同属嫌悪は、いちばんタチが悪い。
BEHIND THE SCENES : XLII.
「わたしは、ルシウス・マルフォイと同類?」
2年生の授業を終えて事務室に戻ってきたリーマス・ルーピンは、
扉を開けたと同時に投げかけられたその疑問に首を傾げることしか出来なかった。
「ねえわたしは、ルシウス・マルフォイと同類なの?」
「…どうしてまたそんなことを聞くんだい?」
ソファの上で、・は膝を抱えて座っていた。
丁寧なことに、靴はきちんと揃えて床に置かれていた。
膝に顎を乗せているせいでぼそぼそと呟かれる疑問は、彼の顔から表情を奪う。
「……シリウスは審理なしでアズカバンに収容されたでしょ?」
「そうだったね」
「それでいいのかって、そんなの許されるのかってが言ったから。
だから、当時は治安が悪くてそれが許されたんだって、答えたの」
うん、と彼は相槌を打つ。
「そしたら、それを“しょうがない事だから”って切り捨てるのは、
ルシウス・マルフォイがヒッポグリフを処分しようとしてるのを
“しょうがない事だから”って見捨てるのと一緒なんだ、って」
「……がそう言ったのかい?」
は顎を引いて頷いたが、膝が邪魔をして傍目に分かるほどには動かなかった。
12歳にも満たない少女が発した言葉は、重かった。
少なくともや、リーマスにとっては。
「……誰かさんが言いそうな台詞だね」
「でしょう?リーマスもそう思う?」
はぼんやりと笑いながら言った。
その『誰かさん』なら、きっとヒッポグリフを救おうとするだろう。
マルフォイ家の圧力があろうとも、そんなもの大したバリケードにもなりはしないと笑い飛ばしながら。
それは『誰かさん』の出自のことではなく、『誰かさん』の意志の強さがなせること。
そしてもし裁判にかけられることなく牢獄へ送られよう人物が居たなら、やはり立ち上がるかもしれない。
無実だったらどうするんだと、声を張り上げながら。
しかしそれは、誰もが持っている強さではない。
それはただの傲慢だと反対する意見だって多くあるだろう。
しょうがない、と、諦めていなければ割り切れないことがある。
足掻いたってどうにもならない現実があることなんて、この歳になれば痛いほどよく分かる。
諦めて、一線を引いて、離れていなければ、こちらが傷付くことだってあるのだから。
「……さて、わたしはルシウス・マルフォイと同類かしら?」
「同じ、では、ないと思うよ」
ありがと、とは小さく言った。
決して、そのふたつは混同されるものではないと思った。思わなければならなかった。
認めてしまえば、それは今までの自分の在り方を否定してしまうから。
「こどもは、一番痛いところを的確に突いてくる。
…おとなってズルいわよね。いつだって言い訳して、いつだって逃げてしまう。
あのまっすぐな瞳で『どうして?』って聞かれると…自分はずいぶん汚れたなあって、実感するの」
「……私も耳が痛いよ」
彼は苦笑して言った。
底に珈琲の滓の溜まったカップを拾い上げ、シンクへ運ぶ。
「わたしたち、開廷要求をするべきだったのかな」
追いかけるように聞こえてきた声が、彼の鼓膜を震わせる。
彼はスポンジを握り潰し、まるで空耳だったかのように振舞う。
「そうしたら、もっと違う解答があったのかな」
「……例えば?」
「例えば、そうね、リリーたちは死んでいなかったとか、
あの爆発は本当にガス管が爆発しただけだったとか。
それとも、実は『守人』はシリウスじゃなかった、とか?」
ジェームズもリリーも死んでいないとか。(ならあの死体は何だったのだろうか?)
本当にガス管が爆発しただけだったとか。(ならあいつはどうして巻き込まれなかった?)
実は守人は、シリウスじゃなかったとか。(なら本当の守人は誰なのか?)
だとしたら?
いまさら何が変わるだろう?
「……それも、が言ったのかい?」
「いいえ。違う見方が出来たかもしれないのに、とは言ったけれど」
こどもは、いつも一番痛いところを突いてくる。
的確に、ありえないほどの精度で、ぐさりと刺さる言葉を放つ。
『もしかしたら』『ひょっとして』
悲しいかな、この言葉を始めに思考を廻らせていた時期は、遠い記憶の彼方だ。
「……不思議な子だね。あいつに襲われかけた男子生徒は、
の友人のひとりだったのに…なのにまるで、あいつを庇うみたいな言い方だ」
「そうね……誰に似たのかしら」
「だろう?」
カランを捻り、水を出す。ティーカップの泡を流し落として、彼は言った。
は少し笑ったが、それに対しては返事をしなかった。
「どうしても、ヒッポグリフの裁判に介入したいと思ってしまう自分が居るの。
ルシウス・マルフォイが許せないとか、そういう気持ちも無いわけじゃないけど、
でもが悲しむなら、ファッジに“お願い”してみるくらいはアリかな、って」
それはとても彼女らしい考えだと、彼は思った。
0から100まで正義感で行動するタイプだったのは『彼』で、
0から80くらいまで自分の好みや利益を優先させがちだったのは・で。
ハリーに構いすぎて見境の無くなりかけたジェームズと『彼』を笑っていたのは誰だっただろうか。
彼女が自分の娘にこれだけ過保護になるなんて、その姿からは想像も出来なかった。
「でもそれって、結局は権力に頼ることでしょう?
そうするとやっぱり、わたしはルシウス・マルフォイと同類ということになるわね。
他人の主張を権力で捻じ曲げさせて妨害する事に変わりはないじゃない?それに、動機も。
あっちは『息子の気が収まらないから』で、わたしは『娘の気が収まらないから』」
「……きっと、人の親の指向というのは似通ってくるんじゃないかな」
は膝の上に乗せていた頭を持ち上げて、驚いたような顔でリーマスを見た。
数秒、わけがわからないまま見つめあう。はやがて軽く吹き出して笑う。
「さっきとは違って、それはシリウスには言えない台詞ね!」
彼は微笑みだけを返し、顔を背けた。言葉は返さなかった。
比べられたくもないと言ってしまっては、は傷付くだろうか。
「絶対に言えるわけないわ。
夜中に子供をナイフで脅すような男に、親の気持ちなんてわかるはずないもの!」
彼は目だけ動かし、を見た。
さっきまで笑っていたはずなのに、今はもう泣きそうな顔をしていた。
辛そうなその表情を見なかったことにして、彼は紅茶の準備を始めた。
親でもなく、子でもない彼にできることは、それだけだった。
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