それから3人で「いつ渡そう?」っていう話をして、
今すぐとか来週とかいろんな意見があった中で、来月のホグズミードの前にしよう、と決まった。



「いたずら完了!」



ジョージが杖で地図を叩くと、インクはぱっと消えてしまった。


ハリー、喜んでくれるかな!











  シーン39:マラウダーズ・トラベラー 1











11月の寒空は12月の中ごろまで続いた。
ようやく雨が止み、空がすっきりと晴れたときには休暇の2週間前になっていた。


その間には、とにかく色々なことがあった。


まず、11月の下旬にハッフルパフがレイブンクローに惨敗した。
これはにとって好ましいとも好ましくないとも言えない出来事だった。
セドリックが負けてしまったのは残念だが、グリフィンドールは優勝争いに復帰出来そうだ。

そしてそれに伴い、オリバーが復活した。
ハリーの次の箒のことを、寝ても覚めても考えている。
当然のことながら、放課後は寒さで凍えるまで練習だ。

は、12月に入ってようやく回復したようだ。
以前よりは頻繁に食事に姿を現すようになったのは、スネイプにしっかり怒られたからだろう。
ちなみに吸魂鬼たちは、ダンブルドアの怒りのせいで非常に大人しくなったそうで、
『仕事がなくなった』と母がぼやいていたのをは一度耳にしたことがある。

ハリーは目に見えて元気を取り戻していた。
箒を失ったショックからも立ち直り、吸魂鬼に対抗する特訓をする約束を取り付け、
クィディッチにも希望が見え始め、要するに風向きが彼に味方をしているのだった。


それに加え、目前に迫ったクリスマス休暇。


ロンやハーマイオニーは学校に残ると言い張った。もちろんハリーのためだ。
も学校に残ることになったが、クリスマス・イヴとクリスマス当日は家に帰ることになっていた。

なぜそんなややこしいことになったのかと言えば、ある日の魔法薬学の授業で、
この上なく迷惑そうな顔をしたスネイプ経由で母からのメモを受け取っていたのだった。



ちゃんへ。クリスマス休暇に休暇がもらえませんでした。
 ママを学校に残して帰るような薄情な子に育っていなければ、残っていてください。
 25日はパーティに招待されています。ちゃんもです。ちなみに強制です。
 それの準備と併せて24、25日だけ帰宅許可が出ました。ママの休暇はこれだけです。
 家にはその2日間だけの帰省になりそうなので、荷造りをしておいて下さい。ママより』



ママめ!と思い、はそのメモを大鍋で煮込んでしまいたくなった。
多少のご機嫌を伺うような書き方をしてある(『ちゃん』付けとか珍しい!)ものの、
要するに本人に拒否権は無いのだった。

クリスマス休暇に休暇がもらえませんでした、って、当然だ!とは思う。
なにせは11月いっぱいはスネイプの部屋でぐうたらしていたも同然なのだ。

はこの頭の悪そうなメモを誰かに見せたかったのだが、
・アンドロニカスの親子関係が発覚してしまう恐れがあり、不可能だった。



12月になっても、シリウス・ブラックが逮捕されたというニュースは無かった。
それどころか、もはや世間では忘れられつつある。
ホグワーツ内はハロウィンの『婦人襲撃事件』以来すっかり平和で、
もそれ以来シリウス・ブラックのもとへ行くことはしなかった。

たまに地図を借りて見ると、クルックシャンクスが森へ向かうのを目撃したりすることもあった。
恐らくシリウス・ブラックのところへ通っているのだろうと見当が付いたが、
は『時計』を使う勇気が無く、いつもそれを見送るだけに留まった。















「ハリー、お・は・よ!」

「おはよう…今日はご機嫌だね…」



えへん、とは胸を張る。

それは学期最後の日、ホグズミード行きの日の朝食時だった。
ハリーはよりも低いテンションで答えた。
許可証がない3年生はハリーひとりなので、またしても彼は置いてけぼりを喰らうのだ。



「わたしは日常的に元気だよ!
 ハリーは今日はテンション低いねぇ」

「別に。もう慣れたさ、留守番なんて」



ここでハリーはをちらっと見た。
ぶっきらぼうな言い方をして、を傷付けてしまったのではないかと思ったのだ。

しかしは口の端を持ち上げ、にんまりと笑っている。
何か面白いことがあって、それを報告したくてたまらない、というように見えた。



「何なんだい?」

「ひーみーつ!お楽しみはこれからってことよ、ハリー!」



ぺちん、とハリーの背中を叩き、はミルクを一気に飲み干した。
ハリーは手から落ちそうになるパンを慌てて掴みながら、不思議そうにを見た。

この後ハリーを待っているサプライズ・プレゼントのことを知ったら、どんなに驚くだろう。
は笑いを噛み殺しながら、まだ見ぬホグズミードに思いを馳せた。

何を隠そう、自身もハリーと一緒にホグズミードに向かうつもりなのだ。



「じゃあね、わたし、ちょっと用事があるから、また後でね!」



は立ち上がり、大広間の扉まで小走りに駆け抜けた。
途中でマルフォイのバカにしたような視線やルーピンの不思議そうな視線を感じたが、構わなかった。

扉の外では、フレッドとジョージが待ち構えていた。
は親指をグッとあげてみせる。



「バッチリ!ハリーってばすっごい落ち込んでる。
 サプライズのし甲斐がありそうだよ!」

「よーし、じゃ、もう1回確認するぞ」



フレッドが、とジョージの方を向いてにやりと笑って言う。



「ハリーがロンたちの見送りに来た場合、談話室に戻る途中の廊下で俺たちはスタンバイ。
 もしそこから図書館へ行っちまった場合は?」

「わたしがハリーの軌道修正!」

「その通りだ。ま、たぶん談話室に戻るだろうさ。外は寒いしな。
 もし見送りにすら来ない場合は?」

「またしてもわたしが軌道修正!」

「その通りだ。というよりも、の仕事はそれしか無い」



ひどい!とは頬を膨らませる。



「空き教室を確保したら、いよいよ地図の譲渡だ。
 で、はこん時はどこに居るんだったかな?」

「空き教室の外で見張りでーす」

「地味だなあ、



ジョージが笑った。
地味な役しかくれなかったくせに!とは思った。



「ハリーが地図を快く受け取ってくれた場合は?」

「わたしも一緒にホグズミード!」

「ハリーが地図を遠慮しようとした場合は?」

「わたしと一緒にホグズミード!」



後者の場合、地図を一旦が受け取る、という手筈になっていた。
そして地図を持ったが、ハリーを連れてホグズミードに行くのだ。
ハリーが地図を受け取った場合は、がハリーに便乗する形になる。

3人は顔を見合わせ、にやりと笑った。
は、段々自分がこの2人に似てきたような気がした。



「じゃ、始めますか!」



パチン、と手を合わせ、3人は作戦の実行に移った。







がまず向かうのは談話室である。
そこで、ハリーがロンたちの見送りに行くかどうかをチェックしなければならない。

見送りに出た場合は尾行し、次の段階に移る。
もしハリーが引き篭りそうになったら、『見送りに行こう!』と誘うのだ。


少しして、朝食を済ませたハリーたちが戻ってきた。
ロンやハーマイオニーはそのまま部屋に行き、外出用のマントを羽織って出てきた。

暖炉から一番遠いソファの影に身を隠しながら、はハリーを観察した。
たまに同寮生たちが不思議そうな顔をしての傍を通りかかったが、この際無視だ。


『ハリーがロンたちの見送りに行くかどうか』という第一関門は、
の軌道修正を必要とすることなくクリアされるようだ。

ハリーは自主的に玄関ホールへ向かい、友人たちを見送った。
は彼の哀愁漂う後姿を見守りながら、次なる待機地点へ向かった。


第二関門は『ハリーが談話室に戻るかどうか』という点である。
もしハリーがフクロウ小屋などに向かってしまえば、フレッドとジョージは寒い中待ちぼうけになってしまう。
そこを上手く誘導して談話室へとハリーの意識を向けさせるのがの仕事だった。

もちろん最初から『渡すものがあるから4階の空き教室へ来い』と伝えれば簡単な話ではある。
しかしそれでは面白くない、というのが地図の所有者である双子の意見なので、従わざるを得ない。

はハリーの後をこっそりと付いて行った。
靴音が鳴らないよう、慎重に歩かなければならない。


どうやら、ハリーはまっすぐに談話室に戻るつもりのようだ。
計画が順調に進んでいることを感じ、はハリーの背後でにやりと笑う。



「ハリー、こっち来いよ」



が4階に差し掛かったとき、フレッド(またはジョージ)の声が聞こえた。
続いて、数人の男の子のひそひそとした喋り声。

は最後の数段を一気に飛び越えて、廊下の角に身を隠した。
そこからチラッと窺うと、赤毛に挟まれたハリーが空き教室へ入っていくのが見えた。


この時点を以って、の仕事は第三段階へ移る。
空き教室近辺の警備、つまり他の生徒や先生が空き教室に入らないようにすることである。

手始めに、3人の居る空き教室の左右それぞれを確認する。
そこは予想通り、もぬけの殻であった。

続いて、少し離れた曲がり角などをチェックする。
誰も居ない廊下を覗き込みながら、が窓の外に雪がちらついているのを見た。




そろそろ説明が終わっただろうか。
は3人の居る空き教室の前へ戻ることにした。

あと10メートルほど、という所まで近づいたとき、
空き教室から「ハニーデュークスで会おう」という声が聞こえた。

ほぼ同時に、同じ顔立ちの赤毛の少年が2人飛び出してくる。
「どうだった?」とは小声で彼らに問う。



「――ま。ちょっと戸惑ってる感じはあるけど、計画通りさ」

「じゃあな、。叫びの屋敷で会おうぜ」

「べつに怖くなんかないもん!」



が言うと、彼らは揃って笑い、の頭をわしゃわしゃと撫で回した。

彼らはそのまま走り去り、は扉の前に残された。
目の前の空き教室に居るのは、地図を手にしたハリーひとりである。


どうしよう、中に入ろうか。

がそう思ったとき、カチャリと音を立て、扉が数センチだけ開かれた。
口許に笑みが広がるのを感じながら、はその扉を思いっきり引っ張った。



















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