「1722年のコレなんてどう?あ、ダメだ。
 ヒッポグリフは有罪になったんだ……しかも、相当エグイ」

「1296年、マンティコアは無罪になってるわ。
 だけど…理由が、恐ろしすぎて誰も近寄れなかったから、ですって」

「ねぇねぇ、これは?1696年、ジャパン、生類憐みの令」



わたしがそう言うと、ハーマイオニーは深く溜息をついた。



「………、マジメに」

「わ、わかってる、マジメに、マジメにね!もうロンってば!」



僕に振るなよ!と言って、ロンは別の本を手に取った。
じょ、冗談だったのにハーマイオニー、そんなに呆れなくたっていいのにな!











  シーン45:メシアは魔法使いであらせられたか? 1











そうこうしている内に時間はあっという間に過ぎ去り、気付けば暦は12月24日を迎えていた。
はトランクから少し大きめのボストンバッグを取り出し、最低限の着替えと荷物を詰める。
時刻は朝の7時で、あたりはシンと静まり返っている。
もっとも、相部屋の子たちが全員帰省しているので静かなのは当然のことなのだが。

母からの連絡はなかったが、どうせそのうちに合流できるだろうと考え、は荷物を抱えたまま大広間へ向かう。
カドガン卿が眠たそうに文句を言ってきたが、そんなものは無視だ。



「あら、早起きね」

「マッ……、先生」



3階に差し掛かったあたりだろうか、階段の途中でやって来たのはだった。
は『ママ』と呼びそうになる声をなんとか押しとどめる。



「もう、今から呼びに行こうと思ってたのに。
 はほんと、昔っから手のかからない良い子ねえ。つまんないくらいよ」

「ちょっ…そういうこと言っちゃダメなんでしょ?」



仁王立ちでこちらを不満そうに見上げる母に、は声を落として指摘した。
は「あらうっかり」と言うと、が自分の立っている場所まで降りてくるのを待った。

は一段飛ばしで階段を駆け下り、の隣に並ぶ。
久々に間近で見る母は、久々にきちんと化粧をした母だった。



「やっぱり化粧品はマグルのものに限るわね。見てよこのお肌。
 荒れ放題だったのにこのカバー力!もフクロウ通販とかに騙されちゃダメよ。
 マダム・リップバームの唇保湿魔法なんてインチキだし、イモリの粉末なんて顔につけるもんじゃないんだから!」

「う、うん…覚えとく」



イモリってなんだ。は呆れながらこっそり溜息をついた。
娘がさんざん人間関係に悩んでいたというのに、母ときたらどうでもいいことばかり気に掛けていたようだ。
親の心子知らずとはよく聞くが、この場合は逆ではないだろうか。子の心親知らず、世も末だ。

2人はひんやりした階段を踏みしめ、地階に向かった。
こつんこつんと靴音だけが響き、たまにゴーストたちが会釈をして通り過ぎていく。


これからどこへ行くのだろう、ホグズミード経由?それとも漏れ鍋?
それに移動手段はどうするのか。の両手は空っぽで、これから家に帰るとは思えない格好だった。

しかし聞きたいと思ってもここはまだ校内。
母のお気に入りであるジャパンの諺によれば『壁に耳ありビョウブに目あり』だ。
ビョウブというものが何なのかは知らないが、要するにニンジャが潜んでいるかもしれないから気をつけろという意味だと母は言った。
その言葉を鵜呑みにするのは危険なのでは話半分に聞いていたが、ホグワーツに来て認識を改めた。
透明になる呪文を使っているかもしれないし、誰かさんのように無断で変身している人物がいるかもしれない。
うっかり喋って血縁関係だというのを盗み聞きされてはこれまでの努力が水の泡だ。


が静かなことを不思議に思ったのか、は何度かのほうをチラリと見た。
それでもは目線だけで「早く行こう」ということを訴え、結局2人は校門を過ぎるまで無言だった。



「で、どこへどうやって行くの?ていうかママの荷物は?」

「我が家へ、魔法で、行きます。ママの荷物は魔法でどうにでもなるのよ」

「なにそれずるい!ならわたしの荷物もどうにかしてくれればよかったのに!」

「悔しかったらも早くオトナになりなさい」



ふふんと笑い、を少し高い位置から見下ろした。
は地団駄を踏んで抗議したくなったが、あまりにも子供っぽいなと気付いて思いとどまった。



「だけどまずはロスメルタに挨拶ね。ちょっと着替えさせてもらいましょ」

「なんで?」

「うちには結界が張ってあるから、直接姿あらわし出来ないのよ。
 ちょっと離れたところに出て、そこから歩かないと。
 でも街中でそんなローブ着とくのはイヤでしょ?いくら朝早いとは言っても」



それは確かに遠慮したいことだ。
右も左も真正面も斜向かいも全てマグルの一般家庭なのに、あらぬ噂を立てられたら居心地が悪くなってしまう。

はなるほど、と言って三本の箒へと足を向けた。
三本の箒の煙突からは白い煙が燻っていて、誰かが火を熾していることを知らせていた。



「おはようロスメルタ。それともおやすみなさい?」

「おやすみなさいよ、。やっと今夜の仕込みが終わってこれから仮眠だっていうのに。
 あら、そっちの子はどちらさま?あなたの姪っ子さんかしら?」

「まだ秘密よ、ロスメルタ。うちの秘蔵っ子なんだから」



パブの入り口を躊躇うことなく開け、が中の女性に話しかけた。
マダム・ロスメルタは口でこそ文句を言いながらも、嬉しそうな表情をしている。
ふとの影に隠れるように立っているを見つけると、彼女は少し驚いたように訊ねた。

サラリと質問をかわし、はローブを脱ぐ。
厚ぼったいローブの下に着ていたのは薄手のカットソーのみで、
は思わず「バカじゃないの」と言ってしまいそうになるのをグッと堪えた。
自分もローブを脱いで、持って来ていたショートコートに着替える。

その間には杖を振って、どこからともなく取り出したファージャケットを着込んでいた。
ああ魔法でどうにでもなるってそういう意味か。ていうかそのジャケットいつ買ったの。
色々とつっこみたいところがあるものの、はひとまずそれらを喉の奥へ押し込んだ。



「ちょっと早いけどクリスマスプレゼントよ、。それからの秘蔵っ子さんも」

「ファイアウィスキー!ありがとうロスメルタ!大好き!」

「あ、ありがとうございます…」



マダム・ロスメルタはニッコリ微笑み、に1本ずつ瓶を渡した。
は頬擦りせんばかりの勢いでウィスキーのボトルを抱きしめ、
は少し熱いバタービールの瓶をまじまじと見つめた。美味しそうな匂いがふわりと薫る。



「お返しは何がいい、ロスメルタ?新しいハイヒール?
 それともそのプロポーションを保つための魔法薬?」

「そうねえ、新しいグラスが欲しいわねえ」

「任せて!バカラでもウェッジウッドでもアレッシィでも何でもあげちゃう!」



バカラ?と不思議そうに首をかしげるマダム・ロスメルタを他所に、はひとりで興奮している。
これは非常によろしくないと判断したは、の横腹を突いて意識をこちらへ引き戻す。

ハッとしたは取り繕うような笑顔を浮かべ、杖を振ってウィスキーのボトルをどこかへ消した。



「あの…じゃあロスメルタ、こんな時間にごめんなさい。
 わたしたちそろそろ行くわね、おやすみなさい」

「いいのよ、またいつでも飲みにいらっしゃいな」

「ありがとうございました、マダム」



がもう一度マダム・ロスメルタにお礼を言い終えると、の腕を掴んだ。
「しっかり持っときなさい」と声をかけられ、はボストンバッグとバタービールをぎゅっと抱え込む。


どうやって移動するんだろう、とが思った瞬間、いつだかにも経験した圧迫するような一瞬の暗転が襲ってきた。















ふらりと足元がもつれた。
それでも転ばなかったのはがしっかりとの腕を掴んでいたからだ。

目の前には白い雪をてっぺんに乗せた家々。
どこか見覚えのあるその景色に、は何度か目を瞬く。



、大丈夫?」

「……目が回りそう…これだから魔法ってイヤ…」

「今回は長距離を一気に飛ばしたから、ちょっとには反動が大きかったかもしれないわね。
 ま、何事も経験よ。これに慣れたらどこでも行き放題なんだから」



いつの間にか立ち尽くしていた細い裏路地を抜けると、そこはもう懐かしい家の目の前だった。
が杖を振って鍵を取り出し、2人はそのまま庭を抜けて玄関へ歩く。
手入れもしていないはずなのに、庭はたちが漏れ鍋へ移住したときと変わらないように見えた。

ガチャリとロックの外れる音がして、が玄関の扉を引き開ける。
「ただいまー」と間延びした声を出せば、長らく空けていた家から拒絶されるように音が反響した。



「ママ、これからの予定は?」

「えっと、朝ごはん食べるでしょ?それでのドレスを買いに行くでしょ?
 出来ればわたしも新しい服が欲しいなあ。それから適当に買い物して、ご飯食べて、寝る。かな?」

「ふーん……て、ドレス?」



そうそう、とは思い出したように付け加えた。



「明日のパーティ、マルフォイさんに招待されてるから。
 見くびられないように思いっきりオシャレするのよ」

「――ば、ば、ばかじゃないの!?」



なんでそれをもっと早く言わないんだママのバカ!



















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