それから聞いたのは、ロンのベッドに血の染みができていたということ。
クルックシャンクスの毛がその近くに落ちていたんだっていうこと。
クルックシャンクスにスキャバーズを食べてしまうつもりが無いのは、本当のことだった。
だけどわたしがその本当の理由を秘密にしていたのも、否定できないことだった。
うそじゃないんだよ。信じてよ。
でも、そんなことを言う資格がわたしにあるのかな。
ずっとみんなのこと、騙してた。今も騙してる。そんなわたしに?
シーン57:オスカーはきみに輝く 1
その数日後、いよいよファイアボルトのお披露目試合になった。
グリフィンドールに対するのはレイブンクロー。
怪我で休場していたチョウ・チャンが復帰するというので、グリフィンドールチームは大いに息巻いた。
燃え上がる選手たちの一方で、は非常にどんよりとした数日を過ごしていた。
ハーマイオニーは少しでも目が合うとサッと視線を避けてしまうし、
ロンはロンでそんなを不満げに見ていた。
本当はハーマイオニーのことが気になるんなら自分でさっさと声をかければいいのに!
内心でイライラしながら、はせっせとクァッフルを運んだ。
ただそんな状況でもハリーは控えめながらに声をかけてくれたし、
本当に居心地が悪いときは、双子と一緒にいれば寂しさはとりあえず感じない。
「おいポッター。その箒、乗りこなす自信はあるのかい?」
「まあね、そう思うよ」
朝食の席では、ハリーとドラコのお馴染みの嫌味合戦が始まった。
スリザリンは今回の対戦相手ではないが、わざわざファイアボルトを見に来たのだろう。
「パラシュートの機能がついていればよかったのにねぇ。
吸魂鬼がそばまで来たときに必要だろう?」
「君こそ、箒にもう1本手をくっつけられたらいいのにな、マルフォイ。
そしたらその手がスニッチを捕まえてくれるだろうに」
ハリーが座っているのはの目の前、
そしてドラコが立っているのはの真後ろ。
は深く溜息をついた。
なんでもいいけど、人を挟んで喧嘩しないでもらえないだろうか。
「……あのさ。朝からそんな口論して、楽しい?」
は首だけを動かして、背後のドラコを下から睨んだ。
先日のことがあるのであまり関わりたくないのが本音だが、うるさいものはうるさい。
ドラコは一瞬ムッとした表情になったが、すぐに意地悪な笑みを浮かべた。
「に免じて、この場は退いてやるよ。
良かったな、ポッター。彼女に礼を言っておけ」
咀嚼していたレタスがうっかり気管のほうへ迷子になりかけ、は思いっきりむせた。
いまこいつ、ファーストネーム呼び捨てにしなかったか?
ハリーだけではなく、フレッドとジョージまでこの言葉には反応した。
ゲホゲホと胸を叩くと得意げに去っていくドラコに視線が集中する。
「おい、なんでマルフォイがのことって呼んでんだ!」
「そ、そりゃだってわたし、・アンドロニカスって名前だし…」
「そうじゃなくて、あいつこないだまでアンドロニカスって呼んでただろ!」
はミルクピッチャーからゴブレットにミルクを注いだ。
それを一気に飲み干し、口元を拭う。
「おーっと、そろそろ時間かなぁー?
じゃ、わたしはお先に控え室を点検してくるから、選手のみんなはしっかり食べてね!」
「あ、!おい、逃げるのか?」
どうしてドラコが急にと親しいような素振りをし始めたのか、
それを説明するためにはまだ秘密にしておかなければいけないことが多すぎる。
は左手の袖をまくって腕時計を確かめるふりをした。
そして立ち上がり、まだ不満そうなフレッドとジョージの腕をひょいひょいかわす。
落ちてくるクァッフルを避けることで培った反射力がこんなところで役立つとは、マネージャー業も侮れない。
は誰よりも早く競技場へ着き、選手の控え室を見て回った。
それぞれのロッカーにきちんと試合用ユニフォームが畳まれて置いてあることを確認し、観客席へ向かう。
11時が近付くにつれ、観客席も埋まりだす。
一番乗りの特権でフィールドがよく見える位置を陣取ったは、
膝のうえに記録用の羊皮紙と鉛筆とを準備して、試合開始を待つ。
「――そこ、空いてるかな?」
「ルーピン先生!」
不意に穏やかな声がして顔を上げると、ルーピンが微笑んで立っていた。
カラリと晴れた空を背景に、薄い鳶色の髪が風にさらさら靡く。
ルーピンの右手人差し指はの左隣の席を示していた。
「空いてますよ。先生も一緒にハリーを応援してくれるんですか?」
「まあね。特訓の成果も気になるところだし」
よっこいしょ、と言いながらルーピンはの隣に腰掛ける。
あんまりにもお年寄りくさいその言い方に、は少し笑った。
ピッチでは深紅とブルーそれぞれのユニフォームが出揃った。
『――全員飛び立ちました、試合開始です。
なんといっても今回の試合の目玉は『炎の雷』ファイアボルトでしょう!
この箒は今年のナショナルチームの公式箒にも採用されるとのことで――』
『ジョーダン、試合の説明をなさい!』
は試合開始時刻を書き込み、クァッフルの行方を目で追った。
今回は、前回のハッフルパフ戦のときよりも気候条件がずいぶんと良い。(気温以外は)
これならリー・ジョーダンの実況に頼りきりになることもなく、スコアを追っていくことができるだろう。
ルーピンはの手元を覗き込んでみたり上空のハリーを探してみたりと、随分ゲームを楽しんでいる。
『――いやはや、素晴らしい加速です!
え?いや、違います先生。ファイアボルトじゃなくて、チャン選手のことですよ!
わかってますって――おや?決まるか?決まるか?グリフィンドールッ……10点先制!!!』
先制点を入れたのはグリフィンドール。ケイティ・ベルのシュートだった。
時間と選手名、得点を書き込むのは前回と一緒だが、
今回は前よりも詳しく、ケイティがゴールポストのどちら側からシュートしたのかも記録する。
なんだか「デキる女」になったようで、少し楽しい。
「試合をじっくり見れなくて残念だと思うことは無いかい?」
「え?えー…まあ、ちょっとは思いますけど。
でも楽しいですよ!先生はクィディッチは得意だったんですか?」
「わたしはそこまで得意ではなかったかな。
は?飛行訓練は…結構楽しんでいそうだけど」
「もっちろん!」
もちろん飛行訓練はの大好きな教科のひとつだ。
箒に乗って空を飛ぶということは、思っていたよりも爽快な気分になれる。
その間にもグリフィンドールのチェイサーたちはぽいぽい点を稼いでいく。
昨日の練習よりも動きがいいのは気のせいではないだろう。
アリシア、ケイティ、アンジェリーナ、またアンジェリーナ。
『――80対0でグリフィンドールのリードです。
ポッター選手の貢献も大きいように思いますね!あの動きを見てください!
チャン選手のコメットじゃあとうてい敵いません!あのターン!あの角度――』
『ジョーダン!いつからあなたはファイアボルトの宣伝係になったのですか!』
今度はレイブンクローの反撃だった。
立て続けに3回ゴールを決められ、点差は50に縮まる。
ハリーがファイアボルトを上向きにし、加速をかける。
スニッチを見つけたのだろうかと観客が沸き立った瞬間、青いユニフォームが行く手を阻んだ。
レイブンクローのシーカー、チョウ・チャンがぴったりとハリーをマークしている。
ふと見れば視界の端、スリザリンの観客席に近いフィールドの端で黒い影が蠢いた。
「あれは――……」
「せ、先生、あれっ――ん?」
がルーピンのローブを引っ張る。
黒い影は3つ。マントをすっぽり被った吸魂鬼のように見えた。
見えた、のだが。
「―――エクスペクトパトローナム!守護霊よ来たれ!」
上空からハリーの声がして、白銀色の靄がフィールドに襲い掛かった。
「うわぁあ」だの「ぎゃぁあ」だのと、黒い影たちが悲鳴をあげる。
吸魂鬼は悲鳴などあげない。声を持たないからだ。
は悟った。情けないことに――ドラコ・マルフォイの声がしたのだ。
「…先生…」
「……まあ、特訓は成功、かな…?」
ルーピンが苦笑しながら言う。それでもその表情はどこか嬉しそうだ。
同時にフーチ先生のホイッスルが鳴り響き、試合が終了したことを告げる。
が上空に目を向けると、何かを掲げたハリーが旋回していた。
グリフィンドール生たちは歓声をあげ、競技場に雪崩れ込む。
グリフィンドールの勝利だった。
「……何をやってるんだか…」
「、どこに行くんだい?」
ロンやハグリッドが選手たちの方へ駆け出すのを見送り、もフィールドに向かうため、足を動かした。
ただし向かう先は、ロンたちとは反対方向。
ルーピンが不思議そうに言うので、は指をさして黒いマントの塊を示した。
「情けないことばっかりしてんじゃないわよ、マルフォイ!
なにが純血の誇りだって言うの?そんな卑怯くさいことするのがそうなの?」
「う、うるさい!帰れよ!」
「アンタに言われる筋合いないわ!たまにはひとりで立ち向かってみなさいよ!
それでもマルフォイ家のお坊ちゃまなの?正々堂々と戦いなさい!」
一歩近寄るごとに、その黒いマントの塊の滑稽さがよくわかる。
ドラコはゴイルに肩車されていたようで、中途半端にローブからはみ出ていた。
残り2体の吸魂鬼もどきは同じくスリザリンのクラッブと、キャプテンのマーカス・フリント。
はなるべく威圧的に聞こえるように言い放つ。
やがて足音が近付いてきたかと思うと、驚いた顔のハリーと目が合った。
「全員、処罰です!更にスリザリンから50点減点!
この件は校長先生にもお話しします!――ああ、ちょうどいらっしゃったようですよ」
マクゴナガルがに続いてドラコたちを怒鳴りつける。
背後からは白い髭をなびかせてダンブルドアがやって来るのも見えた。
とハリーは顔を見合わせて苦笑する。
これほど完璧なオチがつけられた試合が、かつてあっただろうか?
「――おーいハリー!!
パーティだ!グリフィンドールの談話室!すぐ来いよ!」
「いま行くよ!」
ドラコに最後の一瞥をくれ、とハリーは歩き出した。
こんなのが純血の誇りなのだとしたら、『ブラック家のお嬢様』になんてなりたくもない。
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