そのまま、セドリックはわたしをグリフィンドールの談話室まで送ってくれた。
途中ですれ違うみんなが泣き顔のわたしを見てビックリした顔をして、
ほんと、もう、恥ずかしいことしちゃったって今さら思うんだけどもう遅いのが現状で、



「て、てめーディゴリー!を泣かすとは何事だ!」

「ちがうのフレッド!ジョージ!
 これはわたしが勝手に泣いただけだからセドリックは関係ないの――って聞いてよ!」

「かわいそうに、むりやり言わされてんだな!」



とりあえず、この殺気立った双子をなんとかしてください。











  シーン65:ランカスターの誇り 1











がようやくフレッドとジョージを宥めすかし、
セドリックを無傷のまま解放することができたのはそれから20分後のことだった。
最初は本気で怒っていた彼らだが、最後の方にはもはや怒るフリを楽しんでいるように見えた。


両側からエスコートされつつグリフィンドールの談話室に入ると、
そこには珍しくもハリーとロンとハーマイオニーが一緒のソファに座っていた。

は3人のほうへ近寄った。
ハーマイオニーの目が真っ赤で、なおかつ手紙を握り締めていることから考えると、
どうやらハグリッドは彼女にバックビーク敗訴の連絡をしたらしい。



!あのね、ハグリッドが――」

「うん、わたしも聞いた。負けちゃった…んだよね」



ハーマイオニーは驚いたような顔で頷いた。
は3人に向かい合うようにしてソファに腰掛ける。
ロンと、なぜか手元が泥まみれのハリーが申し訳無さそうに俯いた。



「ごめん、僕らもちゃんと手伝うべきだったのに…
 『あとで後悔したって知らないから』ってが言ってた意味、今ならわかるよ」

「あー…そんなことも言ったっけ」



としては、その言葉は勢いに任せて言ったものという印象が強かった。
『後悔する』ような結果、つまり『敗訴する』という結末になろうとは思わなかったのだ。
ほんの脅し文句のつもりだったのに、それが今では現実になってしまった。



「ハリーもも、そんな死にそうな顔するなよ!
 控訴があるじゃないか!僕、今度はそれこそ死ぬ気で手伝うよ」

「そうね、ロンの言ったとおり…今度こそ、負けないわ!」



いくらか気を取り直したようにハーマイオニーが言う。
そうだそうだ!と話を合わせながら、も思った。

まだ、終わってない。
こんなところで泣いてたら、諦めるのと大差ないじゃないか。















シリウス・ブラックが2度にわたって校内へ侵入したため、ホグワーツの警備はいっそう厳しくなった。
はまたしても夕方から早朝までの警備に駆りだされているようだったし、
談話室を守護する“太った婦人”にはトロール2頭の護衛がついている。

やハリーたちが図書館でせっかく良い資料を発見したとしても、
日が暮れてからは生徒は城の外に出てはならないという新しい規則のせいで、
『飼育学』の時間にハグリッドに渡そうとするとどうしてもタイムラグが生じてしまう。


それでも、ホグワーツというのは魔法を教える学校である。
学校である以上は、手配犯が潜んでいようと休暇前であろうと宿題が課されるのだ。


たち1年生はしかしまだマシなほうなのだろう。
選択授業の始まる年である3年生たちは、基礎が肝心とばかりに山のような宿題を出されていた。

なかでも死相をありありと滲ませているのがハーマイオニーで、
彼女は休暇に入る前に奇妙な行動をしたのだとハリーがこっそり教えてくれた。

たとえば、ドラコ・マルフォイに強烈な張り手を喰らわせたとか。(は心中で拍手喝采だった)
たとえば、すぐ前まで来ていたのに授業に出るのを忘れたとか。
たとえば、占い学の授業中にキレて教室を出て行ったとか。

マジメなハーマイオニーにしてはありえないような話ばかりだった。
もしかして例の彼氏と喧嘩して機嫌が悪いのかとも思ったが、首筋の鎖は気付かれない程度に光っている。


しかしも、すぐに他人を気に掛ける暇などなくなった。
オリバー・ウッドがクィディッチ優勝杯獲得のための猛特訓を始めたからだ。


現在のグリフィンドールとスリザリンの点差は200点。
これがサッカーやバスケットボールだったら絶望的な点差なのだろうが、クィディッチは違う。
シーカーがスニッチを掴む事で150点が加算されるからだ。

つまりグリフィンドールが優勝するためには、スニッチボーナス150点に加え、
通常攻撃による得点が50点以上(できれば60点以上が望ましい)が必要になるのだった。

オリバーはそのことを繰り返し繰り返しハリーに言い聞かせ、
ついにはハリーが「オリバー、わかってるから!」と叫ぶ事態になったのはつい先日のことでもある。


グリフィンドールとスリザリンの睨み合いは激しくなった。

廊下を通れば転ばせようとあちこちから足が差し向けられ、
食事をしようとすればスープから明らかに食べられないようなものが発見される。





「私たちも、何か出来ないかしら」



試合が間近に迫った木曜日の昼食時、
ハリーが自室のファイアボルトが無事であるか確認するためにさっさと席を立つと、
その後姿を見送ったハーマイオニーがぽつりと呟いた。



「何かって…スリザリンの選手の耳からネギを生やすとか?」

、あなたの発想は独創的すぎてついていけないわ…
 つまり私が言いたいのは、ハリーたちが心強く思うような応援ができないかってことよ」



前半の言葉は褒め言葉だとして、はスルーすることにした。
ロンは口いっぱいにデザートを頬張りながらもごもごと呻いている。

優勝がかかった試合だから、きっといつもより選手たちにかかるプレッシャーは大きいだろう。
はハーマイオニーの意見に同調しながら考えた。
どんな状況だったら、リラックスしてプレーできるだろうか?



「ゴールが決まるたびに歌って祝うとか…
 あ、いっそ観客が誰も居ないっていうのは?」

「前々から思ってたけど、きみって結構、変だ」



ロンがとてつもなく呆れたような顔で見てくる。
「失礼な」と反論しながらはカボチャジュースのゴブレットを傾ける。



「だって、ミスしたときに観客が『ああ〜』っていうからプレッシャーになるんでしょ?
 だったら最初っから誰もいないほうが、何も気にせずにのびのびとゲームに集中できると思うの」

「で、僕らはどこで試合を観ればいいんだい?」

「えー…そこは魔法で生中継すればいいんじゃない?
 談話室とかにさ、おっきいテレビ――じゃなくて、スクリーンみたいなの置いて、」

「そんな魔法、聞いたことないよ。なあ、ハーマイオニー?」



ロンはハーマイオニーに同意を求めたが、彼女は顎に手をあてて何かを考え込んでいる。
期待通りの返事が得られず、ロンはちょっと拗ねたようにハーマイオニーを肘で突いた。



「でも……一理あるかもしれないわ。
 要するに、スタンドに敵と味方が入り混じってるからプレッシャーになるのよ」

「そんなの当然のことだろ?」

「ええ、当然のことよ。だけど、もしスタンドに味方ばかりだったら?
 もしスタンドがグリフィンドールの赤で埋め尽くされていたら――頼もしいと思わない?」



はスタンドが真紅で埋め尽くされる光景を想像してみた。

もし自分が上空にいて、箒にまたがってボールを追いかけているとき、
ふと地上を見れば自分のユニフォームと同じ色が広がっていたら――落下しても大丈夫だという安心感はある。

それよりはむしろ、敵方への精神的な負担のほうが大きいかもしれない。
完全アウェーな状況で試合をしろと言われたら、プロのサッカー選手だって嫌な顔をするに違いない。



「わたしはハーマイオニーに賛成。
 ハッフルパフとレイブンクローのみんなにも協力してもらえたら完璧よね!」

「でしょう?観客席の4分の3が味方だったら、スリザリンの立場は無いわ!」



普段あまり寮同士の衝突を良しとしないハーマイオニーにしては珍しく、
彼女は意気込んだように『打倒スリザリン』精神を前面に打ち出していた。



「競技場の入り口で真紅のローブに着替えてもらうのはどう?
 でもちょっとムリかな…皆がいっせいに着替えると後が詰まっちゃう」

「着替えるんじゃなくて、もっと手軽なものにするのはどうかしら。
 そうね……バッヂ、では少し小さすぎるかしら?」

「じゃあライオンのエンブレムを配るとか?」



左手と右手、両方の中指と親指をあわせた楕円の形をつくり、
「これくらいの大きさで」とは指でおおまかな大きさを示す。



「いいけど――エンブレムなら金色も混ざってしまうし、
 たくさん付けたときに少し不恰好な気もするわ」

「そっか……じゃあ、えっと……花!赤い花!」



花だったら、服だけでなく髪飾りのようにしても付けられる。
ほとんどの観衆が赤い花をつけて応援するというのはさぞや圧巻だろう。

ハーマイオニーはその案に目を輝かせたが、
ロンは女の子っぽい発想だとでも言いたさそうな顔をしている。



「それは素敵だわ!たくさん用意して、競技場の入り口でみんなに配りましょう。
 私、花を出す呪文なら知ってるわ。そんなに難しい呪文じゃなかったはずよ」

「さすがハーマイオニー!わたしにも教えて!
 魔法ってさ、色んなことできるからすっごいよね!」



とハーマイオニーは顔を見合わせて「ねー」と声を揃えた。
きっとこの気持ちは、ロンのように純粋な魔法族の家庭で育ったのではわからないだろう。
マグルの家に生まれて、魔法の存在を一度絶望していないと、魔法へのこの高揚感は味わえまい。



「花は何がいいかしら?赤だし…やっぱりバラ?カーネーションもいいわね」

「わたしハイビスカス!」



楽しそうな女子2人につられてか、グリフィンドールのテーブルには
「土曜のクィディッチで花をつけて応援しよう」という話が広がりつつあった。

もう好きにしてくれ、と呟き、ロンは残りのプディングを流し込む。



















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