あり得ないことかも、しれないが。











  BEHIND THE SCENES : L.











あり得ない。

こんなことはあり得ないのだと、脳が何度も信号を発する。
それでも、眼球が捉える情報はちっとも変わらない。


“ピーター・ペティグリュー”


その名前を負った点が、ハグリッドの小屋の中にある。
あり得ないはずなのに、それは当然のような顔をしたまま存在し続ける。

リーマス・ルーピンが知る限り、『地図』が間違った情報を示したことはない。
のことは一種の例外だが、その例外ですら二例目はあり得ないことだろう。

では、生きているのか?
あのときの爆発で死んだと言われていたあの男は、生きているのだろうか?


やがて、ハリーたちの名前がハグリッドの小屋から出てくる。
ピーター・ペティグリューの名前も、それにくっついて小屋から出る。

ピーターがハリーたちと行動を共にしているのだろうか?
もはや思考すらままならない。何をどう見做せばいいのだろう?

しかしピーターは好んでハリーたちに同行しているのではないのかもしれない。
城への道のりの途中でピーターは離脱し、暴れ柳のほうへ駆けて行く。

するとロナルド・ウィーズリーの名前を負った点がそれを追いかける。
なぜロンが?何か交友関係でもあったのだろうか?



呆然と『地図』を眺めるリーマスの視界に、新たな衝撃が飛び込んだ。
それは物凄いスピードで移動し、ハリーたちのほうへ近寄っている。


“シリウス・ブラック”


この速さは人間の足では出せないだろう。では彼は、例の犬の姿になっているのだろうか?
いや待て、それならさきほどのピーターの移動速度だっておかしかった。
ヒトにはありえないほどの、まるで“ネズミ”のような速さだったではないか。

ネズミ――ロナルド・ウィーズリー……
その2つを繋げるのは、スキャバーズと呼ばれていた少年のペット。


まさか。
あり得ない。


もし少年のペットがピーター…つまり、ワームテールだったとして、
ピーターはなぜ12年もペットの立場に身をやつしていたのだろうか?
それも、病身の母親を残して。


シリウス・ブラックの存在を示す点が、ロンとピーターに覆いかぶさる。
そしてそのまま柳の根元のほうへ、ずるずると引き摺るように移動する。

このまま行けば、行き着く先は『叫びの屋敷』だ。
シリウスはそこをアジトにしていたのだろうか?それとも単なる偶然なのか?

ほどなく、3者は柳の根元のトンネルへ消えた。
ハリーとハーマイオニーもそれを追うようにして『地図』上を移動している。


行かなければ、と、思った。

リーマス・ルーピンは頭が真っ白なまま立ち上がり、扉を開け放った。
これから日が暮れれば肌寒くなるだろうということにも頭が廻らなかった。
とにかく着の身着のままで、廊下を走った。



このとき、に伝言を残そうと思いついていれば。
あるいは『地図』を消していないと気付いていれば。

また違った結末になっていたであろうことを、彼は知らないでいた。















「まったく、これほどまでに妙なことは聞いたことがない!」



茶会の間中もずっと同じ事をいっていたあたり、ファッジは少しブランデーを飲みすぎたのかもしれない。

先頭は行きと同じ、ダンブルドアとファッジ。
それに続いてマクネア、委員会の何とかいう名前(忘れた)の枯れ枝の老人。
は大人しく最後尾を歩きながら、内心で溜息をついた。

こんな酔っ払いが魔法省のトップだとは、堕ちたものだ。
自分が現役だったころの張り詰めた緊張感はどこへ行ってしまったのだろう?
これが平和ボケというやつなのだろう。まあ、ボケられるほど平和なのはいいことだが。

しかし、ブランデーを飲む大臣を尻目に紅茶で我慢しなければならなかったこの腹立たしさはどうしてくれよう。
この次にも仕事が控えているのは大臣だって同じはずなのに、この差はなんだ。

きっと寝不足でストレスが溜まっているんだろう。
はなるべく何も考えないようにと自分に言い聞かせた。
さもなければ、マクネアのふくらはぎ辺りを蹴飛ばしてしまうかもしれない。腹いせに。


ふと会話が途切れた瞬間、は何気なく視線を横に遣った。
そこにあるのは『暴れ柳』。いつものように太い枝をぶんぶん振り回している。



「おお、あれが『暴れ柳』かね、ダンブルドア!樹齢はいくつだったかな?
 ブラックがあれに引っかかってくれたらこの上なく楽なんだがなあ!」

「そうじゃのう、もうかれこれ20年前に植樹した記憶はあるんじゃが、
 そのときからすでに立派な柳じゃったから樹齢までは分からぬわい」



大臣の言葉に、シリウスが柳に引っかかっている姿を想像してみた。
は噴き出したくなるのを懸命にこらえる。

枝にぶらさがり、振り回されながらきゃんきゃん鳴く犬。
ニュートンがその光景を見れば、万有引力ではなく円運動の法則くらい思いついたかもしれない。


しかし何かが引っかかる。
は足を止め、『暴れ柳』をジッと観察した。

何かが違う。
まるで、誰かが『通路』を使うために一度柳の動きを止めたあとかのような鈍さだ。



「―――大臣、ダンブルドア校長。
 あの、わたしはここで失礼させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「構わんが……どうかしたのかね?」

「いえ、特にこれといったことは無いのですが…何か、嫌な予感がします。
 早目に警備を始めようと思うのですが、許可していただけますか?」



ファッジとダンブルドアは顔を見合わせ、同時に頷いた。
はぺこりと頭を下げ、もと来た道を引き返していく。

誰かがあの『道』を使ったとしたら、それはリーマスかスネイプ以外には居ないはず。
彼らが何の理由もなくそんなことをするはずがないので、きっと何かあったのだろう。

それに、もしかしたらシリウスという可能性もある。

は足早に校門を目指した。
彼女が去ったそのすぐあとにリーマス・ルーピンが柳の元へ現れるとは、ついぞ知らないままに。



















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