ノック、そしてまた、ノック。











  BEHIND THE SCENES : XI.











ノックの音が響く。

出迎えた男は常と変わらない黒で統一された服装で女を出迎えた。
扉を開けると、険しい傾斜に眉を顰める。

女はそんな様子を意にも介さず本を差し出した。



「本、ありがとう」



男はそれを奪い取るように受け取った。
軽く首を傾げて見せた女は、肩をすくめる。



「まさか娘を使って催促してくるとは思いもしなかったわ」

「…お前の記憶力の悪さは心得ているからな」



用件は終わった、とばかりに男は扉を閉めようとした。
しかし女は爪先を閉じゆく扉の間に挟み込んで、それをこじ開ける。

男の眉の傾斜は一層険しさを増した。
するりと体を翻し、女は男が遮断しようとする室内へと入り込む。



「帰れ」

「そんなに邪険にしなくたっていいでしょう?」



女はそのまま室内を横切り、椅子に腰掛けた。
男は主人を迎える執事のように、扉の傍に立ち続けたままだ。



「これからゴドリックの谷に行くつもりなの。
 あなたも一緒にどう?スネイプ」



暦は、十月の三十一日。

男は僅かにたじろいだ。
そんな様子を、女は無表情で見つめる。



「……結構だ」

「本当に?」



女は挑発的な視線で男を睨めつける。
男は鬱陶しいと言わんばかりの溜息をつき、女を睨み返した。



「お前は、墓参りとは名ばかりの罪滅ぼしに行くだけであろう?」

「………………」



女は答えなかった。

男が"罪滅ぼし"と称した感情ならば、女の中に確かに存在している。
親友が『苦しい』『辛い』と訴えていた、その叫びに背を向けてしまった後悔。
『許すはずがない』と、親友の姿をした妖怪は語った。

だからこそ行かねばならないと女は思うのだった。



「……それはスネイプも罪悪感を感じているから言える言葉よね」

「黙れ」



男は唇を噛みしめて言った。呻くような声だった。
女は立ち上がり、男と向き合った。


声に出さない争いが、視線を交わすことで行われた。
どちらの非難も、互いの痛いところを的確に突いていた。

男も女も、悔やみ、泣いたことがあった。
自らの非力を、過ちを、呪ったことがあった。

そしてどちらも、大切な人たちに謝罪のできないまま大人になった。



「……いいわ、じゃぁわたしが勝手に、スネイプが謝罪してるって伝えておくから。
 それから、卒業前に借りた本だけど。昔の家に残っていると思うから、探してくるわ」



男は返事をしなかったが、微かに頷いた。

女は扉に向かって歩き出し、男の前で止まった。
そのまま二人で、数秒見つめあう。



「…トリック・オア・トリート?」

「…………………」



口の端を少し持ち上げて、女は浮かれたお祭り騒ぎの決まり文句を口にした。
男は呆れたような視線を女に遣りながら、右手で杖を振った。

すっと空を切って現れたのは、簡素な装飾の施された小箱だった。
内容はもしかしなくとも菓子類なのであろう。
男は悪戯よりも菓子を渡すことを選んだのだ。

女は片手をあげてそれを受け取ると、からりと振ってみせた。
飴玉の転がるような音がした。

女は満足そうに頷くと、不意打ちで男の頬に掠めるような口付けをした。



「トリック・アンド・トリートよ、スネイプ」



女が言葉を最後まで言い終わる前に、男は扉を閉めた。
ばん!という音が廊下に響いた。

















ノックの音が響く。

出迎えた男は常と変わらないくたびれた服装で女の前に現れた。
扉を開けると、顔中に穏やかな笑みを浮かべる。

女はぎこちない笑顔を返した。



「ホグズミードには行かないのかい?」

「えぇ、その代わり、行かなくちゃいけないところがあるの」



男は女を招き入れた。
女は慣れた様子で室内を横切り、椅子に腰を降ろした。

男は女をちらりと見て、紅茶の準備を始めた。
どこへ、とは聞かなかった。



「ジェームズとリリーのところ…かな?」

「正解よ」



男は紅茶を淹れおわり、二人分のそれを運んだ。
女は礼を言いながら受け取る。

男は女の向かい合わせに座り、自分で淹れた紅茶を啜った。
風味の良いその銘柄は、学生時代からずっと愛飲しているものだ。



「リーマスはどうする?」



男は目を瞑り、すこし考えた。
やがて静かに首を振り、同行できない旨を表す。



「私はこの仕事が決まったときに報告してきたからね…
 それに、ハリーと話が出来たらいいなと思っているんだ」



そう、と女が答えた。
親友の息子とは、まだ話していない。
まだ、話す勇気が出ないのだった。


二人は無言で紅茶を飲んだ。
二人とも、昔のことを考えていた。

十数年前までは、親友たちが揃っていた。
それが今ではたったの二人だ。

いや、ふたりでは、ない。



「……もしあの人が近くに潜伏しているとしても、」



女が口を開いた。
湯気を見つめながら紡ぐ言葉は、誰に向けて放たれたものでもないようだった。



「今日だけは、何もしないで欲しいものね」



男は何も言わなかった。
女の言葉が聞こえていないかのように、紅茶を胃に流し込み続けた。
喉を焼け付かせるような感覚が広がる。



「………は大丈夫かい?」

「なにが?」



男は二杯目の紅茶を注ぎながら、言う。
女の目を見ずに、跳ねる飛沫を見つめながら。



「ボガートの件、聞いたよ。セブルスから」



女は目を瞬いた。
誰にも言うなと念を押したはずなのに、あの黒い蝙蝠はお節介にも喋ったようだ。



「大丈夫じゃないから、行くのよ。きちんと謝りにね。
 わたしの事なら、怨んでくれてもいいし呪ってくれてもいい。
 それが本当にリリーたちの想いなのだとしたら」



紅茶を飲み干し、女は礼を言って立ち上がった。
見送る者の礼儀として男も立ち上がり、共に扉まで歩いてゆく。

女が扉の取っ手に手をかけたとき、男はその白い手に自分の手を重ねた。



「トリック・オア・トリート?」



本来ならば仮装した子供たちが言うべき言葉を、男は紡ぐ。
女は呆れたような楽しそうな表情で、男を見た。

女は右手を取り出し、杖を握るとそれを一度だけ軽く振った。
特に呪文を唱えることはしなかった。



「…これで足りるかしら、"悪戯仕掛け人"さん?」



金貨や蝙蝠やかぼちゃの形につくられた菓子類を魔法で取り出し、男に差し出す。
ひとつひとつ吟味する男の瞳には「食べるのが楽しみだ」と書かれている。

女は扉を開けた。
すぐ目の前には窓があり、寒々とした秋の空が目に入る。



不意にぐいと腕をつかまれ、女は均衡を失った。
なだれこむように室内に戻されたとき、ばたん、と扉が閉まった。

男の腕の中に倒れこむと、額に柔らかく口付けがされたのがわかった。



「おつりだよ」



気をつけて、と道中を案じる言葉を掛けて、男は女を解放した。
女は男の肩を軽く叩き、いってきますと言った。

再び扉を開け、女は部屋を後にした。
女が歩くたびに、こつこつと靴の踵が立てる音が、廊下に響く。


















ノック、そしてまた、ノック。



















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