「――――ぅわ!」

「ようこそ、『忍びの地図』観光へ!
 本日のお相手を務めさせていただきます、です。よろしく!」



急に扉が開いたせいで唖然としているハリーに向かって、わたしは握手を求める手を差し出した。
彼の「?」という戸惑いの言葉に、にっこりと笑って応える。



「ミスター・ウィーズリーから使用方法についてはお聞きになりまして?
 ホグズミード直通『隻眼の魔女像のこぶ』特急、まもなく発車いたしましてよ?」

「どうしてきみがそれを知っているんだ?」

「ハリーったら、わたしのことを双子に似てるって言ったの、もう忘れたの?」



ハリーはにやっと笑い、わたしの手を取った。



「それじゃあ、行くかい?きみも―――ホグズミードへ?」

「うん、ハリーが良ければ、連れてってくれる?」



もちろんさ、とハリーは言った。











  シーン40:マラウダーズ・トラベラー 2











ふたりは連れ立って隻眼の魔女の像の後ろに隠れた。
ハリーはチラチラと周囲を気にしていたが、が前もって見回りを済ませたことを言うと、安心したようだ。

魔女の像の背中には『怪しいです』という雰囲気を醸しているコブがあった。
ハリーは何度かてのひらでそれを叩いてみたが、何も起こらない。

呪文が要るのよ、とはハリーに言う。
そこでハリーが地図を覗いてみると、地図上のハリーから小さな吹き出しが現れた。

小さな吹き出しに、更に小さな文字が浮かび上がる。
それは呪文のように見えた。



「ディセンディウム…?」



戸惑いがちに、ハリーが言う。

次の瞬間、コブはぱっくりと割れ、人がひとりやっと通れる大きさの割れ目が出来た。
その割れ目の先は暗く、とても遠くまで続いているのが雰囲気で感じられる。

とハリーは顔を見合わせた。



「―――僕が先に行くよ」



年上として、そして男としての責任を感じて、ハリーが言った。
は小さく頷く。それと同時に、ハリーはコブの割れ目の先へ吸い込まれていった。

は少し待った。
しかしハリーからの「オッケーだよ」という返事はない。



「ハリー、どう?行けそう?」



自分の声がグワングワンと反響した。
すると割れ目の先はトンネル状になっているのだろう、とは検討をつけた。

イチかバチか、飛び降りてみるしかなさそうだ。

は目を瞑り、割れ目から身を乗り出した。















「――――っわ!」

「大丈夫かい?」



長い距離を滑り、ドスン、と尻餅をついた先は、湿った冷たい地面だった。
ハリーの杖先の明かりがなければ、奈落に落ちたと思い込んでしまいそうな場所だった。

大丈夫、と答ながらは立ち上がる。
天上は低く、少し身を屈めて歩く必要がありそうだ。



「行こう。多分、こっちだ」



ハリーが言い、は頷いた。


それから2人は、ホグズミードへの進軍を開始した。
果てしないとも思える時間を歩いていると、ともすれば挫折しそうになる。
しかし『ハニーデュークスへ行くんだ』という思いが足を動かした。

1時間も歩いたように感じられた頃、道は上り坂になった。
魔女像のコブから地面へ着くまでに滑り降りた距離を考えれば、
この坂はかなりの長さがあるのだろう。

はハリーのローブの裾を掴んだ。
ハリーに引っ張られるようにして、は坂を上る。
やっぱり男の子だなあ、とは思った。






坂の次に待ち構えていた何百段もの階段を登りきると、そこは倉庫だった。

はハリーに引っ張り上げられて、埃っぽい床に辿り着いた。
観音開きの撥ね戸を元に戻すと、戸は見事なまでに床にカモフラージュされた。



「ここ、地下室よね?」

「あそこに階段がある」



ハリーが指差した方向を見れば、確かに木製の階段があった。
そこから店内、もしくは地上へと出られるのだろう。
2人は這うようにして、音を立てないで階段の傍へ近付いた。

店員らしき人の声が聞こえ、同時に階段が軋む。商品の補充に来たらしい。
は大きな箱の陰に隠れながら、肘でハリーを突いた。



「ハリー、行って」



少し何かを言いたそうな顔をしたが、ハリーは頷いた。
彼は階段を駆け上がり、に手招きする。

今度はが頷き、そっと木の板に足をかけた。
振り返れば、店の主人が大きな箱と格闘している。
これなら気付かれることはなさそうだ。


ハリーがドアを開け、2人は身を低くしたまま、眩しい店内へと繰り出した。



店内は生徒たちで溢れ返っていた。
とハリーはカウンターの裏から、その人ごみに紛れるようにして立ち上がった。

お互いに顔を見合わせる。
とうとう来たのだ、ホグズミードに!



「あそこ、ロンじゃない?」



店の一番奥まったコーナーに見覚えのある後姿を見つけ、が言った。
ハリーはそちらを見た。なるほど、オレンジ色の頭がひょっこりと飛び出ている。

とハリーは生徒たちの間を縫ってそちらへ向かった。
通り過ぎる棚という棚には、見たこともない種類のお菓子が積み上げられている。

思わず足を止めそうになる自分をなんとか誤魔化しながら、2人は『異常な味』のコーナーに着いた。
ハーマイオニーは血の味のするキャンディを眺めている。恐らく、吸血鬼用なのだろう。



「ハリーはこんなもの、欲しがらないわよね……」

「こっちはどうだい、ほら、ゴキブリごそごそ豆板!」

「きみたち、真面目に選ぶつもりがあるならこのコーナーは止めてくれよ」



ロンがハーマイオニーに差し出した瓶を見て、ハリーが呆れたように言った。
間違ってもお土産に選ぶものではないと思い、は心の中でハリーに同意した。

「ハリー!」と、ハーマイオニーが驚いて悲鳴を上げた。



「ハリー!あなた、どうして、いえどうやってここに?」

「まさか『姿現わし』が出来るようになったのか?」

「まさか、違うよ―――ね、



はハリーの背後からぴょこんと顔を出した。
アッ、とハーマイオニーが声を零す。



、あなたまで!」

「えへへ、えっと、ボディガード兼オトリっていうか…!」



ハーマイオニーの言及を、は笑って誤魔化した。

ハリーはロンとハーマイオニーに、ここに来るまでの話をした。
双子から貰った地図のこと、がくっついて来たこと、険しい坂道のこと―――……


ロンは、実の兄弟であるのに、フレッドとジョージに地図のことを教えて貰えなかったことに憤っていたが、
ハーマイオニーは断固として、ハリーがホグズミードに来ること事態に憤っていた。



「だってハリーは許可証を持っていないのよ?誰かに見られたらどうするの?
 まだ暗くなってもいないのに…それに、そう!今、ここにブラックが来たらどうするのよ!」

「誰かに見られたら、サイン貰ったって言えばいいんじゃないの?
 シリウス・ブラックが来たら、わたしが何とかしてあげるから大丈夫だよ!」



は鼻高々に言った。ポケットには例の『時計』が入っている。
いざとなれば子猫の姿になり、ブラックを説得することだって出来るだろう。

の発言に対し、ハーマイオニーは「バカ言わないで!」と言った。
しかし彼女にもハリーにホグズミードを楽しませてあげたいという気持ちがあったのだろう、
しまいにはロンが「別の棚を物色しに行こう」と言い出しても反論しなかった。















会計を済ませた後は、4人でホグズミードの町に出た。
外気は冷たく、ハリーはマントを被ってくるべきだったと後悔した。

郵便局や、ゾンコの悪戯道具専門店など、ホグズミードには様々なスポットがあった。
が驚いたことに、叫びの屋敷というのは、ハロウィンの夜にシリウス・ブラックを捜しに出かけたが、
に見つかって捕獲された例の廃墟だった。
月明かりに照らされたそれの印象よりも、昼間に見たほうが寂れているようには思った。



「て、ていうか、さむい!」

「寒いときにはこれだ――『三本の箒』でバタービール!」



が体を震わせながら言うと、ロンが歯をガチガチ言わせながら提案した。
同じように凍えていたハリーとハーマイオニーは、一も二もなく賛成した。


道を横切り、棒のようにカチコチになった足を精一杯動かして、4人は競うようにパブを目指した。
木製のその扉を開けると、中からむわっとした温かい空気が吹き付ける。

生徒もちらほらと居るようだが、客の大半は大人たちだった。
タバコの煙で、数メートル先すらも霞んでいる。

4人はテーブルをひとつ占領した。
本来なら居ないはずのとハリーは奥まった席へ座り、ロンがカウンターへ注文に行った。
カウンターの奥には女主人らしき女性が、忙しそうに飲み物を給仕している。

テーブルの背後は窓になっていて、道行く人々の様子が窺えた。
すぐそばにはクリスマス・ツリーが飾られていて、クリスマス気分を盛り上げる。


少しして、ロンがバタービールを抱えて戻ってきた。



「じゃあ、今学期のメチャクチャな日々に……カンパイ!」

「ロン、おじさんくさい!メリー・クリスマスでしょ!」



ロンがジョッキを掲げ、みんなでグラスを合わせた。
口々に「メリー・クリスマス!」と言いながら、グラスを傾ける。

それは今までに飲んだことのあるどんな飲み物とも違っていた。
体の芯から温まるだけではなく、程よい甘さ、苦味、どれをとっても文句の付けようがない。
「おいしい!」とが言うと、ハリーは無言で何度も頷いた。
彼もまたバタービールの美味しさに夢中になり、声を出せないほど口に含んでいたのだ。



ようやく体が温まり、談笑もたけなわになった頃、
チリンとドアベルの音がして『三本の箒』の戸口が開いた。

は思わずバタービールが気管に入りそうになった。

そこに居たのは見覚えのあるホグワーツの教師たちだった。


がテーブルの下に慌てて潜りこんだのと同時に、
ロンとハーマイオニーがハリーの頭を押さえつけ、テーブルの下に彼を押し込んだ。

何組かの足がたちのテーブルの前を行き来する。
ハーマイオニーが魔法でツリーを動かし、ハリーを隠すためのカモフラージュをした。
しかしどうやら、教師たちはたちのテーブルのすぐ近くに落ち着いてしまったようだ。



「ギリー・ウォーターのシングルがミネルバね、ホットの蜂蜜酒がハグリッド。
 アイスさくらんぼシロップソーダはフィリウスね。紅い実のラム酒は――まあ、大臣!」

「ありがとう、マダム・ロスメルタ。また来れて嬉しいよ。
 まあ、まあ、こっちに来て一緒に一杯どうだね?」



なんということだろう。は気付かれない程度に溜息をついた。
ハグリッド、マクゴナガル先生、フリットウィック先生、それに、魔法省の大臣までが勢揃いだ。
この現場で捕まってしまえば、ハリーどころかロンたちにまで迷惑が及びかねない。



「大臣、どうしてこんな田舎にお出ましになりましたの?」

「それは、まあ、なんだね………シリウス・ブラック絡みで、ダンブルドアと話がしたくてね。
 あー、その。聞いているんだろう、ロスメルタ?つまり、ハロウィーンの事件だが……」



大臣は声を落として言った。

どうやら『太った婦人』が切り裂かれた事件のことを言っているらしい。
噂を流した犯人であるハグリッドを咎めるマクゴナガルの声がの耳に届いた。



「大臣はブラックがまだこの近くにいるとお考えですのね?
 吸魂鬼たちがわたしのパブを荒らしまわって……捜査といえど、商売あがったりですわ」

「しかしね、ロスメルタ。吸魂鬼たちはその…われわれを守るために居るわけだ。
 ブラックは……あー、つまり、吸魂鬼など……奴の力をもってすれば……」

「でもわたし、未だに信じられませんわ…シリウス・ブラックが闇の魔法使いだなんて。
 わたしはあの人の学生時代をよーく覚えてますのよ、そんな犯罪者になるなんて、誰が信じたでしょう?」



マダム・ロスメルタが熱っぽく言った。
は興味をそそられて、彼女の話に耳を傾けた。



「それは、ロスメルタ、きっときみが奴の悪行の一部しか知らないからだろう」

「まあ大臣、あの爆発事故よりももっと悪いことをしたと仰いますの?」



その通りだ、と大臣が重苦しく言った。
続いて、マクゴナガルがマダム・ロスメルタに訊ねる。



「ブラックの学生時代を覚えている、と言いましたね、ロスメルタ。
 では解るでしょう、ブラックの友人が……いちばんの親友が、誰であったか?」

「ええ、ええ、もちろん!まるで影と形のようにいつでも一緒で…
 あの2人にはよく笑わされましたわ、シリウス・ブラックとジェームズ・ポッター!」



ハリーの手からバタービールのジョッキがぽろりと落ちて、音を立てた。
は咄嗟にそれを掴み、転がらないように抱きかかえた。

ジェームズ・ポッターという名前は聞いたことがなかったが、
ハリーの反応からして、きっと、ハリーの父親なのだろうと予想がついた。



「その通りです、ロスメルタ。ブラックとポッターはいたずらの首謀者で……
 2人ともずば抜けて賢い子供でしたが、低学年の頃は特に、手を焼かされたものですよ」

「あら、まるで高学年になれば落ち着いたような言い方ですわね」

「落ち着いた、というのは少し違うかもしれませんが。
 まったく彼女と――と交際していなければ、どうなっていたことか」



マクゴナガルは、感慨深そうに言った。

は一瞬、聞き間違えたのだと思った。
と『交際』していなければ?

ということは、ただの『友人』ではなく、『恋人』だったのだろうか?



(うそ、だってそんなの、聞いてない…)



はハリーを見た。
ハリーは険しい顔つきで大臣の足元のほうを睨んでいた。



















 ←シーン39   オープニング   シーン41→