ママは楽しそうにスネイプに話しかける。
スネイプは眉を顰めてママを睨む。



「……こ、こんばんは…」

「………………」

「ちょっとスネイプ、うちの娘を無視するなんて良い度胸ね」



わたしは勇気を振り絞って、挨拶をした。
スネイプはわたしを無視したけど、無視されてよかったとわたしは思ってしまう。
だってだって、にこやかに挨拶を返されたって気味悪いだけだもん!

なのにママはスネイプに突っ掛かる。
いいから!お願いだからもうほっといてよ!











  シーン49:スカーレット・ステップ 3











17時半ちょうどに、漏れ鍋の前には黒塗りのリムジンが停まった。
これでやっとこの微妙な空気から解放されると思ったのも束の間で、
とスネイプとは長い胴に一緒に押し込められてしまった。

スネイプは終始無言で、はそれに構わずに一方的に喋りかける。
リムジンはエンジンの音を感じさせないほど滑らかに走るが、
マグルの町並みを完全に無視して走行する様子は騎士バスと大差が無い。


リムジンはウィルトシャー州に入る。時刻は18時になる。



通常なら1時間弱はかかる行程を軽くぶっ飛ばし、リムジンは大きな門の前で停車した。
ドアはひとりでに開き、まず最初にスネイプが降りた。次いで、最後に

車は全員を降ろすと、またどこかへ走り去っていった。
が振り返りながらそれを見送っていると、大人ふたりは門を開けてさっさと進もうとしている。
サテンのリボンが崩れないように、はしずしずとそちらへ向けて足を進めた。

庭はイギリス風というよりはフランス風の幾何学的な造形でまとめられていて、
マルフォイ邸の屋敷はエリザベス王朝風の建築様式だった。
まるで映画のセットのような外装に、は思わず面食らった。
どうしたらこんなに美しい風景の中で、あんなに意地の悪いドラコ・マルフォイが出来上がるのだろう?


玄関の扉は開け放たれていて、使用人らしき男が羊皮紙をめくりながら来客の対応をしている。
背伸びをして屋敷の中を覗くと、大理石の敷き詰められた玄関ホールが見えた。



「招待状はお持ちですか、マダム」

「いいえ。の名前を出せば通してくれると聞いているのだけど」



勝手に通ろうとするに、男が待ったをかける。
しかしの名前を聞くとすぐに背筋を伸ばし、お手本のような敬礼をした。



「これは失礼致しました。様とご息女の様でいらっしゃいますね。
 すぐにお通しするように申し付かっております。こちらの方は…お連れ様でしょうか?」

「ええ。ホグワーツ魔法魔術学校のスネイプ教授よ。
 こちらのご主人とも親しい仲でいらっしゃるの。彼も通してくれるわね?」

「もちろんです、主人がお待ちしております。どうぞサロンへ」



さすがにはこういったかしこまった場にも慣れたもので、淡々と話を進めていく。
はと言えば、おろおろと状況を見守ることしか出来なかった。

玄関ホールの白い大理石を傷を付けないように横切り、目の前に現れた扉を開ければサロンへ通じる。
サロンは深緑の絨毯を敷いた広い部屋だった。部屋の中央にはテーブルが、奥には暖炉とソファが置かれている。
料理はその中央のテーブルに綺麗に飾り付けられて、まるで美術品のように並んでいた。

空腹を感じながら、は優雅に歩を進めるのあとを追う。
スネイプはと何やら小声で話しているが、器用にも視線は真正面を向いたままだ。


部屋の最深部、暖炉が燃え、いちばん暖かい場所に、マルフォイ一家は居た。

相変わらず青白い顔にプラチナブロンドを撫で付けたドラコ・マルフォイはこちらを見てニヤリと笑う。
その横に居るドラコにそっくりな男性が恐らく父親のマルフォイ氏で、
薄い金色の髪をした線の細い美女はマルフォイ夫人であるか、もしかしたらドラコの姉だろう。



「これはこれは女史、ようこそお出でくださいました。
 これは妻のナルシッサ。息子とはホグワーツで面識がおありですかな?」

「こちらこそ、お招きに預かり光栄ですわ、ミスターマルフォイ。
 ええもちろん、ドラコには何度か授業をさせて頂きました。非常に優秀で驚きましたわ」



マルフォイ氏はレースの手袋をはめたの手を取り、そこへ唇を近付ける動作をした。
それが上流階級での男性から女性への挨拶だと知ってはいるが、実際にされるとなんだか背中が痒くなる。
しかし焦れったい気分のとは反対に、は優雅に微笑み続けていた。大人は大変だ、は心の中で溜息をつく。

そのとき、マルフォイ氏のアイスグレーの瞳がを見た。
はびくりと肩を震わせ、一歩後退する。マルフォイ氏の目は、ちっとも笑っていなかったのだ。



「――あらすみません、紹介が遅れましたわね。
 娘のですわ。ホグワーツの1年生ですの」

「ほう、こちらの可愛らしいお嬢さんが…」



とマルフォイ氏の間に立ち塞がるかのように一歩横へ動き、が言う。
マルフォイ婦人は無感動にを見詰め、ドラコはバカにしたような視線を遣っていた。



「ふむ、お嬢さんの寮を当ててみましょう。
 ……なかなか聡明そうですからな、レイブンクローでは?」

「………え、っと……グリフィンドール、です…」

「ああこれは失礼、外しましたか。残念ですな。
 ――セブルス、君もよく来てくれた。楽しんで行ってくれ」



にわき腹を突付かれ、はしどろもどろに返事をした。
それを聞くとマルフォイ氏は目を細め、いかにも残念そうに言う。

あんた絶対ワザとだろ!と、は心の中で叫んだ。


ようやく息苦しい顔合わせが終わり、は料理を狙うことにした。
は白い皿にテリーヌを盛り、はミートパイを取ろうとしている。

少しずつ少しずつ、来客たちがこの場にそぐわない母娘に注目し始めた。
じろじろと遠慮の無い視線に、の居心地の悪さは急上昇する。



「――やあ、もう来ていたのかね?早いじゃないか」

「大臣」



そこへ現れたのは、ライムグリーンのマントを羽織った魔法省大臣、コーネリウス・ファッジだった。
は手に持ったフォークを落としそうになる。
こっそりホグズミードに行った時にも思ったのだが、母は大臣と知り合いだったのだろうか?

しかしそこに居たのは大臣だけではなかった。
グレーの髪に、黒い瞳をした精悍そうな男性も一緒だった。



「おやおや、きみが例ののお嬢さんだね!
 私はコーネリウス・ファッジ。魔法省大臣をしている」

「え、あ、……です。初めまして」



誰だろう?とが不思議そうな顔をしたのをどう勘違いしたのか、ファッジは自己紹介を始めた。
だが、彼が大臣であることは既に知っている。が知らないのはもうひとりの男性のほうなのだが。



「まさか…ミスタークラウチ?」

「“まさか”というのはこちらの台詞だ、
 私はファッジから『が生きている』と聞いたから来たのだ」

「バーティ、そう意地悪を言わんでもいいだろう?
 きみがを見込んで闇払いから魔法法執行部に異動させようとしていたこと、忘れたとは言わせんぞ!」



のほうをバッを振り向いた。
が生きていると聞いたから』?

は顔を顰め、魔法省の役人である男ふたりを恨めしそうに見る。



「まったく、君は今まで12年間、何処で何をしていたんだね?
 我々はあの嵐の晩に何が起こったのか、まだ全貌を把握していないというのに…」

「…ミスタークラウチ、そのお話は、」

女史の仰る通りだ、クラウチ氏」



いつの間にか、マルフォイ氏がたち4人のすぐ隣まで来ていた。



「幼い子の傍らで醜悪な内情などを語るのは、英国紳士として如何なものかとお見受けするが?」

「マルフォイ、私は…」

「そういう事だ。
 ――ドラコ。お嬢さんに温室を案内して差し上げなさい」



マルフォイ氏の背から、ドラコがひょっこりと顔を出す。
その表情は「もっとここで大人の裏事情を聞いていたい」と語っていたが、父親に睨まれては逆らえない。

は視線をに送り、助けを求めた。
しかしは険しい眼つきでマルフォイ氏を睨んでいて、の視線には気付かない。



「………ほら、行くぞ!」

「ま、待って、」



ドラコがの腕を乱暴に引っ張り、サロンの出口へ歩いていく。
サロンを出る前、最後に見えたのは母やマルフォイ氏のほうへ近寄っていくスネイプの姿だった。



















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マルフォイ邸の外観やらは捏造です。
ウィキペディアで「カントリーハウス」を調べるとかっちょいい建物がいっぱい出たので、
そのへんをいくつか融合させた館が脳内に設定されています。建築様式とか嘘っぱちですいません。