ああ、もう、











  BEHIND THE SCENES : VI. (ii) case of her











レニーに泣きつかれた仕事の最後のひとつを片付けて、わたしは事務所を出た。
はもうホグワーツに着いただろうか。
リーマスはをどう思ったのだろうか。


一旦漏れ鍋に寄って、トランクを引き取る。
そのままホグズミードに姿現しをする。


その先の仕事を考えると気が重くなった。
ディメンターに顔見せに行かなければ。
警備中は奴らの直接の上司となるのだ。
ああ、気が重い。











腐敗臭のする一団の中へ飛び込む。
わたしは杖をしっかり握って耐える。



「聞きなさい。わたしはあなたたちを監督するです。
 ブラックを見つけたらまずわたしを呼ぶこと。生徒に手を出さないこと。
 ただし敷地内に入る事は許しません。敷地内の用件はわたしが行います」



奴らがゴウゴウと音を立てる。
不満らしい。けれど知ったことではない。



「了解した者は持ち場に就け」



わたしは杖を振る。
銀色のパトローナスが現れる。
学生時代からずっと一緒だった大きな鷹だ。

慌てたように奴らが散っていく。
ああ、一応ダンブルドアに配備が済んだと報告しなければ。























「ですから貴女もこちらへ来て―」

「いいんです先生、ほんとに一言ご報告するだけですから―」

「しかし新任教師の顔見せを―」

「わたしはただの補佐ですからそんな大層な紹介は―」



フリットウィック先生と小声で争っていると、ダンブルドアがわたしを手招きした。
ああもう、伝言だけして戻るつもりだったのに。

校長じきじきに呼ばれては無視できず、わたしは大広間の扉を開けた。
広間中の視線が集中する。慣れているけど、おちつかない。
わたしは出来るだけ特定の場所を見ないように歩く。
職員テーブルに、懐かしい顔があったからだ。



「紹介しよう、先生じゃ。先生は―」



ダンブルドア先生がわたしの経歴を話し始めた。


闇払いとして活躍なさっておった。(どうせしがない研修生だったけど)
ご家庭の事情で女優をされておる。(そこまでバラさないで下さいよ)
実力は折り紙つきじゃ。(ああ、もう、嘘ばっかり!)


わたしは適当に頭を下げた。
がグリフィンドールのテーブルに居るのが見えた。

そっか、グリフィンドールだったんだ。

わたしの胸の奥で痛いほどの鼓動が、一度だけ、した。
なぜだろう。
がグリフィンドールだったからだろうか。



(うそつき)

(なぜって?)

(わかってるくせに)



「…



無意識のうちに玄関ホールの外へ向かっていたわたしに、彼は声をかけた。
彼の髪はずいぶんと白いものが混じっている。
胸が痛んだ。彼はずっと苦労してきたのだ。



「リーマス」



その目でわたしを見ないでほしかった。
わたしは逃げたんだ。あなたを置いて。
どんな顔して、謝ればいい?



「待って!」

「…リーマス」



彼はわたしの手を掴んでいる。
きぃっと音を立て、玄関の扉が少し開いた。

彼はまっすぐにわたしを見ている。
わたしは彼のツギハギのローブを見ている。



「待ってくれ」

「生徒が」



見てるよ

しかし言葉は遮られる。



「行かないでくれ…」



涙こそ流れていないけれど、彼の声が震えていた。
驚くほど震えていた。別人のようだった。

わたしは彼の手を引いて、外に出た。



扉を閉めると同時に、わたしは彼に引き寄せられた。
彼の腕は細かったけれど、力強かった。
そうだ。もう彼は少年ではないのだ。



「無事だったなら!」

「リーマス」



泣いてるの?



「連絡をくれってメモがあっただろう…!」



わたしの脳裏に浮かぶのは「大嵐」から3ヶ月ほど後のことだ。
ベルラン夫妻に拾われ、なんとか動けるようになってから。
わたしは当時住んでいた家に戻って、杖と鍵とアルバムを持ち出した。

玄関のドアの隙間には、彼の字でメモが挟んであった。
心配している、と。
戻ってきたら連絡してほしい、と。
震えた字でそこには記してあった。



「……見たわ…」



今でもはっきりと思い出せる。
だって、とても嬉しかったから。
そして、とても心苦しかったから。



「だったら…!」

「…ごめんなさい…」



わたしの背中にまわされた腕に力が入った。

リーマスの苦しさが伝わってくるようだった。
彼はずっとひとりだったのだ。この12年間。ずっと。
わたしがと生きてきた時間だけ。ずっと。

ごめんなさい、リーマス。
わたしはあなたを置いて逃げました。
わたしはあなたの顔を見ることが出来ませんでした。

わたしは逃げました。
あなたからも、彼からも、彼らからも。
なにもかも、置いて。


お腹の中に居た生命を、守りたくて。



「…ダメだった。もう頑張れなかったの。
 ごめんなさい。すごく迷惑かけたね……わたし…」



わたし、子供を産んだんだよ。


彼の腕がいっそうきつく締まった。
苦しかった。

だけどこの苦しさが彼を置いて逃げた代償だとするなら。
もっともっと、苦しくていい。
苦しくて苦しくて、窒息してしまえばいい。



「いいんだ」

「…リーマス?」



ねえ、泣いてるの?



「今…帰ってきてくれたから…それでいいんだ…」



良くなんか、ないよ。
ちっとも良くないよ。

わたしはずっとあなたのことを考えないでいたんだよ。
あなたはずっとわたしのことを考えていてくれたのに。



「おかえり、



わたしを受け入れてくれるの?
あなたはわたしを許してくれるの?

泣いてるの?
わたしのせいで泣いてるの?



リリー

いいのかな



「…ただいま…」



わたしはリーマスの背中に腕をまわした。
しっかりと抱きしめる。
彼がわたしを抱きしめてくれるのと同じだけ。



リリー

ねえ、いいのかな



「…ずっと待っててくれて…ありがとう…」



おかえり、とリーマスがもう一度言った。
その言葉はわたしの脊髄を通り抜けて爪先まで広がっていった。
ディメンターのせいで滅入っていた気分が晴れ渡ったようだった。

暖かかった。

彼の腕の中は。
とても。



ありがとう。
待っててくれて。



「ただいま」



やっと言えた



















 ← VI(i)   0.   VII →