サロンに戻るとママはひとりでミートパイを(それはそれは美味しそうに)パクついていて、
わたしとドラコ・マルフォイがふたりで戻ってきたのに気付くと、にやーっと笑った。

なんとなく、なんとなーくバツが悪くて、わたしはカノコソウの鉢を後ろ手に隠す。
ドラコ・マルフォイはそんなわたしを怪訝そうに見てから、「じゃあな」と言って去って行った。



「へーえ、ママちょっと意外だわ」

「な、なにが、」

はハッフルパフにモテるタイプだと思ってたのに、
 意外とスリザリン受けもいいのね。もうっ、小悪魔なんだから!」



ママはわたしのほっぺたをツンツンと突付いてくる。
なに、なんでこんなにご機嫌なの?わたしは一歩後ろに退く。
……たぶん、その答はママの持ってるシャンパンだろうなとわたしは予測する。

ああ神さま、わたしは早くホグワーツに帰りたいです。











  シーン51:メヌエットでは終われない











ホグワーツに戻りたいというの切実な願いが叶ったのは、22時になった頃だった。


が見る限り、は4回ナンパされその度にニッコリ笑ってお断りしていた。
確かに、12歳になろうかという娘がいるような年齢には見えない。

ホグワーツの食事と同じかそれ以上に美味しい料理を、はほとんど制覇したといえる。
知り合いもいないこんな面倒な所に連れてこられてはそれしか楽しむものがなかったのだ。

マルフォイ氏はファッジと一緒に暖炉の傍のソファに座っていて、たちのほうへは近寄ってこなかった。
いったいどんな会話があったのか知らないが、母がイモリの粉をマルフォイ氏に投げていなければいいなと思った。

22時になる少し前から、客たちはぽつりぽつりと減っていった。
この機会に意気投合したらしいカップルや、腰の曲がりきったお爺さんがサロンを辞する。
大勢の人は、カノコソウの鉢を抱いたを不思議そうに眺めながら通り過ぎて行った。



「――今夜はお招き頂きまして、本当にありがとうございました。
 久々の魔法界でしたから緊張していたのですけれど、とても素晴らしい時間でしたわ」

「………それは良かった、招いた甲斐があったというものです。
 ナルシッサ、ドラコ、お前たちも女史に挨拶をしなさい」

「まあ、すみません……、いらっしゃい」



完全に作り声のが、を呼ぶ。
これでやっと帰れるんだから、とは自分を励ましてそちらへ向かった。

全体的に色素の薄いマルフォイ一家と並ぶと、なんだか自分が一般市民だということを思い知らされた気分になる。
そんな中で堂々と立っているは、テレビの仕事で慣れきっているのか、もしくは相当に神経が太いのだろう。



「改めてお礼申し上げますわ。本日はわたしたち親子を招待して下さり、ありがとうございました。
 手土産も何も持たずに参上してしまい、申し訳ありません…なにかお返しが出来れば良いのですけれど」

「いいえ、お気になさらず。あなたがいらして下さっただけで嬉しく思っていますのよ」



マルフォイ夫人が、扇を指先に軽く持ちながら言う。
はぎこちなくお辞儀をして、ごちそうさまでしたとボソボソ呟いた。
や夫人のように、「おいしゅうございました」などとは言えそうにもないからだ。

ドラコ・マルフォイはそんなを見て、不満そうにしている。
何が気に入らないのか知らないが、カノコソウを返せというわけではないだろう。



「…それではまた機会があればお会いしましょう、女史。
 ドラコ、お嬢さんが困っていたらしっかりとお助けするのだぞ」

「……はい、父上」

「ええ、それではまた。ごきげんよう」



がふわりとお辞儀をした。ももう一度頭を下げる。
ごきげんようという挨拶がまだ生き残っていようとは、驚きだ。

と手を握り、歩き出した。
スネイプは既に玄関で待ち構えていて、こちらを見ると待ちくたびれたというような顔をする。
あの靴のことも考えなければいけないが、ともあれ、これでやっとホグワーツに帰れる。



「お帰りはどうなさいますか?馬車を手配致しましょうか」

「いいえ、結構よ。姿現しで戻るから」

「かしこまりました。道中お気をつけて。
 本日はお越しいただきありがとうございました」



来客用のリストを手にした使用人が恭しく頭を下げた。

月明かりに照らされた庭を抜け、門をくぐる。
は一度だけ凝りをほぐすように首を左右に傾け、「帰りましょうか」と言った。
スネイプはその言葉に軽く頷き、バシッという音を立ててその場から消える。



「…ママ」

「なに?」

「ムリ、してない?」



はきょとんとした顔でを見た。



「ママはほんとは、わたしが思ってるよりすごい人なのかもしれないけど、
 でもいつもみたいにちょっと抜けてて、ちょっと頼りなくて、でも優しいのだってママなんだから、
 ……あんまり、ムリしないで。わたし、ひとりぼっちとか、やだからね」



ホグワーツに戻れば、また『教授と生徒のアンドロニカスさん』に戻ってしまう。
そうなる前に、は言っておきたかった。

もう自分は子供じゃない、守られるだけしか出来ない存在ではありたくない。
頼りないかもしれないけど、だけどそれでも、を頼ってほしいときだってある。



「………は優しいね」



ぽつりと、が言う。
が見上げれば、その顔は微笑んでいるのに、どことなく寂しそうに見えた。

そのまま、の手をしっかりと握る。
「来る!」と察し、は咄嗟にぎゅっと目を瞑った。







さすがに3回目ともなれば慣れるもので、ホグワーツの正門が見えたときにはの足元はしっかりしていた。
ただ頭がくらっとするのは姿現しのせいなのか、それとも近くにいるだろう吸魂鬼のせいなのか。

スネイプが涼しい顔で親子を出迎える。



「じゃあスネイプ、を頼むわね。今夜はありがとう。
 ダンブルドア先生には……」

「我輩が報告しておく。お前は明朝にでも副校長から例の物を受け取ればよかろう」

「……そうさせてもらうわ」



暗号のような会話をするふたりの大人を眺めていると、
をスネイプのほうへ押しやった。
まさかそんなことになるとは予想もしておらず、は足がもつれそうになる。



「じゃあね、。スネイプ先生に迷惑かけちゃダメよ」

「ママは?」

「警備のお仕事、です。ハリーと仲良くね」



ヒラヒラと手を振り、は学校の外壁に沿って歩き出した。
それと同時にスネイプも動き出し、は仕方なくそれに続いた。















談話室まで辿り着き、「ありがとうございました」とはお辞儀をする。
スネイプは無言で頷くと、早足で廊下を立ち去った。



「お主!このような夜更けにどこへ行っていた!
 さては敵襲か?出会えぃ!者ども、出会えぃ!!」

「違いますから、開けて下さい。
 ――スカビーカー、下賎な犬め」



騒ぎ立てるカドガン卿は軽く受け流し、は合言葉を言う。
カドガン卿は絵の中から悔しそうに呻き、パタンと倒れて道を開けた。

まだ二日しか経っていないのに、そこを通るのはとても久しぶりに感じる。
ハリーたちは談話室にいるだろうか?は一段飛ばしで梯子を上った。





「ただいま!ハリー、ロン、ハーマイオニー、居る?」

、おかえり――ってなんだいそのカッコ?」



ハリーとロンは暖炉の前の、いちばんいいソファに居た。
はそっちへ足を進めながら、ドレスの裾をちょっと持ち上げる。



「パーティ帰りなの。かわいい?かわいい?」

「ウン、まあ…」

「ハリー、そこは嘘でもいいから『似合ってるよ』って言うところよ!」



いじけた振りをして言うと、彼らは顔を見合わせてニヤッと笑った。
もつられて笑いながら、ソファに腰を下ろす。



「それよりさあ、、聞いてくれよ!
 ハリーのところにファイアボルトが届いたんだぜ!」

「ファイアボルトって…あのファイアボルト?」



ロンが語調を激しくして言う。
は夏にダイアゴン横丁で見た箒を思い浮かべた。
たしかあれは、とんでもない高級品だったはずだ。

そんなものがプレゼントで届いたとなればもっと浮かれていそうなものだが、
ロンは苛ついたような表情をしているし、ハリーなんて魂が抜かれたんじゃないかという感じだった。
なにか問題でもあったのだろうか?そしてハーマイオニーはどうしたのだろう?



「でも没収されたんだ。贈り主の名前がなくて…だからブラックからの贈り物かもしれないって。
 ――ハーマイオニーがマクゴナガルにそうやって言ったんだよ」



ハリーが言い、は背中に嫌な汗が浮かぶのを感じた。



「あの……え?ブラック?」

「シリウス・ブラックだよ!ハリーの命を狙ってるっていう、あいつさ!」



は『血の気が引く』という状態を見事に実感した。
それが聞き間違いであったなら、どんなによかっただろう!



「そりゃ、あいつはハリーのために良かれと思ったのかもしれないけどさ。
 でもファイアボルトだぜ?ブラックからって証拠があるわけでもないのに、
 『これは先生にキチンと調べてもらわなくちゃならないわ!』って!」

はどう思う?
 本当にシリウス・ブラックが僕を殺そうとして送ってきたんだと思うかい?」

「え、えっと……」



結論を言えば『シリウス・ブラックから送られてきたものだと思う』だ。
ただし付け加えるなら、『ハリーを狙った意図はない』。
はパーティバッグをぎゅっと握った。ここにも、同じような境遇の物がある。



「う、うん…ブラックからかも、ね」

までそんなこと言うのか?!」

「で、でもっ…先生に預けられるんなら、ちゃんと戻ってくるよ!」



ロンが怒ったように言い、は慌てて言い足した。
呪いが掛かっていないか検査するのがなら、箒はきっとハリーの元に返ってくるはずだ。



「どうだか!も聞いただろ?ホグズミードで。
 先生はブラックの恋人だったんだ、僕は信用できないと思うね!」

「そんな言い方しないでよ!」



が噛み付くように言うと、ふたりは吃驚したようにを見た。
ハッと我に返ったはその空気が居た堪れなくて、くるりと踵を返す。



、」

「…わたし、ハーマイオニーと話してくる。おやすみ」



まだ何か言おうとしている彼らを無視して、は女子寮の階段を登った。



















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