、どうしたの?」

「な、なんでもない、ほんっとなんでもないから…!」



セドリックと別れて、ハーマイオニーと一緒に占領した席に戻る。
わたしの頭の中では「まあそれなりに金持ちだ」と言ったどっかの犬の言葉がよみがえる。

うそつき、うそつき!
なにが「それなりに金持ち」だ!



「で、次の資料は?」

「あ!」



ハーマイオニーが呆れたように溜息をつく。
ごめん、ごめんってば、でも悪いのはどっかの犬なんだってば!











  シーン55:リトル・ミス? 2











シリウス・ブラックに関するビッグニュースは再び訪れた。


忙しさや寒さはちっとも変わりがないのに、カレンダーはいつの間にか2月になっていた。
レイブンクロー戦が近付き、オリバーは練習メニューをこれでもかと課してくる。

はブラック家がマルフォイ家よりも名家だという事実を知り、悩んでいた。
ならシリウスに頼んで伝言なりメモなりを送らせれば、バックビークを助けられるだろうか?
いや、というよりむしろなんだ、そんなシリウスとお付き合いしていたもそれなりの家なのだろうか?
だったらに頼んだ方が手っ取り早いし安全なのでは?
ああ、あの金庫にあったガリオン金貨たちをマルフォイ家にばら撒くのは有効な手だろうか?

そんな風に混乱しているに、日刊預言者新聞を見せたのはハーマイオニーだった。



「吸魂鬼の…キス…?なにそれ気持ちわるっ」



一面の大見出しには『魔法省、ブラック脱獄囚に吸魂鬼の接吻を許可』と出ている。
たしかにあんな生き物にキスされるのは罰ゲームのようなものだが、わざわざ見出しにすることなのだろうか?

ハーマイオニーは呆れたようにを見た。



「あのねえ、吸魂鬼の接吻ということは、マグルでいうと極刑なのよ?」

「極刑って…死刑みたいなこと?」

「そうよ。吸魂鬼のフードの下にあるとされる口のような器官で魂を吸い取るの。
 でもそうされても死んでしまうわけじゃなくて、記憶も心もなにもない、
 いわば空っぽの状態でそこに在り続ける…人形のようになってしまうらしいわ」



は耳に入ってきたことが信じられなくて、ぽかんと口を開けた。
それは、そんなことは、えーと、とりあえず、非常にまずい。

一瞬遅れて、の頭が回転し始める。
まずいどころの話じゃない。
おまけに、当のシリウス・ブラックはこんな記事は知らないに違いない。



「えっ…ちょ、それは、あの…さすがにやりすぎなんじゃない?」

「あらどうして?ブラックはマグルを12人も殺したのよ!」

「で、でも本当は無実かもしれないよ?
 空っぽにしちゃったら本当のことがわかんなくなっちゃうし…!」



おたおたと弁解するに、ハーマイオニーは不可解そうに眉根を寄せる。
は曖昧に笑って「可能性の話だけどね!」と誤魔化した。


その後、やたらと不審がるハーマイオニーをなんとか説得し、
はその新聞の一面をもらうことに成功した。
この事態を知らせるには、この記事を本人に見せるのが一番いい。
しかしは自分で新聞を取っているわけではないので、そうするしかないのだ。

は図書室を後にし、厨房へ向かった。
本当ならクィディッチの練習が休みなのでドリンクや差し入れを受け取る必要は無かったが、
新聞だけをクルックシャンクスに届けさせるというのも味気ない話だ。

新聞を握り締め、小さなバスケットを袖の中に隠し、はクルックシャンクスを探した。
談話室にはいなかった。となると、散歩にでも行ってしまったのだろうか?



「おーい、クルックシャンクス、出てきてー!お仕事だよー!」



呼んでも、呼んでも、クルックシャンクスは現れない。
いつもならその瓶洗いブラシのような尻尾を立てて、すぐにやってくるのに。

こうなったら、自分で乗り込んでしまおうか。
シリウスには来るなと言われていたが、森の入り口に置いておくことくらいなら許されるだろう。



「緊急事態だし、しょうがない!…よね」



誰にともなく呟き、は足を玄関ホールに向けた。

大きな樫の扉を少し開けると、冷たい風がびゅうと吹き込んでくる。
外に出るつもりもなかったはマフラーも手袋もしておらず、やっぱり帰ろうかと挫けそうになった。



「おい、何をしているんだ?」

「げっマルフォイ…」



そのとき通りかかったのはドラコ・マルフォイだった。
クリスマスのときはお世話になったが、バックビークのことで忙しい今は会いたくない相手でもある。

ドラコは彼の子分(とが認識している男子生徒)を先に行かせ、
玄関の扉にぴったりくっついているのほうへ近寄ってきた。



「何でもないよ。ていうかって呼ばないで」

「じゃあどう呼べと?ブラック家のお嬢様とでもお呼びすれば満足かい?」



は胃がムカムカしてきた。
少しは良い所もあると思ったのに、やっぱり嫌な奴じゃないか!

対抗心が芽生えたは、フン!とドラコを鼻で笑う。



「あら、わたしがブラック家のお嬢様だったら、あんたはわたしのお願いを聞いてくれるのね?
 じゃあお願い。今すぐバックビークの訴訟を取り消しなさい」

「それのどこが『お願い』なんだ?
 母親の方の血が混じっているくせに、純血を騙るな。おこがましい」

「そうね、わたしは一般人で十分だわ。だからお嬢様なんて呼ばれたくもない!
 わたしは・アンドロニカスよ。わかった?
 でも物覚えが悪いみたいだから、『ちゃん』って呼んでくれてもいいわよ?」



親しみを込めて、ね!

が言い切ると、ドラコはぐっと返答に詰まった。
言ってやったという達成感に、の心臓は少しどきどきしている。

しかしの優勢も長くは続かなかった。
何かを思いついたかのように意地悪く笑い、ドラコは一歩の方へ歩み寄ってくる。
はそれに合わせて一歩横へ移動した。

一歩、一歩。わずかな距離の攻防が続く。



「な、なんで来るの」

「お前が言ったんだろ、親しみをこめてファーストネームで呼べって。
 ちょうど父上からお前とは『仲良く』しろって言われてたところなんだよ、“”」



ぞわっと全身が粟立つような感覚がを襲う。
嫌がらせで言ったのにこんな風に反撃を食らうなんて、相手を間違えたとしか言いようがない。

このままの展開が続けば、自分はどうなるのだろう?
はちょっと想像して、すぐにやめた。
髪の毛を引っ張られるとか殴られるとかならまだいいが、それ以上が起こっても不思議じゃない。
なにせ相手はセドリックも認めた魔法界の権力者のお坊ちゃまなのだ。



「仲良くしようじゃないか、プリンセス・ブラック?」

「っ、や」



がしっと手首を掴まれ、は反射的に逃げ出そうとする。
それでもその小柄な体のどこに力があったのか、ドラコの腕は外れない。

やばい、まずい、助けてママ!
ぎゅっと目を瞑ったとき、とドラコの間を何かがサッと通り抜けた。

うわっ!と声をあげてドラコが飛び退き、ようやくは危機を脱した。
肋骨から飛び出しそうな心臓を庇いながら見れば、オレンジ色の毛玉が必死に何かに飛びかかっている。



「クルックシャンクス!」



神の助けかハーマイオニーのご加護か、それはクルックシャンクスだった。
ただしを助けようとしたのではないらしく、彼は何か茶色いものを捕らえようと必死だ。



「なんだあれは…ネズミ?」

「え!?」



ドラコの呟いた通り、オレンジと茶色の乱闘はよく見れば猫と鼠の乱闘だったのだ。

クルックシャンクスが捕らえようとしているネズミは、1匹しかいないはず。
はその乱闘に加わるべく、ドラコを押し退けた。
もしあのネズミがスキャバーズだったら、もしそれがぺティなんとかという男だったのなら。
今ここでネズミを捕まえることが出来れば、こんな『アンドロニカスさんごっこ』も終わるのだ。



「マルフォイ、じゃまっ!」

「お、おい!どこに――」



静止の声も聞かず、は猫とネズミとを追って玄関の扉を駆け抜けた。



















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いっそドラコ落ちでもいいんじゃないのかとか…