けれど、まあ、悪いことばかりではないわけで。











  BEHIND THE SCENES : XLIX.











「――両名のサインをもって、これを容認するものである。
 魔法省大臣、コーネリウス・ファッジ」



大臣の、死刑執行命令書の読み上げが終わった。

が冷めた目で見つめる中、ハグリッドはその羊皮紙の下段にサインをする。
ぶるぶると震えた手で書かれたそれは、とても文字と呼べたものではなかった。



「さあ、さっさと片付けてしまいましょうぞ。奴さんにとっても、
 それが一番楽な道じゃろうて。ハグリッド、きみは中で待っておった方がよくないかの?」

「いんや、俺――俺ぁ、あいつと一緒に居たい。
 あいつを……ひとりぼっちにゃさせたくねえ……」



委員会のメンバーである枯れ木のような老人がハグリッドに声をかける。
ハグリッドは力なく首を振り、それに応えた。

そのまま裏口からかぼちゃ畑へ出て行こうとする一団を引き止めたのはアルバス・ダンブルドアだった。



「ちょっと待ちなさい、マクネア。
 大臣が最初に仰った手順では、きみも署名することになっておったと思うがの」



マクネアは苛ついたような表情で引き返し、ペンを握った。

は黙ったまま窓の外をそれとなく見つめる。
かぼちゃ畑では、ハリーと思われる人影が、ヒッポグリフの手綱を一生懸命に引っ張っていたのだ。



「さあ、では……うむ。行こうかね…」

「あっ」



大臣が裏口へと全員を促したとき、はその場でふらりとよろめいて見せた。
そしてマクネアの屈強な腕にしなだれかかり、眉間を少し押さえた。



!大丈夫かね?どこか体調が優れないのか?」

「いいえ、大臣。大丈夫です。ただ少し、ふらっとしてしまって……
 ただの寝不足ですわ。ごめんなさい、マクネア、お邪魔になってしまったわね」



上目がちに見上げると、マクネアは嬉しさと苛立ちを混ぜこぜにしたような表情になった。
は立ち上がり、「さあ行きましょう」と、再び全員を促す。

ちらりと見えた先では、バックビークはかなり離れた所を歩いている。
ざまあ見ろ、マグルの女優だって侮れないものだろう。は内心で高笑いした。
確かに寝不足ではあるが、元死喰い人のマクネアになんて誰が本気で頼るものか。


今度こそ一団が裏口からかぼちゃ畑に面した場所へ出ると、
そこに繋がれているべきはずのヒッポグリフは居なかった。
杭にはただ、鎖の残骸が残っているのみである。



「ど――どこじゃ?」



枯れ木のような老人がひょろりとした声で言う。
ダンブルドアは相変わらず微笑みを湛えたまま、静かに成り行きを見守ることにしたようだ。



「ここに繋がれていたんだ!俺は見たんだぞ!
 ここに――確かに――くそっ!どういうことだ!」



マクネアは憤りを少しも隠さずに言う。
荒々しく柵を蹴ると、みしりと音がした。



「これはまこと――不思議じゃのう」

「ビーキー!」



ダンブルドアの、どこか面白がるような声。
そしてハグリッドの、感極まったような声が、かぼちゃ畑に響く。

マクネアは落とすべき首の代わりに、柵に斧を振り下ろした。



「ビーキー!俺の――俺のかわいい嘴のビーキー!
 いない!いない!逃げたんだ!賢いビーキー!自分で自由になったんだ!」

「違う!誰かが鎖をほどいて逃がしたんだ!」



吼えるように言い、マクネアはをギラギラした目で睨みつける。
ついでのように襟を持ち上げられ、踵が宙に浮いた。



!貴様、何をした!どういうつもりだ!
 ヒッポグリフをどこへやったんだ!」

「落ち着いて下さらないかしら。英国紳士の名が泣きますわよ、マクネア。
 わたしは何も知りません。何もしていません。ここに居る方々が証人ですわ」

「そうだ、そうだぞマクネア!よりにもよってを疑うなんて!
 この場に居なかったというなら疑うのも仕方ないがね、
 彼女は城からずっと我々と共に行動していたじゃないか!」



大臣はマクネアの腕を抑え、を下ろさせた。
襟元を正していると、意味ありげに微笑むダンブルドアと目が合い、彼女も微笑みを返す。



「さて、ヒッポグリフが盗まれたのだとして……盗人は校庭や森を連れ歩いて逃げるかのう?
 どうせなら空を探したほうが良いじゃろうと、わしは思うがのう」

「うむ。そうだ、そうだな、ダンブルドア。
 さっそく省に捜査網を手配するように指示を出そう。マクネア、以後気をつけたまえよ」



マクネアはまだ不満そうにしているが、大臣の言葉に渋々頷いた。

一団は再びハグリッドの小屋へ戻っていく。
刑を受けるべきヒッポグリフがいないのでは、これ以上ここに留まっていても仕方が無い。



「ハグリッド、お茶を一杯貰おうかの。
 ふむ…たっぷりのブランデーでも良いのう。はどうじゃ?」

「わたしはブランデーがいいです。……と、言いたいところですけど。
 あと少しで夜警が始まりますから。お茶だけご馳走になってもいいかしら、ハグリッド?」

「は、はい、校長。も……大歓迎ですだ」



裏口の戸を閉めながら、は少し離れた木立のほうを見た。
がさがさと、何かが動いているように見えるそこへ、片目をパチリと瞑ってみせる。







ハリーはその木立の中で、女優のウインクの直撃を受けて顔を真っ赤にしていたのだった。



















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