そんな感じで『防衛術』の試験も終わって、次は『魔法薬学』。

忘れ薬の調合をしろっていう課題で、出来あがりは……まあまあ?
何か材料を1個くらい入れ忘れてるかもしれないなあとは思うんだけど、思い出せない。

忘れ薬なので調合方法も忘れました、なんて言ったら、怒られるよな、うん。わかってる!











  シーン68:本日、試験日和にて 2











木曜日になった。それはつまり、試験の最終日になったということだ。
明日の今頃にはこの苦しい状況から解放されているはずだと思うと、生徒たちの士気は上がった。

しかしのやる気はほぼ尽きかけていた。
今日の午前で試験が終わるのは嬉しいが、なぜ大トリが『魔法史』なのか。
ビンズ先生には悪いが、は別に、子鬼が反乱しようが何しようが特に興味は無い。
発掘作業でもさせてくれるのなら頑張ろうという気にもなるが、ひたすら座学では飽きてしまう。


はノロノロと席に着き、問題用紙をめくった。
『熱血漢エルフリックの反乱について説明せよ』。誰だそれは!
最後の方はもはやいつか読んだ歴史ロマンを組み合わせ、話をでっち上げながら羽ペンをはしらせる。


(――エルフリックは…体長が…2メートルを越える大男で……隻眼。
 あとはどうしようかな…反乱の理由は…恋人を…取られたから。かわいそー!)


ニヤニヤしながら解答を埋めるに気付いた生徒はいなかった。
要するに、みんな同じようなことをしているのだった。





終了の合図が鳴り、は大きく伸びをした。
解答用の羊皮紙には、壮大なロマンスが展開している。
傑作だった。傑作だが、少しも正解ではなかった。

しかしそもそもビンズ先生は生徒たちに興味が無いので、
きちんと答案さえ提出していれば「P、不可」にはならないのだという話がまことしやかにされている。
歴史学者になりたいと思う日が来るまで、自分はこの戦法で試験を切り抜け続けるだろうとは思った。

答案が回収され、ホッと一息つくと、自分が空腹であることに気がついた。
終わった。試験が、終わった。それはなんと素晴らしいことだろう!
もう昼食の時間だ。はルームメイトたちと一緒に大広間へ向かうことにした。



いくつか階段を下り、廊下を渡った先には、細縞のマントを着た中年太り気味の男がいた。
はそれが誰かを知っていた。コーネリウス・ファッジ。魔法省大臣だ。

魔法省の大臣が、なぜ、ここに?
一瞬驚きで頭が真っ白になったが、はすぐに思い至った。
今日はバックビークの控訴裁判がある日だ。

が足を止めたのに気付いてか、大臣がチラッとこちらを見た。
そしてそこに居るのがだと分かると、たちまち笑顔になる。



「やあお嬢さん!クリスマス以来だが私のことは覚えているかね?
 試験はもう終わったのかな?いやなに、ミネルバがお嬢さんのことを褒めていたよ!」

「あ――はい、大臣。お久しぶりです。
 試験はさっき終わりました。あの……マクゴナガル先生が?」

「そうとも。きみは本当にお母上にそっくりだとね!
 優秀なお嬢さんで、彼女もさぞかし鼻が高いことだろう」



果たしてそれは本当に褒め言葉だったのかと思いながらも、「ありがとうございます」と返す。
正直、ルームメイトたちが居るので、出来る事ならのことには触れられたくないのだが。



「あのっ、大臣、バックビークの控訴裁判でいらしたんですよね?
 裁判はもう終わったんですか?まさか、もう処刑してしまった、とかっ…」

「いやいや、午後2時からの予定だからまだ処刑はしとらんよ。
 それに私がここへ来たのも裁判のためだけというわけではないんだ。
 ブラックが2度にわたって侵入したというので、実地検分の目的もあるんでね」



とりあえず、まだ最悪の事態にはなっていないらしい。
内心で安堵するが、ホッとしているばかりでは居られない。これからが勝負だ。

それに、もし、大臣が来たからというのでブラックの再捜索が行われたら?
それも大規模な捜索で、森の奥の奥まで虱潰しにされたら?
犬の姿であっても、やルーピンにはシリウスだとわかってしまうだろう。
それは困る。非常に困る。せめてスキャバーズの居所が掴めてからにして欲しいものだ。



「大臣、あの……裁判、わたしも一緒に居ていいですか?
 わたし、クリスマス前からずーっと資料とかいっぱい探してたんです。
 それにバックビークは全然凶暴じゃないって証明できます!
 初対面のとき、わたし、バックビークにちゃんと触れました。攻撃されませんでした」

「お嬢さん、ばかを言っちゃいけない。
 生徒は許可なく出歩いちゃいかん決まりになっているんだろう?
 そうでなくともお嬢さんはダメだ。ブラックに襲われかけた事を忘れてはいないだろうね?」



は返事に詰まり、ファッジをただ無言で見上げた。

そうだ、とシリウスの関係を知っている人から見れば、
あの事件はもっとも危惧するべき出来事に見えるのだ。
あの時はただ必死で、自分の演技がこんなところにまで影響するとは思っていなかった。

その時、背後から、コツリとした足音が聞こえてきた。
たちが振り向くと、そこにはスーツにマントを羽織ったが居た。



「……お取り込み中でしたかしら、大臣。
 ダンブルドアとの会食の準備が整いましたので、お呼び申し上げに参ったのですが」

!いや、そうじゃなくてだな、」



大臣は困ったようにを見る。
ルームメイトたちは早く昼食に行きたいようで、そわそわしていた。

すると大臣が、名案を思いついたようにパッと顔を輝かせた。



「そうだ、お嬢さん!ハグリッドのところに行きたいのなら、
 先生に許可を貰って、先生同伴で行きなさい。
 ただし、裁判が始まる前には戻って来るんだぞ。さすがに傍聴までは許可できんからな。
 うむ、それならダンブルドアも文句ないだろう!、どうだね?」

「はあ、その…よく分かりませんが、大臣がそう仰るのなら…」



は困惑した様子で、大臣とを交互に見る。

はルームメイトたちを振り返り、「ごめん先行ってて」と囁いた。
2時からの裁判までは居させてもらえないのなら、昼食を食べている暇はない。
後で厨房からなにか貰ってくればいいだろう。

大臣はの返事に満足そうに頷き、ポンポンと肩を叩いた。
そして上機嫌にも鼻歌を歌いながら階段を上っていく。校長室に行くのだろう。


残されたは顔を見合わせる。
おずおずと笑いかけると、溜息で返されてしまった。















、それにじゃねえか。
 なんだ珍しい組み合わせもあったもんだな、まあ入れ、入れ」



ノックの音に、もじゃもじゃのスーツに身を包んだハグリッドが扉を開けた。
そこに立っているのが親子だとわかると、ホッとしたような表情をする。
委員会のメンバーが予定よりも早く来たわけではないと分かり、安心したのだろう。

は勧められるがままに腰を下ろした。
部屋の隅では、あいかわらずバックビークがうとうとしている。



、お前さん試験は終わったんか?
 の娘っ子だってんなら心配は要らんだろうがな。
 ほれ、ロックケーキだ。遠慮すんな、まあ食えや…」



遠慮じゃなくて本気で要らないんです。などとは、さすがに言えない。
はなるべく小さいものを選んでつまみ上げ、口に運んだ。
ああこれ、いっそレダクトの呪文でもかけたら食べやすくなるだろうか。

は難しい顔をして、たちが用意した資料に目を通していた。
なんだかテストの採点を目の前でされているようで、少しむず痒い。


はハグリッドに試験の出来について話をした。
迫りくる裁判のプレッシャーを少しでも忘れてリラックス出来るように、
なるべく面白おかしく聞こえるように脚色も交えながら。

ニジマスのフレグランスボトルのこと、
が考えたとかいうイジワルな試験問題のこと、
魔法史でうっかり壮大なロマンスを執筆してしまったこと――……



「すまんなあ、お前さんらも大変な時だってのに迷惑かけちまって…
 でも、ビーキーは喜んどるぞ。あいつはのことが気に入っちょるようだからな」

「そうなの?」



ハグリッドは所々で笑いながら聞いていた。
やがて話のキリが良くなったところで、しょんぼりとして言う。

はついに噛み砕けなかったケーキを隠し持ちながら、バックビークに近寄った。
歯型がついてはいるけれど、食べてくれるだろうか。



「ああ、ヒッポグリフってのは気に入らんやつにはお辞儀されたって羽一枚すら触らせねえ奴らよ。
 なのにお前さんは始めっからビーキーに気に入られとった。こいつぁやっぱり、血筋が――」

「ハグリッド」

「あ、ああ。すまねえ。忘れてくれ」



ぴしゃりとしたの声に、ハグリッドが押し黙る。
はこっそり首をかしげた。
血筋とはどういう意味だろう?会った事もない祖父や祖母のことだろうか?

バックビークはの手からロックケーキの塊を奪い、嘴で突いた。
ぼろぼろと、小麦が床に崩れ落ちていく。

これから裁判があるというのに、ハグリッドに掃除という余計な手間をかけさせるのも良くないだろう。
自分で食べずに済んだ安堵の気持ちを抑えながら、は竹箒を手に取った。



「――――ん?」



竹箒や塵取り、バケツなどの掃除用具が積まれている部屋の隅で、何かが動いた。
これだけ年季の入った建物なのだから、何かが住み着いていても不思議ではないのだが……

はバケツをどかし、何か見えたような気がしたところを観察した。
なにか、こう、茶色というか灰色で、打ち捨てられた雑巾のような――



「          あ  !」



黒い、つぶらな、濡れたような瞳が、の視線とバッチリ噛みあう。
『それ』はところどころ禿げていて、なんだかゲッソリしたように見えた。


『それ』は、打ち捨てられた雑巾のようにボロボロになった、ネズミだった。


は思わず大きな声をあげそうになり、自分の口を手で塞いだ。
その隙にネズミはさっと身を翻し、更に奥のほうへ引っ込んでしまう。

見間違いだろうか。心臓がどくどくと波打つ。
あれは、スキャバーズだった。



、どうかしたの?そろそろ時間だから、床を掃いたら戻るわよ」

「ま、待って!いまね、あの、えっと、ロンのネズミが、」



はバケツの影で薄暗い一角を指差し、に言う。
はしゃがんでが示すところを覗き込んだが、「何もいないわよ」と言った。

見間違いだったのだろうか?本当に?



「ほれ、もう帰れ。
 俺なら大丈夫だ、お前さんらが用意してくれた資料もあるからな。
 も、ありがとうな。気ぃつけて帰れよ」

「でもっ、」



の腕を引き、「ほら帰るわよ」と言っては戸口へ向かう。
まるで駄々をこねる子供のようなの背中を、ハグリッドがそっと押した。


ばたんと、扉が閉まる。

委員会のメンバーがやって来るのが、遠目に見えた。



















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