ドラコ・マルフォイを打ち負かすことができて、クィディッチ杯に優勝できて、
あとはもう、夏の休暇を待つだけ!



だったら、よかったのになあ……











  シーン67:本日、試験日和にて 1











6月が近付いている。
空は雲ひとつ無いし、気温は日増しに高くなっていく。
誰も、何もする気になれず、暇を持て余したいと切に願っていた。

せめて、クィディッチ杯を勝ち取ったという、あの素晴らしい余韻に浸っていられたら。

しかし現実は否応無しに襲い掛かってきて、『試験』の文字をまざまざと見せ付けてくる。
それを感じさせるのは、あのフレッドとジョージでさえ勉強しているという事実に他ならない。

談話室で一番ピリピリしているのはパーシー、かと思いきや、実はハーマイオニーであったりもする。
彼女の試験の時間割は9時に数占い学と変身術が同時に開講されている、摩訶不思議な時間割なのだ。


さてはといえば、実はそれほど緊張していない。
人間、追い詰められればレダクトの呪文を一回で成功させることも出来るのだと知ったからだ。

それに加えて、まだは1年生なので、まず科目数が他の生徒たちに比べて少ない。
マグル界で言うならば国語理科社会数学の基本科目を勉強しているに過ぎないし、
勉強内容だって、理科の「植物のしくみ」を勉強しているようなものだ。
こっちが雌しべ、あっちが雄しべ、花弁、がく、胚珠、子房、種子、で、一丁上がり。

気にかけるべきは、スネイプがどの魔法薬を課題にするかということと、
まったく授業を聞いていない魔法史をどう誤魔化すかということだ。



だが本当に気にするべきことは、試験ではなく、シリウス・ブラックのことだった。

彼は未だに禁じられた森に潜伏し、ネズミを捕まえるチャンスを狙っている。
しかしあと1ヶ月もすれば、彼が脱獄してから1年、つまりは夏休みになってしまう。

生徒たちに勘付かれることなく歩き回れるという点では、それは歓迎するべきことだろう。
けれど、捕らえるべきそのネズミまで一緒に学校を出て行ってしまう可能性の方が高い。


タイムリミットは、そう遠い話ではなくなっていた。











「なに見てるの?」



がいつものようにシリウスへの物資をクルックシャンクスに預けて談話室に戻ると、
本に囲まれたハーマイオニーの横でハリーとロンが手元の何かをを覗き込んでいた。

はそこへ歩み寄り、ハリーとロンの肩の間からひょこりと顔を覗かせる。



、ハグリッドから手紙が届いたんだ。
 バックビークの控訴裁判の日程が決まったんだって。6日だよ」

「6日って、試験が終わる日?」



ハリーがにその小さなメモを渡しながら言った。
は「やなタイミング」と呟きながらそれを受け取る。

切れっ端のようなその羊皮紙には、いびつな形をしたハグリッドの文字が並んでいた。
試験の最後の日に、魔法省の役人と死刑執行人がやって来ると、そこには書いてある。
まるでハグリッドが敗訴するのを見越したかのような魔法省の態度に、つい眉を顰めてしまう。


「そんなことさせるもんか」とロンは息巻いているが、
は先日の一件のせいで、どうにも不安が拭いきれないのだった。

クィディッチ杯に優勝することと、権力者の息の掛かった裁判をひっくり返すことは
同じレベルに考えて臨んで良いものではない。甘く考えていては痛い目を見ると学習したのだ。

ドラコ・マルフォイの態度が以前のように尊大になっているのも気になった。
試合に負けた直後こそ大人しかったものの、今ではまた「僕の父上が―」と威張り始めている。
どうやら、バックビークを敗訴させるように仕向けているのが楽しくてしょうがないらしい。
はそれこそハーマイオニーのようにドラコにビンタしてやりたい衝動にかられたのだが、
下手に機嫌を損ねるのも危険であるし、何より関わり合いになりたくない気持ちの方が大きい。


は深呼吸をして、メモをハリーに返した。
大丈夫、きっと、今度こそ。















それから数日経ち、生徒たちにとって魔の一週間が幕を開けた。
学期末試験の開始である。



の最初の試験科目は『呪文学』だった。
杖の振り方や理論、妖精の呪文と魔法使いの呪文の違いといった内容の筆記試験に加えて、
大小さまざまな大きさのリンゴを指定の高さまで浮かばせるという、浮遊呪文の実技試験も行われた。

浮遊呪文に関しては、ホグワーツに入学する前にも少し練習していたこともあり、満足のいく出来だった。
フリットウィック先生はとても嬉しそうに笑い、にパチリと片目を瞑って見せた。
体の小さい先生がそれをやるととても可愛らしくて、は思わずウインクを返した。


幸先の良いスタートに、のやる気のエンジンが掛かりはじめた。
その次の『薬草学』では、根っこを少し傷めてはしまったものの、概ね完璧な植替えを披露できたし、
『天文学』では張ったヤマが見事に的中し、すらすらと星図を埋めていくことができた。
というよりも、この季節に冬の星座が見えるわけがないのだから、ヤマを張るといってもたかが知れているのだが。


『変身術』は、『呪文学』のように、筆記と実技の組み合わせだった。
複雑な理論を出来る限り思い返しながら羊皮紙に書くと、ひとりずつ別室に呼ばれる。
アンドロニカス姓などを名乗っているせいで、はトップバッターだった。

課題は、ニジマスをフレグランスボトルに変身させること。
どうしてニジマスなんだろうと思いながら、は呪文を唱える。

出来上がったボトルはガラス製のほっそりしたシルエットだった。、
窓からの光を受けて輝く様は美しいのだが、その色が虹色であるという点が生臭そうに見えて仕方ない。
マクゴナガル先生はぴくりとも表情を変化させないので、成功なのか失敗なのかには判断できなかった。
先生があの虹色をきれいだと思ってくれることを祈るしかない。




『闇の魔術に対する防衛術』は、少し予想と違っていた。

まず、生徒がひとり、呼ばれる。順番はランダムのようだ。
呼ばれた生徒が試験教室に入って数秒すると、その生徒の「うわぁ!?」という声が聞こえてくる。
待機している生徒たちは「あいつ、大丈夫かな」と小声でひそひそ喋りながら聞き耳を立てるのだが、
しかし何も聞こえてこないので、諦めて復習という名の最後の悪あがきに精を出すことにした。



「次、アンドロニカスだって」



試験を終えた生徒が出てきて、を呼んだ。もう残りの生徒はほとんど居ない。
飽きるほど目を通した羊皮紙をカバンに仕舞いこみ、は試験用の教室の扉を開けた。


中には机と椅子の組が2つ、向かい合って設えられていた。ずいぶん簡素な部屋だ。
扉に向かって奥側の椅子には穏やかに微笑んでいるルーピン先生がいて、に椅子を勧めた。



「さあどうぞ、座って」

「あ、はい――っきゃ!?」



腰を下ろした途端、部屋の照明が落ちて真っ暗になってしまった。
ああなるほど今まで聞こえてきた「うわあ」という声はこういうことかとは瞬時に悟った。
ルーピンはちっとも困ってなさそうに「おやあ困ったね」と言う。



「問題1、主に暗闇の中で生きる闇の魔法生物を3種挙げなさい。
 問題2、その魔法生物に出会ってしまった時の対処法を答えなさい」

「え?」

「試験だよ。制限時間は10分」



なぜこんな真っ暗な中で?

部屋が急に暗くなった瞬間に、の頭から復習羊皮紙に書いた内容は零れ落ちていた。
それを必死に手繰り寄せ、なんとか答えなければと頭を働かせる。



「あの……まず1種はレッドキャップです。長い牙で、長い爪で、旅人を襲います。
 対処法は、えっと…十字架。十字架を見せると、歯を一本だけ残して逃げていきます」

「続けて」

「2種目はトロウ、スコットランド北方のシェトランド諸島に棲む不吉な妖精です。
 これは太陽の光が苦手なので、ルーマス・ソレムの呪文が有効だと言われています」



ルーピンは頷きながら聞いているのだろう、「うんうん」と相槌が暗闇の向こうから聞こえる。
あとひとつ。は必死に記憶の彼方を探る。あとひとつ、あとひとつ……



「最後、は、ピクシーです。頭に四葉のクローバーを乗せればマグルにも見ることが出来ます。
 それで……塩水が苦手なので、えっと、……海水、を、かければ逃げて行きます……」



塩水を出す呪文が思い出せず、というよりも本当にそんな呪文があったかどうかも思い出せず、
はとりあえず「海水をかける」というマグル的手法で攻めることにした。
うん、いや、間違いじゃない、はず、だ。

「はい、おつかれさま」とルーピンの声がして、部屋の照明が生き返った。
まったく、何だって部屋を真っ暗にする必要があったのか。
訝しがりながら立ち上がり、「ありがとうございました」とは礼を言おうとした、ら、


さっきまでは何も乗っていなかった目の前の机に、赤い髪・大きな口・曲がった鼻のピクシーが座っていた。


は思わず「ひぃ」と情け無い声を上げながら後ずさり、杖を構えた。
これは、なんだ、試験の一環なのだろうか?それとも偶然?迷いピクシー?
ああ、どうしてよりにもよってピクシー!対処法が思い出せなかったピクシー!

体長20センチほどのその生物は、尖った爪を振り上げての方へ飛んでくる。
ルーピンはしれっとした顔で、慌てふためくを見ている。
塩水じゃなくてもいい、せめて熱々の紅茶があればそれをかけてしまえるのに。

はとりあえず出鱈目な呪文を唱えてみたが、素早いピクシーには当たらない。
それどころか、髪は引っ張られるわ腕は引っ掻かれるわで逆に劣勢であった。



「せ、せんせー…っ」



あいにく海水も紅茶も持っていない。打つ手が無い。
は成績表に「A、まあまあ」がつくことも覚悟で、ルーピンに助けを求めた。

すると彼はすぐに立ち上がり、をその背中に隠して杖を振った。
一瞬で、ピクシーは煙のように消えた。呪文を発した形跡すら、には分からなかった。

ぽかんとしているに微笑みかけながら、ルーピンは穏やかに言う。



「――今のはね、ちょっとした意地悪問題なんだ。
 解答した3種類のうち、間違っていたり自信が無さそうなやつを選んで、
 みんなが勝てない相手にどう立ち向かうか、そこを見てみたかったんだよ」

「……いじわる…ですね…」

「まあ、のアイデアなんだけどね。
 心配しなくてもいい。、きみの対応は、正しかったよ」



は首をかしげてルーピンを見上げた。
結局どうとも出来なかったのに、なにが正しかったというのだろう?



「――どうしても自分では対処できないと判断したときは、大人を頼ること。
 きみたちはまだ魔法使いになって日が浅いんだから、できないと認めることも必要だ。
 特にグリフィンドール生は、その……突っ走ってしまう傾向があるからね」



は笑って、その言葉に「そうかもしれないですね」と返した。
自称・元グリフィンドールの黒い猪突猛進犬(犬突猛進?)のことを少し思い出したなんていうのは、ひみつだ。



















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レッドキャップとかトロウとかピクシーとかの詳しいことは↓のサイトさまを参考にさせて頂きました。
http://www004.upp.so-net.ne.jp/thor/fd_top.htm
「幻想動物記」→「妖精」→「イギリス」でいっぱい出てきます。わーい!
いつか「カリアッハ・ベーラ」ネタでも書いてみたいですね!