怖いんだ。











  BEHIND THE SCENES : X.











吸魂鬼たちは、苛立ちを募らせている。

無理も無いか、とぼんやりした頭で思う。
"子供たち"という良質なエネルギーを目の前にしてお預けをされていては気が立つのも仕方が無い。
気をつけなければ、そのうち校内に侵入する輩も出るかもしれない。


寒かった。


奴らの傍に立ち続けていると、身体が芯まで凍る。
耳の奥では銅鑼がガンガン鳴らされているような音がする。


わたしはソファに倒れ、毛布を巻きつけた。
どんなに広くて柔らかいベッドよりも、軋むソファと毛布の方が落ち着くのだ。
新米闇払いとして省に寝泊りしていた頃からの習慣だ。
神経を張る必要があるときは、睡眠だって気を抜けない。


お腹がすいた。
でも、さむい。


そうして毎朝、食欲よりも暖を取ることが優先される。



トントン、とノックの音がする。



ハイハイいま開けますからと返すけれど、喉がやられて声にならない。
毛布を剥がすのが名残惜しくて、わたしはソファからスライドするように滑り落ちる。

ドタン!と音がして床に落ち、ようやく目が覚めた。
時計を見れば、まだ9時にもならない。



「おはよう、



出迎えたのは、爽やかでくたびれた(矛盾してるけど、事実なんだ)笑顔だった。
リーマス、と相手の名前を零すと、一気に脳が痺れた。

何かあったんだろうか。
ほんの2時間前ほどに終わった夜警では異変はなかったのに。

懸念していたように吸魂鬼が暴走したか、それとも―――



「……あの人?」



彼はくたびれた顔を更にくたびれさせて、首を振った。

ほっと息をつき、わたしは安堵する自分に気付いた。
なぜ、だろう。この状況で安堵できるわけがないのに。


そんなに深刻な用件じゃない、と彼は言った。
ならば、生徒か?スネイプか?
どっちでもいいけど、深刻じゃないなら寝かせてほしいところだ。



「ね、

「………?」



予想外の名前と共に出てきたのは、紛れも無い、わたしの愛しい娘だった。























ママも無理しないで、と言い残して、は部屋を後にした。

まさかマルフォイの息子を殴るとは思ってもみなかった。
これも血筋かもしれない。一家は好戦的な性格だから。

血筋、かも、しれない。



わたしは再びソファに倒れこみ、毛布にしがみつく。
一寸前まで娘が座っていたそれは人肌の温度に温まっている。

無造作に置かれたティーカップを眺めながら、目を閉じる。
眠ろう。ここは、寒い。



"ハリーのパパとママのこと知ってる?"



知ってるよ。友達だったよ。
知り合ったのはホグワーツの高学年になったころだったけど。

でも、それまでの友達よりもずっと、ずっと仲良しだった。



"ブラックがハリーを殺そうとしてると思ってる?"



わからない。

その気持ちは、嘘じゃない。
きっとそれはリーマスにしたって同じことだと思う。

だってわたしたちは、知っているから。
ハリーが生まれたときの彼の姿を、知っているから。



わからない。
検討もつかない。

貴方はいま、どこにいるの?
何をしようとしているの?



あの子を、殺すつもりなの?



問いかければ問いかけるほど、わからなくなる。
封印したはずの記憶が零れてくるのだ。

あの時、貴方はあんな風に言った。
あの時、貴方はあんな風に笑った。

その記憶の中では、貴方が2人を裏切る日なんて来ないはずだから。



わたしは怖いんだ、シリウス。



はどこから見ても、少女だったころのわたしに瓜二つ。
ずっと、ずっと、そう思っていた。



           もちろん!



なのにわたしは、あの子の中に貴方の面影を探している。























目を覚ましたときには、もう日が暮れていた。
夕食を摂るために大広間に向こうと体を起こし、思い出す。

そうだ、スネイプに借りたままの本があったっけ。

けれど確信が持てないのは、どの本を返すべきか、ということだ。
わたしは卒業直前にもスネイプから本を借りたままなのだ。

あの時借りたのは何だっただろう。
闇の魔術に関する本かもしれない。
魔法薬だったかもしれない。



大きく伸びをすると、背骨がポキポキと鳴った。



も、死ねばいい)



あの声は、今も耳から離れない。







ああ、そして今年も 10月31日(ハロウィン) がやってくる。



















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