わたしは懐かしい母校の門をくぐる。











  BEHIND THE SCENES : III.











「おお、。久しぶりじゃのう」

「お久しぶりです、校長先生」



ダンブルドア先生はわたしに椅子をすすめる。



「女優をしておるそうじゃな」

「ええ、先生」



わたしは先生に対面するように腰掛ける。
わたしは学生時代にも何度かこうして先生と対面したことを思い出す。
(ああ、もっともその時は、ひとりではなかったけれど―)



「盲点じゃった…いやなに、わしらは『あの』後きみを必死で探したんじゃが…
 それはもう、魔法界の隅から隅まで…しかしきみはふっつりと消えてしもうた…煙か何かのように」

「ええ…消えられたら、もっとよかったんですけどね」

「まあそう言わんでくれ、
 きみがこうして来てくれたことで、わしらはみな安心したんじゃ」



紅茶でも飲むかね?と先生は言う。
お気遣いなく。とわたしは言う。



「―校長先生」

「なんじゃな?」



わたしは先生の目をまっすぐに見る。
(そう、昔のように―まっすぐに)



「スパイであるという可能性を踏まえた上でのご決断なのですか?」



先生はヒゲをさする。



「――ずいぶんと直球じゃのう…」

「すみません…」



誰が。
誰の。

わたしはその事に触れない。



「その件に関しては、わしよりも議論を要する者がおる―おお、来たようじゃ。入りなさい」



コンコンと校長室のドアがノックされる音がする。
先生の声に合わせてノックをした人物が入ってくる。

黒いマントを翻し、まるで大きな蝙蝠のように――
(そう。まるで昔のようにローブの裾を翻して――)



「―校長。例の人狼の件ですが。我輩としては……」



わたしの耳には、20年ほど昔の音が重なって聞こえる。
わたしの目には、20年ほど昔の光景が重なって見える。
(校長先生、僕はあの男に――)



「……?」

「久しぶり…スネイプ。変わらないわね」



スネイプは困惑を眉根に表す。(そう。それは困惑であって不快ではない)
わたしは諦観を口元に表す。(つまり、一般的に微笑むという動作)
先生はそれらを見守る。



「わたし、あなたたちの助手に任命されたのだけど、ご存知?」

「いや知らん。そもそも人狼の件ですら決定後に知ったのだ―校長、ご説明を願いますが」



先生はそれらを見守る。
それが先生の役割なのだから。



「わしはリーマス・ルーピンとを一個人として信用し、依頼したのじゃ。
 2人がシリウス・ブラックのスパイであるとは―手引きをする予定があるとは聞いておらん」

「納得し兼ねますな」

「同感です、先生」



スネイプは再び困惑を眉根に表す。



「…おまえは仕事を志願しに来たのではないのか?
 なぜ自分の不審を煽るような発言をする?」

「自分を客観的に見ても、十分に不審だと思うからよ。
 わたしは…きちんと信用された上で雇われたいの。あなたにも、先生にも」



スネイプは答えない。



「昔の馴染み、という理由で信用してしまった『彼ら』がどうなったか…あなたも知ってるでしょう?」

「……奴のことなど持ち出すな」

「そうね。失礼したわ」



わたしはかぶりをふる。
スネイプは視線をわたしから外す。



「それで校長、彼らを信用する根拠をお見せ願います」

「難しい注文じゃのう…」



先生は、ヒゲをさする。
わたしと彼は、先生を見る。
それがわたしたちの演劇にすぎないことを、わたしたちは知っている。
わたしたちはその演劇の結末を知っている。



「信用―信頼。それらは目に見えぬものじゃ。わしがおり、きみたちがおる。
 2つの結果を結びつける理由としての信頼しか、わしは持ち得んのじゃ。
 最初に提示される信頼は信頼ではなく…そうじゃな、疑似餌に近いと、わしは思う」



なぜなら先生はこの校内において絶対的な神なのだから。
そしてわたしたちは神に抗う術を持たない。



「セブルス、わしはきみを信頼した。何を根拠に信頼したかわかるじゃろう?
 わしときみの心があったからじゃ。その他に何にも優ることのないものがあったからじゃ…
 そして同様に、それをにもリーマスにも感じておる。
 なればそこに信頼に足るものがないと、どうして言えるじゃろう?」



スネイプは深く溜息をつく。



「…疑わしければルーピンはもちろんにも容赦はしませんぞ」

「ありがとう、セブルス」



スネイプは踵を返す。



「…先生、では今日はわたしもこれで失礼します」

「おお、ご苦労じゃったの、



そしてわたしは彼を追う。















「スネイプ、どこかで頭でも打ったの?」

「…どういう意味だ?」



わたしは校長室を出てすぐに彼に追いついた。
ガーゴイル像にそのマントをぶつけながら闊歩する彼に、わたしは声をかける。



「教師になるなんて…どういう心境の変化?
 教員名簿を見せてもらったとき心臓が止まるかと思ったわ」

「そのまま永久に停止していればよかったものを…」



窓の外には眩しいほどに澄んだ青空が広がっている。
視界のぎりぎり端にはクィディッチのフィールドも見える。
ここがホグワーツであることを、わたしは改めて認識する。



「…おまえは」



スネイプは相変わらず一定の速度で足をすすめる。昔の様子そのままに。
わたしは彼の横に並ぶことはしない。一歩だけ斜めうしろをついていく。



「死んだものと思っていた」

「…そのつもりだったけど、死ねなかったから、死ななかったのよ」



あとひと月もすれば、わたしはここに戻ってこなければいけない。



「ねえ、わたしが死んだと思ったとき、悲しかった?」

「たわけが」

「そう、昔っからそうなのよ。何回あなたにその台詞を言われたか…」



ああ、何度その言葉を耳にしただろう。口にしただろう。
図書館で。大広間で。教室で。寮の前で。



「……教師って、どんな感じ?」



幸福な思い出も、悪夢のような思い出も、ここにはすべてが詰まっている。
スネイプはどんな気持ちで教壇に立つのだろう。
わたしはどんな気持ちでその横に佇めばいいのだろう。



「……教師など、最悪だ」



スネイプは正面を睨みつけて歩く。わたしは地面を見つめながら歩く。
それは教室でも再現されるのだろうか。
それは終わりを迎えることがあるのだろうか。



「餓鬼どもは頭足らずで生意気だ。そのくせに教師に歯向かおうとする…
 赤毛の双子は幼稚で醜悪な悪戯三昧だ…いつかの誰かのようにな。
 まあもっとも、ご立派な英雄気取りほど腹の立つ奴は居ないがな」



わたしは足を止める。
反響していた2つの足音のうち1つが消え、スネイプは訝しげに立ち止まる。



「ポッター・ジュニアだ――何を呆けることがある?」



ハリー・ポッター。

その名前を、わたしは10年以上も封印していた。
ここはホグワーツ。幸福な思い出と悪夢のような思い出が混在しているのだ。



「――ハリー……」

「そうだ。忌々しい。姿形は父親にそっくりだ…ああ、いや、性格もな」

「そう……なの?」



スネイプは眉を吊り上げる。



「知らんのか?ここ2年ほどの騒動を」

「…知らない…わたし、本当にマグルの生活をしてたから…」

「ふん」



スネイプはマントを翻す。
さっきより幾らか速度を速めて足を動かしているように見える。
わたしも慌てて足を踏み出し、彼を追いかける。
そのマント暑くないの?だなんて無駄口は叩かない。



「待って。ねえ、何なの?何があったの?教えてよ」



スネイプは答えない。
ただ足早に階段へ向かう。



「スネイプってば!」



そうしているうちにわたしたちは地下牢へ辿りつく。
















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