と言った。
も一緒においで、という意味なのかとは思ったのだが、
まだ何も言わないうちからルーピンに先手を打たれ、否定されてしまった。



はダメだよ。城の中に居なさい。
 スネイプ先生とマクゴナガル先生に説明しておいてくれるね?」

「でも………はい、わかりました」



は渋々頷いた。
頼んだよ、と言うと、ルーピンはの手に『時計』を渡して部屋を出て行った。

はそれを握りしめながら、マクゴナガルを探すためにルーピンの部屋を後にした。



没収されたとき、取り返したければ『どんな手段を使ってもいい』と言われたことは確かだが、
まさかこんな方法で返ってくるとは、ちっとも予想していなかった。





















 ←シーン34   オープニング   シーン36→