許されるはずはない。











  BEHIND THE SCENES : VIII.











白い子猫を前にシリウス・ブラックは思案していた。
子猫が普通の猫でないことは一目見ただけで気付いた。

子猫は彼女の姿に酷似していた。
彼女の――『時計』を使った時の――姿に。

この子猫は何物だろうか、と彼は思考した。

『時計』は彼が贈った物だった。間違えるはずがない。
持続周期11時間57.4分、アマルテア、守護獣は白い子猫。

しかし『時計』は量産されていたわけで、同じ姿だからといって彼女の『時計』だということにはならない。
別のアマルテアを所持していた人物が成り代わっている。そうとも考えられる。
いや、そうでなくては困るのだ。彼女の『時計』を使う彼女以外の人物なんて、存在するはずがない。

それに、根本的な間違いということもある。
すなわち子猫は本当にただの子猫だという可能性だ。








さて、ここで裏切り者の物語を語ろう。







そして彼は語る傍らで思い起こす。
その歴史に確かに存在していた彼女のことを。











を初めて認識したのは2年生のときだった。
当時、変人で有名なデイビィ・ガージョンという同級生が居たのだが、
はあろうことかガージョンと付き合い始めたのだった。

妙な女だと思った。それが第一印象だ。

ガージョンはあの薄汚いセブルス・スネイプと仲が良かった。
まあしかし、見る限りではスネイプはガージョンを疎ましがっていたが。

は妙な女だったので、スネイプが悪戯に引っかかると笑っていた。
仮にもボーイフレンドの友達である相手を、である。
そしてスネイプが悪戯相手に復讐するのを喜んで手伝っていた。
つまり、実験台になる、という方法で。


4年生のころだった。スネイプは踵から宙吊りになる面白い呪文を編み出した。
あの陰険は知識だけは確かだったので、実践なしに理論を確立することは容易かった。
はしかし自ら望んで実験台となった。
リーマス・ルーピンがその現場を目撃し、の神経を疑いながらも微笑ましく見守ったらしい。
( さんのスカートが思いっきりめくれていたよ )というのが彼の感想の第一声だ。


妙な女だと思った。第一印象は変わらない。


しかし興味をそそられたというのも事実である。
5年生になって、に接近することにした。
あの訳の分からない思考回路を暴いて手懐けてやりたかった。

普通の女なら3日で落ちるところを、はまるで靡かなかった。
デートに誘っても( また今度 )で流され、
愛を囁いてみても( そういうのは別の子にね )と流され、
浮気を持ちかけてみると( ガージョンに相談してみるわ )と流された。

とてもとても屈辱だったがそれ以上に愉快だった。
そして悟った。を手に入れなければ後悔するだろうと。
彼女はそれまでの価値観を徹底的に破壊してくれるだろう。
そして新しい物の見方は必ずや人格的な向上をもたらすだろう。


がついに折れたのは5年生が終わるころだった。


悪戯仲間たちはみんな驚いていた。
ざまあ見ろと思ったが彼女を手に入れた喜びの方が大きかった。

ホグズミードでは絶対に彼女を連れて歩いたし、
休みの日はほとんど図書館で過ごす彼女をじっくり眺めていた。



猫になりたい、とは言った。


ハグリッドの小屋近くの陽だまりでごろごろしていたときだ。
猫になってぐうたらしたい、と彼女は言った。

大好きな大好きな彼女の望みを叶えるためにはどんな労力だって惜しまなかった。
実家に金が唸っていたことを初めて感謝したのもこの時だ。

『時計』を探し当てた。
持続周期11時間57.4分、アマルテア、守護獣は子猫。

白い子猫。

はとても喜んだ。肌身離さず持ち歩くと告げた。
時に彼女は猫になって授業をサボり、猫になって男子寮へ忍び込んできた。





あの頃にはまだ裏切り者は裏切ってはいなくて、
親友もまだ未来の嫁を手中に収めてはいなくて、
ただ毎日が幸せに過ぎていった。






卒業して、は闇払いになった。
不思議なことに彼女の決闘のセンスは抜群だったのだ。
彼女に勝てるのは泥頭のスネイプくらいだった。



親友に息子が生まれた。
名付け親になった。

そう遠くない内に彼女のファミリーネームをブラックにするつもりだった。
もしくはシリウス・でもいい。語呂はあまり良くないかもしれないが。
そして子供ができたら親友を名付け親にして、家族ぐるみで付き合っていこうと思っていた。




裏切り者は予定通りに裏切った。
窮鼠猫を噛むというのはこのことだったのだ。




のいない家をあとに、ピーターを追った。
追いかけて、追いかけて、追いかけながらも、頭の中は一杯だった。

親友の嫁は、の親友だった。
親友の息子は、の息子も同然だった。

全てを壊してしまった。

親友を全て失った。
ひとり裏切り、ひとり死に、ひとり掴めない。




マグルの町でピーターを捕まえた。
ピーターはとても挙動不審だった。


( シリウス、よくも! )


よくもまあそんな口が利けたものだ。
自分のせいでふたりが死んだというのに。
自分のせいでたくさんの人の心が傷ついたというのに。


は3日前から仕事でアイルランドに行っていた。
この事件のことも、まだ知らないかもしれない。

戻ってきて、事件を知ったら、どうするだろう。
泣くだろうか。怒るだろうか。
できれば怒ってほしい。不甲斐ない男を責めてほしい。




爆発が起きた




何がどうなったのか理解できた時には、頭はからっぽだった。
は、と息が漏れる。そのまま連続して流れ出る空気は高笑いへと変わる。

やられた。
まさかあの男にこんな芸当ができるとは。

魔法省の役人に取り押さえられた。
が来ているんじゃないかと思ったが、愛しい彼女の姿はなかった。
残念だ。どうせなら彼女に捕らえられたほうがどんなにかいいだろう。







得体の知れない頭の中で、今なにを考えているだろう。
爪の先まで綺麗なその体は、今どこにあるのだろう。

願わくばもう一度、アズカバンという悠久に閉じ込められる前に、その顔が見れないものだろうか。
鈴のようなその声で罵って、細枝のような腕で殴って、そのまま殺してくれないだろうか。













彼女によく似た姿の白い子猫は困ったようにシリウス・ブラックを見上げていた。
いま彼が子猫に語ったことは紛れも無い真実だ。
彼の愚かさも、彼の愚直さも、すべてが本当のことだ。

ただ、彼女のことは語らなかった。
これは自分と彼女の問題だから。



子猫は口外しないと約束した。
クルックシャンクスと一緒にあのドブネズミを捕まえるように頼んだが、それは断られた。

あたしには、飼い主たちを裏切るようなことはできません。

なんという偽善だと彼は思った。
自分がいま語ったのは何のためだと思っているのだ。
少しでも味方が必要なのだ。敵はこれ以上必要ない。

邪魔しないことくらいしか、できません。

それでもいい、と彼は言った。
どうせ子猫がたいした戦力になるわけではない。
それなら隅っこで丸まってくれていたほうがマシだ。




2匹を見送るために立ち上がった。
黒い毛に覆われた体を満足させる栄養が欲しかった。
それこそネズミでもいい。蛋白質が欲しい。

森の出口が見えたところで2匹と別れ、引き返した。
枯葉がゴソゴソとした地面を彼の足は進んでいった。
その足に、親友が名付けてくれたような肉感はもう無い。



白い子猫の姿は、かつて彼が愛した女性の姿に似ていた。
それは彼に脱獄以来初めての感覚を思い起こさせた。





12年経った。
今では誰かの夫人になっているのだろうか。
もしかすると今でも自分を待ってくれていたりしないだろうか。


もし自分を見つけたら、はどうするだろうか。
泣くだろうか。怒るだろうか。
怒ってくれればいい、と彼は思った。いつかのように。




、見ているか?

きみの愚かな男はここに居る。



















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ガージョンについての補足(反転)

3巻にて名前のみ出ています。
ハリーのニンバスが暴れ柳で壊れてしまったときのリーマスの言葉の中に。
暴れ柳にどれだけ近寄れるかゲームをしていて片目を失いかけた男の子の名前です。
勝手に変人設定にして、勝手に同級生設定にしました。捏造でごめんなさい。