ロンも目を覚まして、今夜の事件について、いま集められるだけの人数は揃った。
前半の、叫びの屋敷での出来事はもうみんな知っているみたいだから、
主に聞きたいことは「どうやってシリウスは逃げたのか?」っていうこと。
「先生ならご存知かもしれないですけど……」
そう言ってハーマイオニーが取り出したのは金色の鎖のペンダント。
チャームは砂時計。え、それ、何かすごい特別なものだったの!?
シーン79:ホーム 1
まず、ハリーたちの動きはこうだった。
狼人間になったルーピンと拮抗していたシリウスは、
ペティグリューが逃げたというハリーの声を受けて湖のほうへ行った。
ハリーたちは大人を呼んで来ようと思ったけれど、
シリウスの悲痛な声が聞こえたので、湖へ様子を見に行った。
するとそこには大量の吸魂鬼がいて、シリウスを襲っていた。
ハリーとハーマイオニーはシリウスを援護しようとしたが、
守護霊の効果も薄く、あわや『キス』されるところだったという。
そうならなかったのは吸魂鬼たちが急に退却して行ったからだ。
ハリーは対岸で誰かが守護霊を創り出すのを見たらしいが、気絶してしまった。
同時刻、たちは森でルーピンと対峙していた。
が左頬をすこし切るという軽傷を負いながら狼人間を気絶させ、
そのすぐあとに、スネイプと合流した。
スネイプが目覚めたのはハリーたちが気絶した直後だったのだ。
そしてペティグリューとルーピン以外の全員で城に戻ることになった。
は子どもたちを医務室に届けたあと、すぐにシリウスと面会した。
そこでが今までしてきたことを聞いたのだという。
面会が終わったころ、が医務室を脱走。
大臣にごねているところをに発見され、医務室へ送還される。
さて、が脱走したころ、ハリーとハーマイオニーが目覚めていた。
そしてダンブルドアと話をして、『過去』に戻った。
「この時計、『逆転時計』って言うんです。
1回転で1時間、時間を戻せます。わたしたち、それで3時間前に戻りました」
3時間前に戻ったハリーたちは、まずバックビークを解放。
ちなみにが白い仔猫の姿で現れたのを目撃したのはこちらのハリーであり、
が目撃したハリーらしき人影はこのときのものであるようだ。
バックビークを連れて、2人は状況を把握するために『暴れ柳』の元まで移動。
ルーピンやスネイプが入っていくのを見届け、待機し続ける。
やがて1時間ほど経ち、誤解を解いた一行が戻ってくる。
狼化したルーピンに襲われては厄介なので、このとき2人はハグリッドの小屋へ移動。
ハリーは守護霊を創り出した人物を見極めるため、湖へ行った。
シリウスや自分が倒れていくのを見守るなか、あれは自分だったのだと気付き、
完全な守護霊を創り出すことに成功した。
それからまたしばらく待機し、
シリウスが収容されたと思しき頃、バックビークに乗って西塔8階を目指した。
途中で医務室を脱走したを目撃し、
スネイプとファッジを足止めしておくように伝言。
シリウスを窓から救出し、塔のてっぺんまでバックビークで移動。
その後、バックビークをシリウスに譲り、逃亡させる。
この時点で、タイムリミットまで残りは10分。
しかしの足止めや彼らの全力疾走によって、
時間通りに医務室に戻ることが出来た。
2人が医務室に戻ってきた直後、とも医務室にやって来たというわけだった。
めでたし、めでたし。
*
ハリー、ロン、ハーマイオニー、はそれぞれ、
から「ちっともめでたくない!」と1回ずつ脳天に拳骨を頂戴した。
結果的にはうまくいったから良かったが、無茶をしたバツ、というわけだ。
ロンはかなり痛がってヒーヒー言ったが、
が本気を出せばもっと痛いということはが一番良く知っている。
だから、というわけではないのだろうが、
は翌朝にはもう退院していいとマダム・ポンフリーに告げられた。
そもそもは疲れていただけで、怪我もなにもしていなかったのだ。
とは一緒に大広間へ行った。
ちゃんと食事をするのが、ひどく久しぶりのような気がする。
「お、、おはようさん。
昨日は談話室で寝てたと思ったら急にいなくなりやがって、どういう仕組みだ?」
「えーひみつだよ、ひみつ!」
「それにさっき、教授と一緒に来てただろ?仲良しなのか?
いいよなあー俺たちなんか1年かけても『ウィーズリー』としか呼んでもらえないんだぜ!」
「日頃の行いが悪いんじゃないのー?」
こんにゃろう!と、フレッドがの髪をわしゃわしゃ掻き混ぜる。
はこんなやり取りを出来る日常であることが嬉しくて、心から笑った。
ごほん!と、ダンブルドアが立ち上がって咳払いをする。
と双子はじゃれるのをやめてそっちを見た。
「おはよう、諸君。さっそくじゃが、いくつかお知らせがある。
ひとつはシリウス・ブラックについてじゃ。
この者は昨夜、何名かの手によって捕獲されたのじゃが、結局逃げおおせてしもうた」
大広間がざわざわと騒がしくなる。
マクゴナガル先生はグラスをフォークで鳴らし、静かにするよう呼びかけた。
「無論、不安などもあろう。しかしブラックはもう校内には居らん。
したがって、吸魂鬼による警備の必要もなくなったことをお知らせしよう。
今日のホグズミード行きは門でのチェックも無しじゃ」
今度は歓迎的なざわめきが広がった。
みんな、門を通るときにこっちを見ている吸魂鬼たちが怖かったのだ。
その時、大広間の扉を開けて、くたびれた様子のルーピンが入ってきた。
生徒たちはいつもの事だと思ってそんな彼を気にも留めなかったのだが、
スリザリンのテーブルで食事をしていたスネイプがこれ見よがしの声で言った。
「やあルーピン、昨夜は森で一晩楽しんだのだから、さぞかし空腹であろう?
こちらに来て、我々と一緒に食事をしてはどうだね?」
「――いや、セブルス、遠慮するよ。ありがとう……」
生徒たちは顔を見合わせた。
スネイプがルーピンを食事の相席に誘うなんて――
しかし、『森で一晩楽しんだ』とはどういう意味だろう?
は嫌な予感がした。
昨晩のことがあってのこの態度だ、ぜったい裏がある……
「フム…スリザリン生たちよ、よく覚えておきなさい。
人狼である者は今のように、ヒトの好意を無下にすることがある。
しかしそれは彼らがヒトほど洗練された意識を持たぬからだ……
決して彼らに悪意があるわけではない。彼らを許す寛大さを持つよう心がけたまえ」
大広間は水を打ったようにシンと静まり返った。
ルーピンは教員席に座ろうとして、背もたれにかけた手を強張らせた。
しらじらしい笑みを浮かべ、スネイプは続ける。
「おっと失礼、ルーピン教授……我輩、決して悪意は無かったのだがね、
うむ――つい“うっかり”、口が滑ってしまったようだ。許してくれるかね?」
「それは――もちろん、セブルス…
いや、わたしは気分が悪いからやっぱり研究室に戻るとするよ」
大広間に、ざわめきがよみがえる。
しかしそれは『吸魂鬼たちがいなくなった』と聞いたときのような歓迎する雰囲気ではない。
暗い、疑念のまなざしが、いくつもルーピンに向けられる。
彼はうつむいて顔をかくし、大広間の出口へ向かった。
は思わず立ち上がり、「このインケンコウモリ!」と叫ぶところだった。
しかしが教員席からスネイプの方に歩み寄るのを見て、中腰の姿勢で止まる。
なんだ、今度はなんだ。の嫌な予感は収まらない。
はレイブンクローのテーブルから水差しを掴み、スネイプの真後ろで立ち止まった。
そしてびっくりするほど無表情なまま、水差しをスネイプの頭上でひっくり返す。
ザバッと音がして、スネイプは当然、水浸しになる。
「――あらすみません、スネイプ教授。
つい“うっかり”、手が滑ってしまいましたわ」
「ちょ――ママ!!何してるの!?」
は今度こそ立ち上がり、叫んでしまった。
に集中していた視線が、今度はにバッと集まる。
「ママ?」「親子?」と、あちこちでひそひそ話が始まった。
( うっわー!やっちゃった……! )
は少し驚いたようにを見て、それからダンブルドアに視線を移した。
ダンブルドアはどこか楽しそうに成り行きを見守っている。
「ごめんなさい、ただの言い間違いです」とが言おうとしたとき、
いつの間にか横まで来ていたがの肩をグッと抱いて、全校生徒に聞こえるように言った。
「ごめんなさいね!つい“うっかり”言うの忘れてたけど、わたしたち親子なの!」
今度こそ、大広間は爆発するようなざわめきに溢れた。
「親子?」「親子…」「親子!?」と、さまざまな反応が見られる。
「そ、そりゃ無いぜ教授!」
「俺たちが卒業したら結婚してくれるって言ってたのに、人妻だったんですか!」
フレッドとジョージが立ち上がり、テーブルの上にまるでロミオのように跪いて叫んだ。
大広間は笑いに包まれる。スネイプはいつの間にか魔法で水を乾かしていた。
「その程度の障害で挫けるような愛は要らなくってよ、ウィーズリー。
ちなみに娘が欲しければわたしを倒してからじゃないとあげません」
「も、もう止めて!!」
は恥ずかしさで死ぬかと思った。
ルーピンがこの喧騒に乗じてそっと大広間を去ったことに気付いていたのは、
恐らく、とダンブルドアとマクゴナガルだけだっただろう。
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