「申し訳ありません、大臣。娘にはよく言って聞かせますので――」
「い、いや、なに。構わんよ、」
ママの声はびっくりするほど震えていて、
ああ、これ、あの11月のクィディッチの時と同じだな、って、思った。
大臣とスネイプはわたしたちを置いて、足早に去っていく。
シーン78:黒き血の姫 3
「全部……全部シリウスから、聞いたから」
はそう言ってを抱きしめる腕に力を込めた。
全部というのはきっと、が学期の初めのほうからシリウスに協力していたことなどだろう。
つまり、はやシリウスの話を信じてくれたのだ。
怒られたり叩かれたりするかと覚悟していたは、少し意外に思った。
「ごめんね、きっと色んなこと悩んだよね。
それでもわたしのことを思って頑張ってくれたのよね、……」
「ママ――」
「は頑張ったよ。偉いね、ほんとに…よく頑張った。
だからこんな結果になっちゃったのは、の所為とかじゃないからね」
はの腕の中で身を捩り、顔を見合わせた。
は目も鼻も頬も真っ赤で、目尻の化粧はちょっと溶けていた。
はちょっと笑って、その黒いカスを指先で拭ってあげた。
泣いてパンダ目になるのは女優のご法度だと前に聞いた覚えがある。
「泣かないで、ママ……大丈夫。
もしかしたらバックビークみたいに、直前で飛んで行っちゃうかもしれないよ」
「――そうね。あの人、昔からとんでもないことばっかりする人だから」
くしゃくしゃな顔で笑い、が言う。
「ねえ、。お父さん……欲しかった?」
「ん……どうだろ。パパは別に居ても居なくてもいいんだけど、」
はハリーたちが言っていた「15分」のことを考えた。
2人は間に合ったのだろうか?シリウスはちゃんと逃げられたのだろうか?
「でも……シリウスなら居てもいいかなって、思った」
「そっか」と言って、が笑う。
そうして、はようやくの身体を放した。
はの手を握り、医務室に向けて歩き出す。
はもう一度「大丈夫」だよと言った。
大丈夫、きっとハリーたちはうまくやってくれているはずだから。
医務室に着くほんの数メートル手前で、ダンブルドアとすれ違った。
銀色の髭を見事にたくわえた老人は、意味ありげにに微笑む。
不思議そうな顔で両者を見比べながら、は医務室のドアを開けた。
杖で触れるだけでいとも簡単に開くので、は少し悔しい気分だった。
医務室ではマダム・ポンフリーがハリーとハーマイオニーにチョコレートの山を手渡しているところだった。
ドアが開いたことに「今度は何ですか!」とヒステリックに怒っていたが、
脱走したが連れ戻されたのだとわかると少し安心したような顔になる。
とハリーとハーマイオニーは視線を合わせてニヤッと笑った。
そんな3人を、鍵を掛けなおしたがやっぱり不思議そうに見ている。
マダム・ポンフリーが何個目かのチョコレートをハリーとハーマイオニーに渡し、
が左頬の手当てをようやくしようと消毒液を手に取ったとき、
どこか上の階から、怒り狂う唸り声のようなものが木霊して聞こえてきた。
「――きっと姿くらましをしたんだ、セブルス。
迂闊だったな、誰か一緒に部屋に残しておくべきだった!しかし――」
「奴は姿くらましをしたのではない!!」
ファッジとスネイプだ。声はどんどん近付いてくる。
「この城の中では姿あらわしも姿くらましも不可能だ!!
これは――何か――ポッターが――絡んでいる!!!」
バンッ!!と扉を開けて入ってきたのはファッジ、スネイプ、ダンブルドアだった。
スネイプはかつかつと靴音を立ててハリーに歩み寄る。
ファッジは狼狽しているが、ダンブルドアだけはどこ吹く風だ。
「白状しろポッター!!いったい何をした!
わかっているぞ――お前たちが奴の逃亡に手を貸したんだろう!!」
「スネイプ、無茶なことを言うな。
いま見た通り、ドアには鍵がかかっていたじゃないか――」
にはスネイプが怒っている理由がピンと来た。
シリウスが逃げたのだ、ハリーたちが上手くやったんだ!
それに比べ、うまく状況を飲み込めていないのはだった。
ガーゼを床に落としたことにも気付かず、ぽかんと口を開けてスネイプを見ている。
「もう十分じゃろう、セブルス。わしが10分前にこの部屋を出てから、
ドアにはずっと鍵がかかっておった。ポピー、この子たちはベッドを離れたかね?」
「いいえ校長!離れませんわ!」
「ほれ見い、セブルス、聞いての通りじゃ。
ハリーとハーマイオニーが同時に2箇所に存在しておったというなら話は別じゃがのう」
スネイプは医務室を見回し、今度はに気付いたようだ。
がくがくと肩を揺さぶられ、は頭が落ちるんじゃないかと思った。
「ならば――、お前か!!」
「ス、スネイプ……待って、何の話?
わたし、状況がちっとも理解できていな――」
「とぼけるな!!ブラックが逃走したのだ!
さてはお前が――面会時に何か入れ知恵を――」
の手から消毒液の瓶が落ちて、がしゃん!と音を立てた。
「に――逃げたの?あの人、逃げたの?ほ、ほん、本当に?
どこから――どうやって……どうして!?」
「スネイプ!面会時にが何も持ってなかったのは君も見ていただろう!
いい加減にしたまえ、つじつまの合わないことばかり言いおって…」
スネイプは全員を睨み、舌打ちして、腹立たしそうに医務室を去った。
は呆然としたまま大臣に向き直り、
数十分前ののように大臣のマントを引っ張った。
「だ、大臣!ダンブルドア先生!本当なんですか?
シリウスが――シリウスが、逃げた、って!」
「ああそうなんだよ…我が省は大失態だ…
ブラックに逃げられ、ヒッポグリフに逃げられ…明日の新聞で私は物笑いの種になるだろう!
さて、ダンブルドア…私はもう行こう…省に知らせなければ……」
大臣のマントを掴むの手を外し、ダンブルドアが静かに言った。
「それで吸魂鬼は学校から引き揚げさせてくれるのじゃろうな?」
「もちろんだとも…連中はさっさとアズカバンに送り返そう。
罪も無い子らに『キス』を執行しようとするとは夢にも思わなんだ……
すまんが、、そういうことだ。後はダンブルドアから聞いてくれ。では失礼」
しかしダンブルドアはハリーに意味深な目配せをして、大臣と一緒に医務室を出て行った。
マダム・ポンフリーはすぐに扉へ駆け寄り、再び鍵を掛ける。
「マダム、わたし、今日はこの子たちに付いていてもいいですか?」
「………ええ、いいでしょう、。これでキチンと目を冷やしておきなさい」
が再び震えた声でそう言うと、
マダムは優しく答えてに氷を渡し、事務室へ戻っていった。
事務室のドアが閉まるのと同時には立ち上がり、
ハリーととハーマイオニーの傍に寄った。
子どもたち3人は顔を見合わせて、ニヤッと笑う。
はぼろぼろ泣きながら3人の首をひとかかえに抱きしめた。
「あ――あんたたちねえ!詳しいことは分かんないけど、一歩間違えば大事だったのよ、分かってる?
分かってないでしょう、、ニヤニヤしないの!ほんっとに――大人はどれだけ心配したことか――」
「でもママ、だから言ったでしょ?大丈夫だって!」
「ほんとに――もう――この、おバカ!
ハリーも!ハーマイオニーも!聞こえてないだろうけどロンも!」
言葉とは裏腹に、は優しく3人を抱きしめる。
は目を閉じて、柔らかい髪の感触を楽しむことにした。
「ほんとに……ありがとう……あの人を助けてくれて、ありがとう…!」
まるで返事をするかのように、ロンがむにゃむにゃと呻いた。
4人は顔を見合わせて笑う。
ロンが目覚めたら、結局何がどうなっていたのか、話をしよう。
←シーン77
オープニング
シーン79→