「行かない!」
「諦めなさい」
「行きたくない!」
「ドレス着れるわよ?」
「っ……でもやだ!」
「どうして?」
「それはコッチのセリフ!!」
なんだってマルフォイんちのパーティーなんかに行かなきゃなんないの!
シーン46:メシアは魔法使いであらせられたか? 2
行かない行かないと必死で主張したものの、
「だって来なきゃ言いふらすって脅されちゃった」のだとに説明され、はガックリ肩を落とした。
そうだ、そうだった、スネイプから渡されたメモに『拒否権はない』と書かれていたじゃないか。
はフォークを突きたてながら親の仇であるかのようにベーコンを齧る。
少しは申し訳ないと思っているのか、珍しくも母が用意した朝食だった。
常備していたシリアル類は湿気てモソモソになっていたため、もったいないがゴミ箱へ投げられた。
「まだ食べてるの?往生際の悪い子ねえ。
どうせならパーティを滅茶苦茶にしてやる!ってくらいの気持ちを持たなきゃ」
「それはそれで迷惑だと思うけど…」
「もう、変なところでマジメなんだから。リーマスみたい!
ちなみにわたしはそのつもりで行くわよ?」
「お願いだからやめて!」
ハンドバッグに財布やら化粧品やらを詰め込み終わったが、キッチンでうなだれているに話しかけた。
母が滅茶苦茶にしてやると本気で企んだとしたら、メインディッシュにイモリが混入しかねない。
そうなればこの先数年間、マルフォイと学校で顔をあわせる度に死ぬほど申し訳ない思いをする羽目になってしまう。
「…というか、なんでママはマルフォイが嫌いなの?」
「別に嫌いじゃないわよ。ただ合わないなーって思ってるだけで。
パーティを台無しにしてやりたいのは、をダシにするようなこと言ってきたからだもの」
だからやっぱりちょっとは嫌いかもしれないわね、と言い、はのカップに紅茶を注ぎ足す。
予想外に真っ当な意見に、は少し面食らった。ありがと、ともそりと呟き、ベーコンを飲み込む。
「でも安心して。に手出しはさせないし、わたしがやりすぎることも無いと思うわ」
「なんで?」
「休暇返上で働いたからねえ。それに見合うくらいに頑張ってもらうのよ」
は『誰に頑張らせるつもりなんだ』と思ったが、口にしないことにした。
ホグワーツに入学して4ヶ月、ずっと他人で通してきたはずのは、以前とまったく変わっていなかった。
その空気に呑まれたのかもしれないし、安心したのかもしれない。まあいいやという気分だった。
このままずっと家に居れたなら、シリウス・ブラックのことも綺麗サッパリ忘れられそうだ。
は最後に残っていたプチトマトを口に放り込み、続いて紅茶を飲み干した。
口内がなにやら微妙な味になってしまったが、この際そんなものは気にしない。
皿をシンクに戻したら、バッグを掴んで「準備出来たよ」との背中に呼びかける。
「どこに買いに行くの?なに乗ってくの?」
「ロンドンに、車で行くのよ。
たまには運転しなきゃカレラさんがいじけちゃうでしょ?」
は車のキーを指先にひっかけて回しながら言う。
ちなみに『カレラさん』というのは家の愛車の名前だ。
その由来は実に単純で、車種についている名前にさんを付けただけだったりする。
もともとは高級外車だというその車は、に物心が備わった時にはもう存在していた。
使い込まれたボディーの赤色は、灰色のロンドンの空気にくっきりと浮かび上がる。
シートベルトが食い込まないように抑えながら、は窓を開けた。
びゅうびゅうと吹き込んでくる冷たい空気に、が勘弁して欲しいというように小さく声を零した。
ロンドンと言われ、はてっきりダイアゴン横丁に行くのだと思っていた。
まさか漏れ鍋に駐車場があるわけがないので、車をどうするのだろうと心配していたのだ。
しかしそれは杞憂だったようで、はロンドンでマグル風ショッピングをするのだと言った。
ボンド・ストリートにコヴェント・ガーデン。
今までマグルとして生きてきたにはロンドンショッピングでの聖地のような場所が浮かんでくる。
ハロッズ、リバティー、女優の娘なのに普通の生活をしてきたには少し敷居の高かったような場所にも行ける。
「ねえママ!ドレス、どんなの買ってくれるの?何色がいいと思う?
ママもドレスでしょ?何着るの?一昨年の映画祭のときのあれ?」
「な、何でも買ってあげるから!靴も髪飾りもクラッチバッグもセットで買うから窓閉めて!」
「ほんとに?何でもって言った?後から“やっぱり高いからムリ”とか言わない?」
「言わない!言わないから、窓…!」
パーティに出るときには母のようなドレスを着るんだとずっと息巻いていたのだから、
なんだかこれはもうそこまで意地になる必要も無いんじゃないかという気がしてきた。
は少し興奮気味に窓を閉める。
せっかくだからグリフィンドールカラーのドレスにしてやろうか、などと考えるのも楽しいものだ。
*
昼を挟み、じっくりと吟味した結果、の手元には買ったばかりのドレスセットが一揃いある。
見るものすべてが可愛らしく、どれも欲しいと思ってしまったのは無理もない話だろう。
大人であるですらクレジットカードという切り札を使ってもう何着か買っておくべきかどうか真剣に悩んだのだ。
裾に向かってあしらわれるショコラ色のエンブロイダリーに、同じ色のベルトリボンが膝丈のそのドレスを引き締める。
魔法界のパーティではボレロの代わりに丈の短いローブを羽織るというので、黒の隙間から覗くアプリコットピンクはさぞや映えるだろう。
足元は低いながらも高さのあるヒールで、サテンのリボンで足首を固定する。
大満足だ。女の子に生まれるって、なんて楽しいんだろう!
は母に対して、自分を女に生んでくれたという点について今日だけで何十回と感謝した。
一方のはの予想よりはるかに落ち着いたドレスを選んだ。
てっきりチャイナドレス並に派手な色で攻めるだろうと思っていたのに、購入したのは黒一色のものだった。
それでも地味すぎず、サテンの光沢でどちらかといえばゴージャスに見える。
斜めに入ったドレープ、マーメイドスカートのような裾、大きく開いた胸元と背中はみたいな子供には到底似合いそうにない。
ブティックの店員は客が女優の・だと判ると目を丸くして驚いていたし、
なにより子供連れだったことに「なぜ?」というような表情をしていた。
そんな外野を仕事用の笑顔ですぐに黙らせ、はどんどんショッピングバッグを増やしていく。
そして一体今日だけでいくら使ったのかとがそろそろ不安に思い始めた頃、ようやく2人は帰路についた。
ドレスやら靴やらバッグやらを夕食用の食材たちと一緒に後部座席に放り込み、
は運転席へ、は助手席へと乗り込む。
太陽はもうほとんど沈んでいた。
ヘッドライトが照らすアスファルトを眺めていると、自分がまるでただのマグルのような気がした。
今までことはすべて夢で見ていただけで、本当はホグワーツなんて存在しないのではないか。
魔法使いの友達も、あのハタ迷惑なシリウス・ブラックも、すべて想像の産物で。
クリスマスに浮かれているのだってそうだ。
魔法界でもお祭ではあるが、クリスマスは本来マグルの聖人の誕生日を祝う日であるはずだ。
それとも、もしかしたらあの聖人は、本当は魔法使いだったのだろうか?
だから水を酒に変えたとか水の上を歩いたとかいう逸話が残されているのだろうか?
「、眠いなら寝なさいよ。今日は早起きしたんでしょう?」
「んー……」
聞こえてきた母の言葉に反射的に声を返しながら、それでもはアスファルトを眺めていた。
このままボーっとしていたら、家に着くまでには寝入っているだろうと自分でもわかった。
ホグワーツでハリーたちはいまごろ何をしているんだろう。
裁判記録探しに、何か進展はあっただろうか。
(そうだ、バックビークのこと、ママにも相談してみよう……)
それに、プレゼントとして友達みんなに送る予定のクッキーを焼かなくてはならない。
プライマリースクール時代の友達にはどうやって送ろう。フクロウ郵便は使えない。
(それから、夕飯の手伝い、して……テレビ、は、別にいいや…)
がふと視線をずらすと、小さな身体をドアに凭れるようにしては静かに寝息を立てていた。
右手を伸ばし、くしゃりと額を撫でる。自分より少し通った鼻筋は、一体誰に似たのだろうと思いながら。
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オープニング
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カレラさん=ポルシェ・911カレラな感じで。実は『いわくつきの呪われた事故車だから激安だった』という設定がムダにあったりする。
娘のドレスのイメージは⇒http://store.shopping.yahoo.co.jp/pinksugirl/067.html
母のドレスのイメージは⇒http://store.shopping.yahoo.co.jp/orangeshop/op-393.htmlと
http://store.shopping.yahoo.co.jp/orangeshop/op-483.htmlの融合形。