光は銀。
BEHIND THE SCENES : XIX.
目が覚めたとき、窓の外は眠る前と何も変わらないように見えた。
相変わらず雲は厚く黒く、滴る雫を止めようともしない。
わたしは長椅子から起き上がり、簡単な身支度をする。
まだ眠っていたいと身体が訴えていた。
それも今日が過ぎれば幾らかはマシになるはず。
試合の興奮も冷め、落ち着きを取り戻すはず。
その頃にはリーマスも復活しているだろうから、
今わたしが頑張っているのと同じくらいに頑張ってもらおう。
わたしは部屋を出た。
目指すのはクィディッチ競技場。
*
「遅い」
「最近、あなたから非難の言葉以外を聞いていない気がするわ」
わたしは溜息をついた。
まだ試合が始まってそんなに経ったわけでもないのに、
スネイプは非情に機嫌を損ねた状態でわたしを待っていた。
本当はクィディッチ好きなんでしょ?と思ったけれど、言わないでおく。(たぶん睨まれるから)
すぐ後ろにある競技場では、白熱した試合が行われているらしい。
しかし実況の声に混じってマクゴナガルの声まで聞こえてくるのは何故だろう。
「で、どう?あいつら何かやった?」
「まだ行動には出ていない……が、時間の問題だろう」
スネイプは眉を顰めて言った。
予想通りの答に、わたしの眉まで同じ傾斜になる。
どうやら暴走した吸魂鬼たちを鎮めるという厄介な仕事は実現するようだ。
タイムアウトを告げるアナウンスが競技場の方から響いてくる。
「……タイムアウト、ね。じゃぁ交替しましょ。
どんな試合だったか、あとでちゃんと教えてよね」
「断る」
そんなものは自分の娘に聞け、と言ってスネイプは去った。
それが出来れば苦労しないんだ、と言い返したけれどきっと聞こえていないだろう。
タイムアウトで試合が中断された隙を狙ってか、女子生徒が何人か競技場から出てくる。
「どうしたの、ロミルダ?」
「あ、先生!ちょっとお手洗いに―――」
その内のひとりを引き止めて、訊ねたときだった。
ぞわりと、全身が粟立つ。
ばっと慌てて振り向くと、興奮を抑えられない様子の吸魂鬼が1体近付きつつあった。
ロミルダ(と同級生のグリフィンドール、だったはず)とその友達たちは、
わたしの視線でそれに気付くと、真っ青になって自分のローブを握りしめた。
「―――――大丈夫よ、わたしが何とかするから。
あなたたちは逃げなさい。競技場でも城でもいいから………早く!」
わたしは声を荒げて彼女たちを追いやる。
少女たちは一目散に城の方へ駆けて行った。
わたしは杖を握る。
最初の1体の背後から、もう2,3体近付きつつあるのが見えた。
ここで闘うわけにはいかない。
やつらが競技場に逃げ込んだらお終いだから。
守護霊よ、来たれ。
銀色の大きな鷹を創りあげながら、ふと思う。
アマルテアの子猫と、この大きな鷹と、どっちがわたしにとって本当の守護霊なのだろう?
しかし考えている暇はもうない。
わたしは鷹を滑るように前進させ、吸魂鬼たちを誘導する。
禁じられた森へ。
やつらとの決闘に、これ以上相応しい場所があるだろうか?
わたしは走る。
右足を動かし、左足を動かし、右腕で杖を真っ直ぐに保ちながら。
鬱蒼と繁る木々が、吸魂鬼たちの姿を巧みに隠蔽する。
けれどわたしの鷹はその合間を縫い、やつらを散り散りにしていく。
次から次へと、やつらは校内に侵入してくる。
契約を忘れてしまうほどに興奮しているのだ。
わたしはそれらを迎え撃つ。
鷹を右へ飛ばし、左へ飛ばし、時には自分の身体を以って。
「ああもう!キリがないったら!」
杖を振り、鷹を加速させて吸魂鬼たちの一群の中に突っ込ませた。
幾体かの吸魂鬼は身体の中心を守護霊に撃ち抜かれる。
しまったな、と内心思いつつも、わたしは達成感を感じた。
マイナスのエネルギーの化身である吸魂鬼たちの身体を、
プラスのエネルギーの塊である守護霊が通り抜ける。
するとその時、マイナスとプラスの相互作用で、エネルギーは相殺される。
闇払い時代に学んだ、吸魂鬼の殺し方のひとつ。
守護霊は吸魂鬼たちを追い払う為だけのものではないと、アラスターは言っていた。
わたしは杖を構え続ける。
それでもやつらは、導かれるように止め処なく侵入してくる。
それほどまでに餓えていたのかと、恐ろしくなった。
気を抜けば、わたしだって無事では済まない。
1体の吸魂鬼がわたしの右手方向から近寄り、その枯枝のような腕を伸ばしてきた。
わたしは身を捩り、その醜い拳を蹴り飛ばす。
わたしの爪先とやつの腕が触れた瞬間に、ずきんと頭に痛みが奔った。
あまり思い出したくない記憶が、少しずつ心の表層に現れるようだ。
廃墟と化した家の前、リリーたちの葬式の光景、それから――――
突然の閃光と、爆音と、宙に浮く感覚。
沼沢地方(の泥の柔らかさと、捩れた足首と、額を伝う赤い、赤い………
ああ、もしも今、誰かの声を聞くことができたら、どんなに心強いだろう。
、リーマス、スネイプ、ダンブルドア、誰でもいい。
そうして、今わたしが視ているのは単なる過去だと言ってくれたら。
わたしは涙目になりがら杖を振るう。
わたしはもう若くもないし、あの頃ほど強くもない。
唇を噛みしめて、ずきずきと疼く頭を無視するよう自分に言い聞かせる。
前へ進まなければ。
リリーに、ジェームズに、子供たちは護ると誓ったのだから。
わたしが怯んだのを覚ってか、吸魂鬼たちはぞろぞろとこちらへやって来た。
さっきまでは競技場の方へ行きたがっていたくせに、
弱った魂が近くにあるものだから、すぐに興味を移したらしい。
嫌な生き物だ。
そもそも、生きているんだろうか?
わたしは森の奥の方へ足を向けた。
逃げ込む、という表現が相応しいのだろう。
それでもいい。とにかく、子供たちから離れさせることが出来れば。
わたしは走った。
この森へと吸魂鬼たちを誘導したときのように、右足と左足と右腕を動かしながら。
それでも、平坦でない地面のせいで、速度は思うように上がらない。
の顔を、声を、わたしはつぶさに思い浮かべる。
すべて失ったはずなのに、たったひとりだけ残っていた、わたしの娘。
の顔が見たい。の声が聞きたい。
がさり、と、近くの茂みで音がした。
足を止めて振り返り、わたしは襤褸布を纏ったやつらの姿を探した。
それでも、そこには何も居ない。
きっと風の音だったんだろう、
きっと神経が過敏になっているんだろう、と、わたしは自分に言い訳をする。
けれど、こんな森の奥に、茂みだけを揺らすような風が吹くわけない、
神経が過敏になっているからこそ聞き取れたんだ、と、別のわたしが反論してくる。
がさり、と、再び音がして、『それ』は現れた。
「―――――あ…………」
死神犬。
黒い毛皮を纏い、『それ』は灰色の瞳でわたしを見ている。
ちがう。
ちがう。死神犬じゃない。
あれは、あれは――――――
ぐらり、と視界が揺れる。
『彼』は慌てて踵を返した。
待って、と声を出そうとして、声が出ないことに気付いた。
声が出ない。
瞼が重い。
身体が言うことを聞いてくれない。
その感覚には覚えがあった。
ほんの少し前に追体験したあの記憶の頃、死を意識した時に感じたのと同じだった。
がくりと膝をついて、首だけで背後を振り向くと、
嬉々とした様子でわたしの腕を掴んでいる吸魂鬼と視線が絡み合った、気が、した。
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パトローナスで殺せるとかいうのは公式設定ではなく、単なる私の妄想です。