あり得ないと、知っているからこそ。
BEHIND THE SCENES : LI.
「おいルーピン、貴様は自分の管理すら出来ないのか。
この薬は一週間飲み続けないと意味が無いと言っているだろう」
セブルス・スネイプはリーマス・ルーピンの研究室をノックした。
本当は右手に脱狼薬のゴブレットを持っているので、ノックなんてしたくなかった。
左腕が振れた振動で右手のゴブレットの水面が揺らぐかもしれない。
もし零れでもしたら作り直しだ。それだけは嫌だ。
しかしノックをしないという無作法な行為もしたくなかった。
先日にも「ベトベト頭」だの何だのと罵られたが、人として最低限のことは弁えているつもりだ。
というより先日のその一件を思い出すと腹が立ってきたのだが、どうしてくれようか。
先日、たかが羊皮紙にバカにされたことは彼の中で未だに記憶に新しい。
あれは絶対に、読むものをバカにするだけの羊皮紙ではないはずだ。
その根拠はあのメッセージを寄越してきた4人の名前にある。
ムーニー、プロングズ、パッドフット、ワームテール。
言い換えよう。ルーピン、ポッター、ブラック、ペティグリューだ。
この名前が揃ったところで、ろくなことになるわけがない。
ルーピンの研究室からは、物音ひとつしない。
留守なのだろうか。そうだ、昼寝でもしていたら呪いをかけてやろう。
陰気な発想に愉快な気分になり、陰気な微笑を浮かべる。
そうだ、この薬は煎じる手間や費用などからいっても貴重なのものなので、
それを廊下に放置しておくのは良心が咎めるのだ。
同僚のルーピン氏が苦しまぬよう、確実にこれを届けたいのだ。
お膳立ては整った。
セブルス・スネイプは良心の呵責など微塵も感じずに研究室の扉を開けた。
室内は無人である。
なんだ、やはり留守であったのか。
呪いをかけるチャンスを失い、予想外に気落ちしている自分に気付いた。
これは、あれだ、勉強熱心ということの顕れだ。自分は努力家なのだ。
彼は部屋に踏み込み、事務机を目指した。
二度訪ねてくるなどという手間のかかることはしたくないので、ここに置いて行こう。
廊下に放置しておくよりはるかに譲歩した結果だと思ってもらいたいものだ。
ゴブレットをその傷だらけの机の置こうとして、彼はふと手を止めた。
件の羊皮紙が、まさにその正体を露わに晒しながら置かれていたのだ。
にんまりと、口の端が歪む。
ゴブレットを邪魔にならないところに置き、彼は羊皮紙を調べることにした。
インクで書かれているようなそれは、どうも、校内の見取り図のようだ。
しかしただの見取り図ではない。
校内にいる人間すべての名前を背負った点が、所狭しと蠢いているではないか。
これは現実との整合性が取れているのだろうか?
男性のわりにはスッと伸びた指先でなぞりながら、一箇所一箇所を丹念に見る。
ルーピンの研究室に当たる場所に「セブルス・スネイプ」と書かれた点があるのを見て、納得した。
なるほど、やはりこれは現在のホグワーツでの情勢図なのか。
他にも見るべきところがないか、彼は羊皮紙のざらついた表面を再びなぞる。
すると、4階の廊下からは、点線で抜け道が続いていることが示されていた。
なるほど、だからポッターは4階に出没していたのか。
きっとここからホグズミードに出入りできるのだろう。
その点線の先をなぞっていくと、羊皮紙の端まで道が続いていた。
別の羊皮紙のホグズミードの地図に続くのか、それとも単に大きさが足りなかったのか。
彼は恐らく後者だろうと予想を立てた。あの4人のやることだ、無計画さには定評がある。
仕方が無いので、そのまま端をなぞり続けた。
他に抜け道があるならば、把握しておく必要がある。
そのうちのひとつに目当たりをつけ、今度は視線で下った。
さて校内のどこに続いているやらと思えば、何てことはない、『暴れ柳』だった。
セブルス・スネイプは再びにやりと陰気な微笑を浮かべる。
『暴れ柳』のもとに、リーマス・ルーピンと書かれた点があった。
今まさに、それは抜け道を通って行こうとしている。
彼はその抜け道だけなら学生時代から知っていた。
終着点も知っている。『叫びの屋敷』と呼ばれるホグズミードの廃屋だ。
それを知るようになった経緯は思い出すだけではらわたが煮えくり返りそうになる。
ああそうだ、あのときにはブラックが噛んでいた。
そしてポッターに無様にも命を拾われた。(が、その借りは2年前に息子に返してやった)
結局ルーピンもブラックの悪ふざけの駒にされていたにすぎないと知ったときは呆れたものだった。
あの時ばかりはも本気でブラックに愛想を尽かしかけていた。
そのまま別離してしまえと思ったのに、そこまでの結果にはならなかった。
しかもなんだ、はルーピンに「スネイプの代わりに」と謝罪をしたらしい。
誰もそんなことを頼んではいないのに、よくわからない女だ。
いやそうじゃない。思考がずれた。
さてルーピンは懐かしの道を通って何をするつもりなのだろうか。
まさか久々に狼に変身する気分を味わいたくなったわけではないだろう。
もしそうだったら2度と脱狼薬は煎じてやらない。
だとしたら、『屋敷』で待ち合わせている相手がいると考えるのが自然だろう。
そしてその相手がブラックであるというのも、ごく自然な発想だろう。
ようやくこのときが来た。
20年も掛かったが、ようやくブラックを仕留めることができる。
セブルス・スネイプは先程よりも邪悪な笑みを浮かべ、羊皮紙を畳んだ。
その際に・の名前を背負った点が校門の近くにあるのを見つけたが、
「これからブラックを捕らえるから来い」などと呼びたてようとは思わなかった。
あの女は情緒不安定だ。
娘が数秒ブラックと接触したと聞いただけで気も狂わんばかりに動揺していたではないか。
もしブラック本人を目の前にしたら今度はどうなるか予想もつかない。
それならば、すべてが終わったあとで話し聞かせる程度が良いのだろう。
彼は背筋を伸ばし、出来るだけ早足で玄関を目指した。
『柳』の根元にて、かつての仇敵が愛用していた『透明マント』を発見し、
この先の呪われた屋敷にあの生意気な子供がいることを確信するのは、僅かに先の未来である。
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