試合は快勝、スリザリンは大目玉。
ああ、なんて楽しい試合だったんだろう!
談話室の中央では、選手たちがヒーローのように喝采を浴びている。
優勝決定戦にも見事に復帰できたわけで、寮生たちは大騒ぎだ。
「でもやっぱり、ファイアボルトの功績はでかいよなあ!」
「そうよ!でも、箒だけじゃなくて乗り手も素晴らしかったわ!」
談話室のあっちこっちで、そういう声がする。
ハリーはいちばん真ん中で、照れたように立っていた。
オリバーは嬉し泣きして、フレッドとジョージはそんなオリバーの背中をべしべし叩いてる。
「次も頼むわよハリー!」
アンジェリーナがそう言って、ハリーのほっぺたに軽くキスをした。
わっと沸き返る談話室。
アンジェリーナに続いてケイティ、ケイティに続いてアリシアもハリーにキスをした。
「……はしてくれないのかい?」
ハリーがちょっと顔を赤くしたままで言う。
ロンがぷいっとそっぽ向いたのはムシして、わたしはハリーに近寄る。
「もう、しょうがないなあ!」
目を瞑って、わたしはくちびるをちょっとだけハリーのほっぺたに当てた。
アンジェリーナたちが後ろからわたしを羽交い絞めに抱きしめるせいで、ちょっと苦しい。
「ずっるいぞハリー!、俺にも!俺たちにも!」
「ふたりは今日は目立たなかったからダーメ!」
そんな感じで、宴会は夜まで続く。
シーン58:オスカーはきみに輝く 2
宴会は楽しかったが、そればっかりというわけにもいかなかった。
ハーマイオニーはひとりで宿題をしていたし、
ロンはスキャバーズのことで聞こえよがしに嫌味を言ったからだ。
試合中ずっとクァッフルの行方を記録していると結構気疲れするもので、
はそんなハーマイオニーたちを尻目にさっさと自室へ引き上げたのだった。
は夜中にふと目を覚ました。
そういえば、あの旗をどうしたんだっけ。
グリフィンドールのクィディッチチームには大きな応援旗がある。
それはハリーが1年生のころに生徒たちが作ったものらしく、
いまでも試合があるたびに持ち出されては士気を高めるべく掲げられる。
普段はそれはロッカールームに仕舞ってあるのだが、
宴会になると出張してきて、巨大なタペストリーとして談話室を明るくした。
時刻は2時半。
さすがに宴会はもう終わったらしい。
はルームメイトたちを起こさないようにそっとベッドを抜け出し、
杖の明かりで足元を確かめながら、ゆっくりと階段を降りた。
みしりみしりと鳴る音が、ひどく大きく感じる。
談話室はぼんやりとしたランプの光に照らされていた。
当然のことだが、無人である。
応援旗はすぐに見つかった。
宴会のときのまま、壁に貼り付けられていた。
はとりあえずそれを剥がし、畳んでしまおうと決意した。
ロッカールームに入れる生徒は主に選手に限られている。
しかし今では、選手がこういった類の備品を触ることはほとんど無い。
というマネージャーが出来てしまったからだ。
このまま壁にかけておいてもとしては一向に構わないのだが、
パーシーが「早く片付けろ!」といずれ言って来るだろう。
面倒事は、小言を言われる前に片付けてしまうのが一番だ。
は旗を抱え、欠伸をしながら女子寮に続く階段に足をかけた。その瞬間。
「うわあああああああぁあぁああ!!!!!」
男子寮のほうから凄まじい悲鳴が聞こえ、は思わず足を滑らせた。
勢い余って小指をぶつける。
「なっ――なっ――なに、いまの!?」
どくんどくんと心臓が鳴る。
しゃがみ込んでつま先を庇うと、男子寮の階段が軋んだ。
誰かが、降りてくる。
その誰かはひどく焦っているようで、足音に慎重さは感じられない。
悲鳴の主が逃げてきたのだろうか?それとも悲鳴をあげさせた張本人が……?
数秒のうちに現れたその影は黒く、骸骨のようなシルエットをしていた。
肘のあたりまで伸びた髪は、ランプの灯でもわかるほどに傷んでいる。
「…………?」
その声は低く、耳に馴染む。
「……シリウス?」
「あ、ああ。こんな時間に何を――」
ぎらりと、何かが反射した。
が彼の手元を注意深く見れば、それは刃渡りのかなり長いナイフだった。
黒い骸骨に刃物。あまりにも極悪人めいたその姿に、は思わず顔を強張らせる。
シリウスはそんなに気付いてか、ナイフを自分のローブに隠した。
バツの悪そうな表情をしたまま、談話室の出口に向かう。
――ブラックだ!……フを持ってた!……いま……カー……を切ったんだ!!
ばたん、ばたん、といくつかのドアが開く音がした。
それに混じって聞こえてくる声は、どうやらロンのもののようだ。
「待って!」
は急いでシリウスを追いかけ、そのボロ布のような服の裾を握った。
今から逃げたのでは、確実に追い詰められてしまう。
「、何を――」
「いいから、隠れて!」
は手に持っていた大きな旗をシリウスの頭に被せながら考えた。
彼が何をしにここまで来たのかは知らないが、恐らくスキャバーズ関連のことだろう。
それにしても、いったいどうやって―――?
バタバタと音がして、生徒たちが今の悲鳴で起きてしまったことを知らせる。
は灯していた杖明かりを消して、窓ガラスにその先端を向けた。
シリウスが何か言おうとしているが、今は構っている暇はない。
「レダクトッ」
バリン!と小気味良い音を立てて、ガラスが砕ける。
呆けているシリウスの膝を蹴っ飛ばし、「犬!」と言えば、彼は大人しく犬に変身した。
は旗の下に犬を隠し、割れた窓の近くに寄った。
そして自分から3歩ほど離れたところに杖を投げ捨てる。
バタバタという音は、談話室に下りてくる。
うまく出来るだろうか?心臓がどくどく鳴る。できる、きっと出来る――……
「叫んだのは誰だい――?」
「いったい何をしてるんだ――」
「ロン、夢でも見たんじゃ――」
「夢じゃない!本当にシリウス・ブラックが――」
「マクゴナガル先生に怒られるわよ――」
「いいねえ、二次会ってやつか――?」
たくさんの声が談話室に集まり、そしてピタリと止んだ。
ハリー、ロン、ネビル、シェーマス、ディーン、フレッド、ジョージ、ジニー、………
みんなの視線が、とガラスの破片に集まる。
「―――ブ、ブラックが、」
はぺたりと床に座り込み、旗を握り締めて言う。
(できる、できる、わたしはママの娘だから、女優の娘だから、)
「―――ガラスを割って、外に!」
その一言で、しんと静まっていた談話室が再びざわついた。
混乱と、恐怖と、焦燥が生徒から生徒へ感染する。
遅れて登場したのはパーシーだ。
眠そうな目で、主席のバッジをパジャマに止めつけようとしている。
「いったい何の騒ぎだ?部屋に戻りたまえ!」
「パース!シリウス・ブラックが出たんだよ!
僕らの寝室に、ナイフを持ってた!僕、見たんだ!」
「ロン、おおかた食べ過ぎで悪夢でも見たんだろう――」
「ウソじゃない!じゃあこのガラスは何だよ!
も見たんだぞ!にも聞いてみろよ!!」
は旗の下を調べられないように、犬ごと腕に抱え込んで頷いた。
パーシーが顔を引き攣らせるのと同時に、旗の布地に顔を埋める。
(泣け、泣け、女優の娘でしょう、いまここで演技しないで、いつするの――!)
「いい加減になさい!試合に勝ったのは喜ばしいことです。
しかしこれでは浮かれすぎというものですよ!パーシー、あなたがしっかりしないと――」
「先生!僕はこんなこと許可していません!ただ――」
涙よ出て来いと必死で念じるの耳に、マクゴナガルの声が届いた。
真打ち登場、ゲームで喩えればラスボスとの戦いだ。
「先生、僕、目が覚めたらシリウス・ブラックがナイフを持って目の前に居たんです!」
「…ウィーズリー、言って善い冗談と悪い冗談が――」
「冗談じゃないんです!も見たんです!」
は目から上だけでマクゴナガルを見た。
念じた甲斐あってか、下まぶたには涙がうっすらと滲んできた。
「…アンドロニカス、本当ですか?」
「……は、い。ほ、ほん、ほんとう、ですっ」
「で、では、ブラックはどこに…」
「ガラスを割って――わ、わたしの杖です。
明かりをつけてたら、と、取られてっ…攻撃されるかと、お、思っ…」
そこで初めて窓ガラスが割られていることに気付き、マクゴナガルは息を呑んだ。
はもう一度、あたかも「怖かった」と主張するかのように顔を旗に埋めた。
「――怪我はないのですね?」
「な、ないです。へいき、です。
わた、わたしの顔、見てっ…驚いた、みたい、で…っ」
は腕のなかにあるものをぎゅっと抱きしめた。
(動かないで、お願いだからジッとしてて…!)
マクゴナガルは険しい顔で談話室の出口に向かった。
カドガン卿に「男をひとり通したか?」と問答するのが聞こえる。
はみんなの意識がそっちへ向いている間に、そっと立ち上がって女子寮の階段へ向かった。
何人かはそんなの行動に気付いたようだが、ショックを受けているのだと思ってか何も言ってこなかった。
腕の中の『荷物』は思っていたよりも重く、足がふらつく。
「――通しましたぞ、ご婦人!」
「あ、合言葉はどうしたのですか!」
「持っておりましたぞ、一週間分すべて!何やら紙切れを読み上げて――」
自室の扉を開け、ルームメイトたちの有無を確認する。みんな談話室に居るようだ。
は『荷物』を投げるように放り込み、自身も部屋へ飛び込んだ。
後ろ手にドアを閉め、そのまま背中をつけてずるずると座る。
「――――主演女優賞、・……!」
もぞり、と這い出て来た犬と視線を合わせ、勝ち誇ったようには言った。
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