告白し、悔いること。即ち告解。
BEHIND THE SCENES : LII.
「わたしの名前は・。正真正銘、・の娘です。
どうして名前を隠してたかっていえば、それはこのオジサンとママは学生時代の知り合いで、
ママはシリウスがわたしを利用するんじゃないかって心配したみたいだから」
名前、隠してたのか。
クルックシャンクスの背中を撫でながら、シリウスは初めて知る事実に耳を澄ませる。
確かに、の名前を出すのはこの状況ではあまり良くないことかもしれない。
とシリウスの関係を知っている人物は、少なくはないはずだから。
「“アンドロニカス”っていうのは、ママが適当につけたの。
思いつきか、次の仕事に関係してたかのどっちかだと思うけど、
……ん、でも、たぶん、思いつきかな……」
まあ思いつきだろうな、と彼も思う。
タイタス・アンドロニカスとはシェイクスピアの書いた悲劇だ。
登場人物のひとりであるタイタスの娘は、辱められた上に舌と両腕を切り落とされる。
そんな酷な運命を背負った名前を、思いつき以外でつけるだろうか?
「さっき、わたし白い仔猫の姿をしてたでしょ?
あれは『うつせみの時計』っていう、ママから貰った道具で変身してるの。
詳しい使い方とかは省略してもいい?いいよね、うん、あんまり話と関係ないし」
はどうして『時計』を娘にやろうと思ったのだろう?
これも思いつきか、はたまた単なる偶然か。
「猫の姿だと動物と喋れるの。だからわたしはクルックシャンクスからシリウスのことを聞いて…
最初はスキャバーズを襲う理由が知りたいだけだった。ロンとハーマイオニーが喧嘩しちゃうから、
何か目的があるなら知りたいし、目的が無いなら止めて欲しかった。そう言おうとしただけ」
ああ、あの時は、あの猫がこんな少女だとは思いもしなかった。
知っていたら真実を告げなかっただろうか?巻き込みたくないから、と。
最初から距離を置くことができただろうか?たぶん、不可能だっただろう。
「だけどこの人がさ、あんまりにも真剣だから。なんだか放っておけなくて…
ハーマイオニーに魔法をかけてもらったあのバスケットで食べ物とかを運んだりしてたの。
まあ、わたしがしてた協力の8割はそんなもんなんだけどね」
あのバスケットはそういう意味があったのか、とリーマスは納得した。
最初にがマルフォイの息子と騒ぎを起こしかけたとき、
この子はこっそり猫か鳥でも飼っているんじゃないかと思ったが、実際には犬を養っていたわけだ。
「で、そんな感じでハロウィーンになって…あの時はシリウスも色々考えてたんだよ?
宴会のときなら寮は誰も居なくなるはずだから、その時を狙うんだ、って。
わたしは言われたとおり、確実にみんなが宴会に行くように声掛けたり見回りとかしてたの。
なのに戻ってきてみたら“太った婦人”を切り裂いててさー……」
「あれはつい……ネズミのことを言及されてカッとなってだな……」
「なんでそんなに短気なの!わたし、あのあとママに捕まったんだからね!
ママがさ、シリウスが失敗したときに逃げるはずのところを捜索するって聞いたから、
わたし、目くらましにまでなってあげたのになー。しかも『時計』没収されたりしたのになー」
「すまん……」
すると、シリウスはやっぱりこの場所に逃げ込んでいたのか。
あの一斉捜索のあとの疲れきったを思い出し、リーマスは苦い気分になった。
彼女は、あまりにもシリウスに翻弄されすぎていたのだ。しかも娘にまで。
「まあ色々あって…でもこの時、シリウスはわたしがママの娘だって知らなかったのよ。
というか、わたしが人間だってことも知らなかったはず。よね?
わたしはわたしで、ママがシリウスの……元恋人?っていうのも知らなかったし」
これにはシリウスとリーマスが内心でそれぞれ驚いていた。
シリウスはてっきり知ったうえで協力してくれていたのかと思っていたし、
リーマスはてっきりが正直に娘に打ち明けているものと思っていた。
「ホグズミードに忍び込んだときに初めて知って、すごいショックだった。
なんかもう色々信じられなくて、わたしは人間の姿のままでシリウスに会いに行った。
シリウスはだって…それまで、ママのことなんて、一言も言ってくれなかったから。
わたしばっかり一生懸命で、ママもシリウスも肝心なこと隠してるんだって、悔しくて、」
「………いや、あの時は本当に悪かった……」
「なのにシリウスがハリーのことばっかり気にかけるから、わたし、腹が立ってねー。
でもまあ……クリスマスが終わったあたりに仲直りしたけど」
リーマスは「クリスマス」という単語に、ファイアボルトのことを思い出した。
そうだ、『キス』のせいで流してしまったけれど、あの時と賭けをしたんだ。
もし、シリウスがこのまま無罪であることを証明されたら、賭けに負けた代償を支払わなくては。
場にそぐわないほど剣呑なことを考え、リーマスはクスリと笑った。
いや、きっとシリウスが全額払わされることになるだろうな。などと、思ったりもする。
「あと何だっけ……そう、シリウスが2回目にグリフィンドール寮に押し入ったとき。
あのときね、ごめんなさい、わたし、嘘ついた。窓を割ったのはわたし。
シリウスを匿ったのもわたし。でも狙いはロンでもハリーでもなくて、スキャバーズだったの」
あの時、ひどく動揺していたを見ているリーマスには、正直笑い話には出来ない。
だが、マクゴナガルをも騙し通すとは、中々大した度胸だろう。
いやマクゴナガルどころか、教師一同、まんまとこの少女に騙されたというわけだ。
「というか、わたしもそんな事するなんて聞いてなかったんだけどね。
このオジサン、いっつも無計画に突っ走るんだもの。後でフォローするほうが大変よ」
困ったように笑うに、シリウスもバツの悪そうな顔をする。
ああ、正直、あのときの事は反省している。猛烈に反省している。
良かれと思ってしていることが、や、他の色々なひとを傷付けていることに気付いたのだ。
「今日は、お昼にね、ハグリッドのところに行ったの。そこでスキャバーズを見つけた。
でもわたしひとりじゃどうにも出来なかったから、シリウスに連絡して……
置いてけぼりは嫌だったから、言いつけを破ってわたしも飛び出してきてしまったというわけ。
その……色々あって取り戻した『時計』を使ってね」
そこでようやく、リーマスはパズルが完成したような気がした。
だから『地図』に、アマルテアの名前があったのだ。
しかもハリーたちとは微妙に離れたところに。
「うん…それくらいかな。でもそれ以外のことでシリウスに協力したことはなかったし、
スキャバーズのことだって、シリウスに渡して殺されちゃえばいいなんて思ってなかった。
ただわたしは、ママが何も知らないっていうことが嫌だったの。
ママは何も知らないまま悪い方に勘違いしてるから、本当のことを教えてあげたかった」
そこでは言葉を切り、腰から身体を折って深々と頭を下げた。
「いろいろ黙ってて、ごめんなさい。
許してとは言えないけど、でも…シリウスの話、聞いてあげてください」
その姿に、リーマスもシリウスも、確かに少女の母親の面影を感じずにはいられなかった。
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