「……私はバカ犬か…」

「いや、あの、ほんとごめん」



だからって34歳(33だっけ?)のおじさんが膝を抱えてスネても可愛くないよ!











  シーン60:しろくろ大作戦 2戦目:強敵現ル!











その夜は「の飼ってる犬=スナッフルズ=おバカな犬」という方程式が成立し、幕を閉じた。
真下にそのおバカがいるのであまりいじめないでくださいと思いつつも、
聞かれれば聞かれるだけおバカ話をでっち上げてしまったあたり、も悪ノリしていたのだ。



朝が来て、朝食を食べ、1,2時間目の『防衛術』の教室へ行く。
と見せかけて、は「ごめん忘れ物!」と、戦線を離脱した。

それがもっと寮に近い場所であれば「ついていくよ!」と声が掛かっただろうが、
はわざと教室に一歩足を踏み入れた後で言ったのだ。
呆気にとられるクラスメイトたちを置いて、
「できるだけ頑張るけど疲れたらサボるかも!」と言い残し、は教室を飛び出す。


そして無人の女子寮へ駆け込み、冒頭の会話へと戻るのである。



ベッドの下を覗き込み、戻ってきたのがひとりだけであると説明すると、
黒い大きなバカ犬“スナッフルズ”はもそもそと這い出てくる。
その動きは愚鈍で、疲れきっているのだろうと思われた。
ほぼ1日半を『伏せ』の体勢で過ごしていれば、それも仕方の無いことだろう。



「いいさ、中身は所詮おっさんだからな」

「だ、だからゴメンてば…!」



かれこれ10分ほど、そのおっさんは膝を抱えて窓辺に座っていた。
今後の作戦会議を開くために戻ってきたのに、これではシリウスをフォローする会になってしまう。
だからって(冒頭にもあったが)ちっとも可愛い光景ではないのだ。犬の姿ならまだ可愛げもあろうものだが。

ユウはベッドに腰掛け、シリウスが復活するのを大人しく待つ事にした。
ああ、今日も空が青い。(ちょう寒そう!)



「―――?」

「あ、おかえり」



ようやく機嫌を直した(というか割り切ることにした?)シリウスがに声をかけた。
きっと彼からすればボーっとしていたの方が「おかえり」なのだろうが、そこは気にしないことにする。



「そういえば、授業はどうしたんだ?」

「サボっ、ちゃっ、た!
 初サボりなんだからちゃんと責任とってよね!」



がピースサインを見せつけながら言うと、シリウスはぱかりと口を開けた。
しかし彼に「授業をサボるなんて!」と怒る権利なんて無いのだ。
はそれを心得ているので、足をぶらつかせながらニヤリと笑う。



「あーあ。ルーピン先生の授業出たかったなぁ」

「………すまない」

「うん、まあいいの。それよりどうやってお城から脱出する?
 ずっとここには隠れてられないでしょ?ロミルダがなんか…気付きそうだし」



シリウスは膝を崩し、あぐらをかいて眉を寄せながら「そうだな…」と呟いた。
あいにくの頭では良い打開策などは思いつきそうにないので、黙って見守る。



「………『時計』は持っているか?」

「え?時計って…あの、普通のじゃなくて?」

「ああ。私がに贈り、がきみに贈ったやつだ」



少し考えてから問うと、答えはその通り、彼は『うつせみの時計』のことを言っていた。

はどこに仕舞いこんだかと思考を廻らせ、トランクを開けた。
その隅、衣類や本などの隙間に挟まるように、鈍い金色が光る。



「でもこれ…時間が経ったら元の身体のほうに戻っちゃうんでしょ?」

「――いいや。なんだ、から使い方を聞いていないのか?
 それだけの機能しかなければただのイタズラ道具にしかならないだろう?
 2通りほど、分身のほうに収束させる裏技があるんだ」



シリウスはピンと人差し指を立ててを見た。



「ひとつは『スペシアリス・レベリオ』の呪文を分身にかけることだ。
 これは“化けの皮剥がれよ”という意味で、その名の通り、隠れたものを暴き出す。
 しかしこれは共犯者がいる場合にしか使えない手段だ。動物の姿では杖は持てないからな」

「……わたし、そんな難しそうなのできない…」

「まあそれが普通さ。ふたつめ、これは『時計』そのものに細工をする。
 時間が来たとき、魂を戻す身体が分身のほうであると“誤解”させるんだ」



は首を傾げてシリウスを見た。
意識を持たない『物』に、どうやって『誤解』をさせるというのだろう?



「杖を貸してくれないか?」

「あ、うん……」

「覚えておくといい。マルフォイの小僧にかけてやれ。
 ――――コンファンド、錯乱せよ」



シリウスがの杖を受け取り、軽く振ったかと思った時には眩しい光が『時計』に直撃していた。
が使ったところで、杖がここまで素早く反応してくれたことはない。
大人は凄いというべきか、シリウスが、とするべきか、それよりも何か聞き捨てならない事が聞こえたような?



「良い杖だ。繊維質が強いところを見ると椰子か…いや、棕櫚か?」

「な、なんでわかるの?
 ていうか何でマルフォイのこと知ってるの?」



『時計』を持ち上げようとしていたシリウスは動きを止め、視線を泳がせた。
「あー」とか「まあ」とかいう言葉を何回か繰り返した後、「私の情報網は結構すごいんだ」とだけ言う。

いささか納得の行かない部分もあるが、は自分を納得させる事にした。
うん、すごい情報網があるに違いない、だってホグワーツに侵入できたくらいだし。



「本体のほうには…目くらまし術でもかけておくか?
 いやそれより同じ術でも即席の透明マントのようなものを作ったほうがいいな」



そうだそうしよう、とひとり納得し、シリウスはまた杖を振る。
杖はいっそ愉快なほどシリウスに従順で、サッと効果が現れる。
はなんだか相棒を取られた気がして複雑だった。

シリウスは魔法で大きな布を出し、杖の先でそれを軽く突いた。
すると布は杖が触れたところから徐々に消えていった。まるで空気に溶けていくように。



「消えた!」

「いや、背景と同化させただけだ。カメレオンのようなものだな。
 目くらまし術をかけただけの布だから本物の透明マントと違ってそのうち効果は切れてしまうが」

「へぇー…シリウスって実はすっごい魔法使いだったり?」

「……には負けるかもしれないがな。
 いいさ、どうせ私はバカな犬なんだろう?」



思わぬ反撃を喰らい、はうぐっと返答に詰まる。

先ほどの彼のように視線を泳がせていると、ぐしゃりと頭を撫でられた。
そろりと伺い見れば、シリウスは涼しい顔で杖を差し出している。



「本体を犬に変身させて、即席透明マントを被せる。
 そしたらそれをベッド下にでも押し込んでおけばいい。
 私は授業時間を狙い、城の外に出る。あとは森まで戻れば時間が解決してくれるだろう」

「……もし途中で誰かに見られたらどうするの?」

「猫の姿だぞ?」

「でもママなら気付くよ。授業ほとんど担当してないし、もしかしたら散歩とかしてるかも。
 それで見つかったら?わたしが使ってるって思うはずだし、そしたらぜったい捕まっちゃうんだから!」



杖を受け取りながら、は問う。
何を隠そう、にはあっさり捕獲された経験があるのだ。
人間より猫のほうがすばしっこいと思って油断したというわけでもなかったはずなのに。

シリウスはの言い分に「それもそうだ」と言い、難しい顔をした。
は考える。要はを見張りつつ見張られていれば確実な話なのだ。



「わかった!じゃあ、シリウスが『時計』を使うまではいいとして、
 そのあとわたしのカバンに隠れるとかして、一緒に玄関まで行けばいいのよ!」

「それは…にも危険が」

「ここまで巻き込んどいて、今さらそんなこと言う?」



それを言われてしまっては、彼に返す言葉はない。
渋い顔をしたものの、シリウスは結局「…頼む」と言った。


シリウスは手馴れたように『時計』を操作し、身体を明け渡す。
のときよりも少し大きい気がするが、それは白い猫だった。
犬なら黒くて、猫なら白。コントラストの対比に、はちょっと笑った。

そして計画通り、分身のほうは動物もどきの能力を発揮する。
はそれにカメレオンマントを被せて、見えないながらもベッドの下に押し込んだ。
微動だにするなとシリウスが命令しているはずなので、これでルームメイトたちにバレることもないだろう。


仕上げに、教科書などを入れるカバンに、白い猫を入れる。
すでに1教科ぶんの教科書が不要になったいるので、カバンはすかすかなのだ。
ハーマイオニーのように本を十数冊も借りる予定などもない。完璧だった。



「じゃ、そろそろ行こうかな」



腕時計を見れば、もう2時間目は終わっていた。
あと少しで3時間目が始まる。キリがいいので、作戦開始の頃合だと思われた。

は軽い足取りで部屋を出て、階段を下りる。
談話室には授業のない上級生がいて、少しおどろいた顔をされた。

やっぱり、シリウスを単独で行かせなくてよかった。
そう思いながらはしごを降りて、肖像画裏から廊下へ飛び出した。



「――やあ、。ちょうど探していたんだ。
 いまから、ちょっと時間があるかい?」



飛び出した先にいたのは、窓を背にしたせいで色素の薄い髪がいっそ透明にも見えそうな『彼』の姿。
やんわりとした声で告げられているのに、「時間はないです」などと言えそうな雰囲気ではない。

はカバンのなかで猫がもぞりと動いた気がして、内心で冷や汗をかく。
シリウスをひとりで行かせていたら、彼に捕まっていたかもしれない、その意味では助かった。
しかしここでカバンの中を検査されたら結果は同じになってしまう。

(動かないで!)と背後のシリウスに土曜の晩と同じ念力を送りながら、は彼に告げる。



「もちろん、ですっ、ルーピン先生…!」



ニコリと笑い、彼は「じゃあ行こうか」と言った。
は窓の外を見上げた。ああ、今日も空が青い。(ちょうヤバいんだけど!)



















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錯乱の呪文の唱え方はハリポタウィキを参照。
4巻でムーディ(クラウチジュニア)がゴブレットにかけた魔法です。