「ご、ごめんなさい……なんか変なことになっちゃって…」

「気にしないで、僕も美味しいトライフルが貰えてラッキーだと思ってるんだから」



セドリックはそう言って、にっこりと笑った。
ああもう、フレッドとジョージは本当にセドリックを見習えばいいのに!












  シーン38:アフターワード 3











もうじき夕食の時間になるのだろう、大広間へ向かうまばらな数の生徒の間を、
とセドリックは大荷物を抱えながら並んで歩いていた。
セドリックはハリーの容態をひどく心配していたようで、にあれこれと質問してくる。



「あ、そういえば……調べ物は終わったのかい?」

「調べ物?……って、なんだっけ…?」



セドリックの急な問いかけに、は頭を全力で回転させた。
調べ物?なにか調べていただろうか?



「デイム・グランドクロスと、フェンズの大嵐のことだよ」

「ああ!そういえば!」



が自力で答を見つける前に、セドリックが言った。
なるほど、とは合点を打つ。

忘れてたんだ?とセドリックは呆れたように言う。
は小さく頷いた。言い訳をするなら、それどころじゃなかったのだ。



「ねえセドリック、フェンズの事件と、その闇払いとは関係あるのかわからないって前言ってたよね?
 わたし、そのへんのことがよく解らなくて……結局、大嵐ってどういう事件だったの?」

「えーと……"あの人"が倒されてから3ヶ月後くらいに起きた事件で、
 闇の陣営の残党を壊滅に追い込んだ決定的な事件、と言われているそうだね」



ペリエほどの大きさのボトルを抱えなおし、セドリックは言う。



「嵐の夜、残党たちが作戦を練っていたところに、何者かが現れたか、もしくは仲間割れかもしれない。
 とにかくそこで大爆発が起きて、闇の魔法使いたちの体はバラバラになった状態で見つかったらしい。
 そして………いや、ごめん、女性に話すべき内容ではなかったね」

「え?ううん、平気よ。大丈夫」



はパタパタと片手を小さく振って『ぜんぜん大丈夫』ということをアピールした。
バラバラ死体は確かにショックな光景だが、レディ扱いされた嬉しさで、つい顔が綻んでしまう。



「それで……うん。グランドクロスというのは、その爆発を引き起こした魔法使いのことを言うんだ。
 闇の陣営を潰した功績は讃えるけど、すこし手口が……惨いんじゃないか、って、
 そういう経緯でマグルの勲章の呼び名が付いたらしい。だからある意味では、蔑称なのかもしれないね」

「うん……そうかも。もう少し別の方法があったかもしれないもの」



僕もそう思うよ、とセドリックは言う。



「誰がその爆発を引き起こしたのか、正確には判っていないんだ。……生存者が、いないからね。
 だけどその時期に、ぱったりと姿を消してしまった女性の闇払いが居て、
 一部の人は彼女がフェンズの事件に関わっていると考えて、『デイム』という女性の冠詞をつけたんだ。
 でもその日の夜に出動したという記録は残っていないから、本当のことは誰にも解らない」

「ん……なんか……難しい、ね」



はトライフルの容器を見つめながら言った。

テキストの著者はきっとその『一部の人』だったのだろう。
そして『出動した記録がない』というのを『魔法省が隠蔽している』と見なしたのだ。

しかしスネイプは、『そんな事件は存在しない』とは言わなかった。

スネイプは確かに意地悪だったり、嫌味を言ったりする人物ではある。
けれど、無意味に嘘をつく人物ではない。とは思うようになっていた。



「………あー…えっと、ウッドの調子はどう?」

「え?」



頭を捻りすぎて頭痛がするかと思えてきたころ、セドリックが訊ねた。
は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。



「オリバー?んっと……ちょっと元気ないけど、大丈夫よ。
 ハリーの次の箒を選ぶのに必死みたい。決めるのはハリーなんだけどね」



恐らくは先ほどの会話で殺伐としてしまった雰囲気を和らげるためだったのだろう。
がわざと意地悪っぽく言うと、セドリックは安心したように小さく笑った。

ハッフルパフの次の試合はいつだろう、とは考えた。
たしか、今月末だったと思うのだが。



「でも、次のスリザリンは絶対勝つもん!
 ハッフルパフは…次はどこと試合だったっけ?」

「レイブンクローだよ」

「そっか……頑張ってね!」



が笑顔で言うと、セドリックは苦笑いでを見た。



「グリフィンドールが優勝するためには、僕らは負けなきゃいけなんだよ?」

「え、そうなの?」

「そう。それも、こてんぱんに潰されなくちゃ」



は、成り行きとはいえ、グリフィンドールのマネージャーだ。
つまり、ハッフルパフを応援してはいけない立場になる。

それでもひとりの友人として、セドリックには頑張ってほしいと思う。
はまさにチームと個人の間で板ばさみになってしまった。



「でも…でもだからって、セドリックは負けるつもりないでしょ?」

「もちろん。これは勝負だからね」

「だったら『頑張って』以外に、わたしが言えることはないもん。
 これはきっとアレね、清く・正しく・潔く!っていうグリフィンドールの意地だわ」



正々堂々と戦おうとしている友人を見送るのに、『負けてくれ』と声をかけたくはない。
騎士道を重んじるグリフィンドールの名に懸けて、そんなことは出来るはずがないのだ。

セドリックは驚いたようにを見つめた。
数秒ほどそうして立ち尽くした後、彼は笑い出した。



「うん……ありがとう、頑張るよ。
 相手も……チョウ・チャンだって全力で来るだろうから、
 絶対に勝つっていう約束は、出来ないけど…出来る限りの力は尽くすよ」

「そうだよ、ハリーに勝ったんだから!」



セドリックは曖昧に笑った。



それからはクィディッチのことを話しながら、グリフィンドールの談話室へ続く階段を上がった。
彼があまりにもチョウ・チャンのことを褒めるので、は『好きなのかな?』と思った。
彼女に気をとられるあまり、箒から落っこちなければいいけれど、とはこっそり考えた。















セドリックとはカドガン卿のすこし手前で別れた。

カドガン卿は、大量のトライフルと炭酸水のボトルを見ると、
羨ましそうな視線をに投げかけながら談話室への入り口を開いた。

荷物はひとまず置いておいて、ハリーたちか、フレッドたちに運ぶのを手伝ってもらおう。
そう思いながら一歩、肖像画の穴の中へ入る。



「厨房デートは楽しかったか、?」

「ひゃ!」



突然、暗闇から声がした。
叫び声を上げながら、は持っていたボトルを落しそうになった。

杖の明かりが灯り、暗闇にぼんやりと赤毛が浮かび上がる。
もしかしなくとも、フレッドとジョージのコンビだった。



がスネイプに喰われてないか心配で見張ってたら…
 まーさーか、ディゴリーと一緒に厨房から出てくるなんてなー」

「俺たち、超ショック。死ぬかも。なあ?」

「あれは、偶然、っていうか見張ってたの?」



が彼らの手元を覗き込むと、そこには古ぼけた羊皮紙があった。
輪郭からして地図だろうか、と思った時には、羊皮紙はさっと隠されてしまった。



「あ、ちょっと、見せて。お願い、見ーせーてー」

「ハッフルパフと仲良くしているような子には見せませーん」



は腕を伸ばしたが、魔法で空中にふわりと浮かび上がった羊皮紙はジャンプしても掴めそうにない。


結局、10分ほどそうして奮闘したあと、は買収に乗り出した。
ちょうどあきてきた頃合だったのか、彼らはトライフル8個でその羊皮紙をに見せてくれた。

最初の印象どおり、それは地図だった。
ただし、彼が持っているものの大半と同じく、普通ではない。



「う、動いてる、この地図!」

「おうよ。すっげーだろ?忍びの地図、ってんだぜ!」



フレッドは自慢そうに言った。

それは、動く地図だった。
ホグワーツ中を網羅していて、すべての人の名前と場所が絶えず動き回っている。

作ったの?とが訊ねると、ジョージが首を振った。



「フィルチ様から頂いたのさ。1年生のころだったかな、相棒?」

「そうだな、相棒。それ以来ずーっとお世話になってるのさ」

「もう今じゃあ全部の抜け道を覚えたぜ」



途中、スネイプの部屋にの名前を見つけたりしながら、は素早く地図を眺めた。

・アンドロニカス』
ウィーズリーの名前に挟まれるようにして、その文字は羊皮紙の上に存在していた。
はほっと息をついた。この地図のせいで本名がバレることは無さそうだ。



「全部覚えてるの?」

「そうさ、ホグズミードにだって行けるぜ」



地図は森の中ほどまで続いていたが、シリウス・ブラックの名前は見当たらなかった。
安心したような、がっかりしたような気分で、は地図を見つめる。



「いいなあ……ねえ、二人が卒業したら、わたしに譲ってくれる?」

に?そうだなあ、いいぜ、って言いたいとこだが――」

「どうやらお嬢さんはハッフルパフに夢中みたいだしなあ――」



またそれ!とは頬を膨らませる。



「どうせ譲るんならもっと、我々の正当な後継者……
 真にグリフィンドールなる者に譲りたいものだなあ、

「わたしだってグリフィンドールだもん!」

「ヒヨっ子が何を言うか!
 もっとこう、ハリーのようなグリフィンドール魂を……」



フレッドとジョージとは、一斉に動きを止めた。

この地図の、もっとも良い使い方を思いついたのだ。



「ハリー」



は呟いた。

この地図があれば、ハリーもホグズミードに行ける。
誰かに襲われそうになるような可能性も、地図で周囲を見張っていれば随分と軽減できるはずだ。

3人は顔を見合わせた。



「……というわけで、、諦めてくれ」

「代わりに俺たちが案内してやるから、な?」

「しょーがない!そういうことにしてあげる!」



イタズラっぽく笑い、は頷いた。


ハリーへの少し早めのクリスマスプレゼントは、
こうして本人のあずかり知らない所で決定されたのだった。



















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セドリックが難しすぎてわかりません。