「僕、まだ信用するなんて言ってません。
ただ…のことは、まだ何も聞いてないから……それだけです」
ハリーがそう言うと、みんなの視線がわたしの方に集まった。
正直、こういう風に見られることはあんまり好きじゃないけど、
でも、これ以上みんなのことを騙していなくて済むんだと思うと、少し、気分が楽だった。
「じゃあわたし、話すから。本当のこと話すから…みんなも聞いてくれる?」
ハーマイオニーがしっかり頷いて、ロンはなんだか曖昧に首を動かした。
わたしはもう一回シリウスの横に並んで、この人が危険じゃないことを証明する。
「わたしの名前は・。正真正銘、・の娘です。
どうして名前を隠してたかっていえば、それはこのオジサンとママは学生時代の知り合いで、
ママはシリウスがわたしを利用するんじゃないかって心配したみたいだから」
そうだ、わたしの演技は、そこから始まったんだよね。
シーン74:叫びの屋敷・告解篇
は今まで隠してきたことを全て話した。
どうやってシリウスと知り合ったのか、どうして彼を信用する事に決めたのか。
彼の食事となるものをバスケットに入れて小まめに届けていたということ。
ハロウィーンの襲撃事件はシリウスの短気が原因で、本当は色々と気を配ってたこと。
クリスマス前にはシリウスと喧嘩(のようなこと)をしたこと。
ロンとが襲われかけた、あの事件は本当はどういう事だったのか。
「――でもそれ以外のことでシリウスに協力したことはなかったし、
スキャバーズのことだって、シリウスに渡して殺されちゃえばいいなんて思ってなかった。
ただわたしは、ママが何も知らないっていうことが嫌だったの。
ママは何も知らないまま悪い方に勘違いしてるから、本当のことを教えてあげたかった」
「……そうか、それできみは……」
ルーピンは納得したように呟いた。
ハリーたちはどう判断したらいいのか分からないような顔で互いに見合っている。
シリウスはただ黙って、クルックシャンクスの背中を撫でていた。
「じゃあ……じゃあその人は本当にスキャバーズなんかに手を下すために脱獄したって言うのかい?
もしペティグリューがネズミに変身できることが本当だとしても、ネズミなんて何百万といるのに、
どうして自分の探してるネズミがスキャバーズだって分かるって言うんだい?」
「―――この写真だ。アズカバンの視察に来たファッジが寄越した」
ロンが言うと、シリウスはローブからくしゃくしゃになった新聞を取り出した。
日付はほぼ1年前。がまだ自分は魔女だと知る前のことだった。
一面の大見出しにはウィーズリー一家の写真。
それに写っているロンの肩に、前足が1本欠けている事さえも分かる、スキャバーズの姿があった。
「わたしが奴を追い詰めたとき…奴は大声で叫んだ。わたしのことを、裏切り者だ、とな。
それから自分の指を落とし、隠し持った杖で自分の周囲を吹き飛ばし、下水道に逃げ込んだ。
自分の仲間がたくさん居る場所だ……わたしが呪いをかけるより素早い行動だった」
「ロン、ホグズミードで大臣が言ってたこと聞いたでしょ?
ピーターの残骸の中で一番大きかったのは、指だった、って」
がそう言うと、ハリーとハーマイオニーはハッとした顔になった。
それと同時に、色々なことを思い出す。
ピーターは12年前からウィーズリー家で飼われている……普通のネズミの寿命じゃない。
それに、エジプトから帰ってきて以来――シリウスが脱獄したニュースを聞いてから、ずっと元気がない……
でもハリーは、どこか釈然としない気分だった。
彼らが言うように、ネズミが自分を噛んで死んだように見せかけたのだとして、それはなぜだ?
ブラックが今度は自分を殺しに来ると思ったからじゃないのか?ハリーの両親を殺したときのように…
「でも――でもこいつは言ったんだ!先生が来る前!
自分が『秘密の守人』だったって――自分が僕の両親を殺したんだって!!」
シリウスがゆっくりと首を振る。
「わたしが――わたしが殺したも同然だ……いよいよという時に守人を変えるように…
ピーターにするよう、ジェームズとリリーに進言したのはわたしだ。わたしが悪いんだ。
あの日、奴と落ち合う予定だった。だが奴が争った形跡も無いのに行方をくらまし……わたしは悟った。
自分はとんでもない間違いを犯してしまった。気付いたときにはもう、遅かった……」
シリウスがほとんど涙声で言うと、ルーピンは「話は十分だ」とぴしゃりと言った。
そしてロンの方に歩み寄り、「ネズミをよこしなさい」と言う。
「さあロン。本当にただのネズミだったら、この呪文で傷付くことはない。
その代わりそうでなかったら――無理にでも正体を顕させる」
ロンは躊躇ったが、ついに必死で暴れるスキャバーズを差し出した。
はシリウスに自分の杖を渡した。彼は受け取ると、一度だけしっかり頷いた。
シリウスとルーピンが共に並ぶ。その杖先はみすぼらしいネズミに向けられている。
1−2−3の合図で、2人は杖を振った。
眩しい光がネズミに直撃すると、小さな黒いからだが抵抗するかのように悶えた。
そのままぼとりと床に落ちる。失敗だったのだろうか?は不安になった。
その時、スキャバーズの身体がもう一度光り、今度は目に見えて変化が訪れた。
頭が伸び、手足が生え、まるで早送りでビデオを回しているかのような光景のあと、
ネズミが居たはずの床に、男がひとりうずくまっていた。
「――やあピーター、久しぶりだね。
いま、ジェームズとリリーが亡くなったときの話をしていたんだが……
きみはそこでキーキー鳴いていたから、もしかしたら聞き逃してしまったかもしれないね」
「リ、リーマス……シリウス……」
ルーピンがゾッとするほど朗らかに言うと、男からドッと汗が噴き出した。
その背丈はハリーやハーマイオニーとほとんど変わらず、全体的にネズミ臭さが漂う風貌をしている。
男は何度も周りの全員と唯一の出口であるドアとを見比べた。
「リーマス!助けておくれ……あいつはジェームズとリリーを殺し、今度は私を狙っているんだ!
君は信じないだろうね――あいつは、あいつは12年前、私を殺そうとしたんだ!」
「そう聞いていたし、つい先程まではそう信じていたけれどね、ピーター、」
「わ、私は12年、このときを待っていたんだ――こいつが私を再び狙うときを!
分かっていた、こいつが私を追ってくるとわかっていたから、だから――」
「それは不思議だね。アズカバンはシリウス以前に一度も破られたことがないはずだが?」
ペティグリューが怯むと、シリウスはバカにするような笑い声を上げた。
「お前が逃げていたのはわたしからじゃない。そうだろう?ヴォルデモートの昔の仲間からだ。
――情け無いな、今さらご主人様の名前を聞いただけで怖気づくとは……
アズカバンで色々聞いたぞ、ピーター。ヴォルデモートはお前の情報でポッター家に赴き、そこで破滅した。
お前は大層恨まれているそうじゃないか。裏切り者がまた裏切りを重ねたのだ、とな」
「な、なんのことやら、シリウス……何のことやら…」
「ヴォルデモートの仲間は一網打尽で逮捕されたわけではなかった。
がいくらか潰したようだが、それでもまだ逃げ延びた奴らが居る。
お前が生きていると聞いたらそいつらはどうするだろうか?恐らく落とし前をつけさせに来るだろう……」
ペティグリューが脂汗を袖で拭う。
今度はルーピンを見上げて、懇願するように言った。
「リーマス、君は信じないだろう!こんな――こんなバカげた話は――」
「正直に言ってね、ピーター。なぜ無実の者が12年もネズミに身をやつしていたのか理解に苦しむよ。
なぜわたしを頼ってこなかった?わたしは人狼だ、世間との繋がりなど殆ど無い。それなのに、なぜ?」
「こ、怖かった、怖かったんだよ!ヴォ――ヴォルデモートの支持者がわたしを追っているとしたら、
それは……それはわたしが大物スパイを、ブラック家の人間をアズカバンに送ったからだ!」
シリウスはその言葉に我慢がならないように唸った。
「お前が実力者にへつらう人種だということを忘れていたわたしが迂闊だった。
ヴォルデモートはお前のような能無しが守人などという重要な役を任されるなどとは思うまい、
追ってくるならわたしだ、そう思ったからわたしはお前を守人に推薦したんだ!」
「……ち、ちがう……狂ってる。気が狂っているとしか……」
「これこそ完璧な計画だと思った。完全なる目くらましになると思った。
ポッター一家を売ったときはさぞかし良い気分だっただろう?
惨めなお前の生涯のなかで唯一輝く、最高の瞬間だったんだろう?」
ペティグリューは青ざめた顔でドアや窓をちらちらと見る。
まさか退路を探しているのだろうか?ハリーはドアを塞ぐようにそれとなく一歩動いた。
ハーマイオニーが恐る恐る口を開く。
「あの、ルーピン先生……気になることがあるんですけど……
この人――今まで3年間、寮ではハリーと同じ寝室に居たことになりますよね?
『例のあの人』のスパイだったのなら、どうしてハリーを傷つけなかったんでしょうか?」
「そうだ!ありがとうお嬢さん!リーマス、聞いただろう?
私はハリーの髪の毛1本さえ傷つけなかった!そんな事をする理由が――」
「――その理由を教えてやろう」
ペティグリューは喜び勇んで言ったが、シリウスはその言葉を遮った。
「お前は自分の得にならない状況でなければ、誰のためにも何もしない。
ヴォルデモートは半死半生で12年も歴史の舞台裏に引っ込んだままだ。
アルバス・ダンブルドアの目と鼻の先で、力を失った残骸のような主人のために行動するわけがない」
「…そんな、ちがう、私は…」
「行動を起こすなら、ヴォルデモートが復権したことを確かめてからにするつもりだったんだろう?
そのために魔法使いの一家に潜り込んだんだ。いつでも情報が手に入る状況下にあるために。
またあの保護者の下に戻っても安全だという事態になったときに備えてな!」
ペティグリューの分が悪いのは一目瞭然だった。
それでもハーマイオニーは、ペティグリューのためではなく、
自身がきちんと納得するために、もう一度疑問を口にした。
「あの――ミスターブラック――ええと、シリウスとお呼びすればいいかしら?
聞いてもいいでしょうか、その…あなたがどうやってアズカバンを脱獄したのかを?」
ハーマイオニーの言葉に、ペティグリューが再び喜色付く。
しかしルーピンに睨まれたので、先程のように「ありがとう!」と喚くことはなかった。
「わたしが正気を失わなかった理由は、自分が無実だと知っていたからだ。
これは幸福な思いではないので、吸魂鬼にも奪い取ることは出来なかった。
いよいよ耐え難くなったときは犬に変身した。奴らは目が見えない…感情の起伏で人を判断するから、
犬になり単調になったわたしの感情を察知しても、弱ったのだろうくらいにしか思わなかった」
シリウスは眉根を寄せながらその問いに答えた。
自分でもまだ分かっていなくて、答えを探しながら喋っているようだった。
「しかし杖が無くては吸魂鬼どもを遠ざけられそうにもなかった。もはや諦めていた…
そんな時にあの写真を見て、心がしっかり覚めた。ピーターはハリーと一緒にホグワーツに居る。
もし闇の陣営が再び隆盛したら、いつでもポッター家の最後のひとりを差し出せる。
ハリーを差し出せば、奴がヴォルデモートを裏切ったなどとは誰も言うまい?」
「…………ちがう……そんな…」
「とにかく、ピーターが生きていると知っているのはわたしだけだった。
だからわたしが何とかしなければならないと思い、吸魂鬼が食事を持ってきた隙を突いて、
犬の姿で鉄格子をすり抜けた。海を泳いで渡り、ホグワーツを目指して旅をした。
門をすり抜けるのもアズカバンと同じ手法で上手く行った。それからはずっと森に棲んでいた」
そこで一旦言葉を切り、シリウスはをチラッと見た。
「と出会ったのはまったくの偶然だった。彼女に協力してもらいながら、
わたしは何度か行動したが…それ以外では一度だけクィディッチを見に行ったな。
ハリー、きみは……きみはお父さんに負けないくらい、すばらしい選手だ」
シリウスは今度はハリーを見る。
ハリーも、しっかりとシリウスを見返した。
「信じてくれ、ハリー。わたしはジェームズやリリーを裏切ったことはない。
裏切ろうと思ったことさえない。裏切るくらいなら、わたしが死んだほうがマシだ」
ハリーはシリウスの瞳にあるものに嘘がないことを確信した。
この人はほんとうに、自分が死んだほうがマシだったと思っている……
何かが胸や喉につまっていた。声が出なかった。
だからハリーは、何も言わずに頷いた。小さく、けれど、しっかりと。
はハリーが頷くのを見て、感情を抑えることが出来なくなった。
許されたわけではないとしても、ずっと隠してきたことが、受け入れてもらえた。
半分涙目のままハリーに飛びつき、「ごめんなさい」と「ありがとう」を交互に何度も何度も繰り返した。
ハリーは少し困ったようにの背中を撫でていたが、その感動的な光景の真横では、
ペティグリューが死刑宣告をなされたかのように膝をついて、床に這いつくばっていた。
「シ、シリウス――私だよ、ピーターだ、君の友人の……まさか君は、」
「触ってくれるな、ピーター。わたしのローブは十分に汚れてしまった。
これ以上、お前の手で汚されたくはないのでな」
「―――リーマス!君は信じないだろう…
計画を変更したのなら、シリウスはきっと君にも話していたはずだろう!」
「わたしのことをスパイだと思っていたとしたら、ピーター、話さなかっただろうね。
たぶん、それで話してくれなかったんだろう?シリウス」
極めて何でもないようにルーピンが言う。
シリウスは「すまん」と言ってバツの悪そうな顔をした。
「気にしないでくれ、パッドフット。
その代わり、わたしが君をスパイだと勘違いしていたことを許してくれるかい?」
「勿論だとも。―――さて、一緒にこいつを殺るか?」
2人が袖を捲くり始めたのを見て、ペティグリューは望みは無いと悟ったのだろう。
今度はロンの足元に転がり込んだ。
「ロン――ああロナルド、私は良いペットだっただろう?
私を殺させないでくれ…お願いだ、優しいご主人様…わたしは君のネズミだった…いいペットだった…」
「人間のときよりネズミのときのほうがサマになるなんていうのは、
ピーター、あまり自慢にならないことだと思うがな」
シリウスの容赦のない言葉にペティグリューは押し黙る。
ロンは「お前なんかを自分のベッドに寝かせてたなんて!」と不快を露わにしている。
ペティグリューは次にハーマイオニーのローブに縋った。
この調子で行けば、誰かが許してやれと言うまで順番に懇願してくるだろう。
「お、お嬢さん…優しくて賢いお嬢さん…あなたならこんなことは…
こんなことはさせないでしょう、助けてくれ、お嬢さん……!」
しかしハーマイオニーはローブを引っ張り、ペティグリューの手からもぎ取った。
彼女が怯えた顔で壁際まで下がってしまうと、彼はハリーに向き直る。
「ハリー…ハリー…!君はお父さんにそっくりだ…生き写しだ…」
「ハリーに話しかけるなんて、どういう神経をしているんだ!
どのツラ下げてこの子の前でジェームズの話が出来る!ハリーに顔向けが出来る立場か?」
「ハリー!ジェームズなら、ジェームズなら分かってくれただろう!
ジェームズなら私を許してくれた…情けをかけてくれただろう、ハリー!」
なおも食い下がるペティグリューを、ルーピンとシリウスが引っぺがす。
そのまま床に放り投げられ、ペティグリューは惨めに泣いた。
ネズミのような潤んだ瞳が、を見た。
ペティグリューは怯えたように笑いながら、近付いてくる。
「ああ、によく似たお嬢さん…強くて、凛々しくて、綺麗だったにそっくりだ…
お嬢さん、あなたのお母さんなら、きっと、きっと私を――」
「なら―――」
その手がのローブに触れる前に、シリウスはペティグリューの頭を踏みつけていた。
ぐりぐりと踵をこめかみに圧しつけられ、ペティグリューは小さく悲鳴を上げる。
「なら――恐らくこのまま、お前の頭蓋を踏み砕いていることだろうよ」
確かにママならやりかねない。と、は思った。
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