我、ここに誓う、
BEHIND THE SCENES : XLV.
――たかが魔法のおもちゃのためにご両親の犠牲の賜物を危険に晒すなんて、
きみのご両親に報いるのに、これではあんまりにお粗末じゃないか。
ハリー、この次は庇ってあげられないよ
そう言ったのは自分だけれど、なんとも、まあ、甘いものだなと。
リーマス・ルーピンは片肘を机に突き、あごをそこに乗せながら視線を下へ向けた。
古ぼけた羊皮紙。一見しただけでは分からないだろうが、そこには膨大な魔力が詰まっている。
なにせ学年きっての、いや学校きっての秀才2人掛かりで心血を注いだ成果なのだから。
いったいどの口がハリーを叱ることができようか?
シリウス・ブラックが動物もどきであるということをひた隠しにしている自分が。
ダンブルドアへの恩義に背きたくないと、見捨てられたくないと、ただそれだけの理由しか持たない自分が。
本当に恩を返す心積もりがあるのなら、この地図はまっさきにダンブルドアに渡すべきものなのに。
そして動物もどきのことも、打ち明けてしまうべきなのに。
が言わないから、と、自分に言い訳しているのかもしれない。
あいつのことについての決定権を持っているのは、彼女だから、と。
「――我、ここに誓う、」
まだ字面の残る羊皮紙を、指先だけで軽く支えた杖でなぞる。
私、ミスタームーニーからスネイプ教授にご挨拶申し上げる。
他人事に対する異常なお節介はお控えくださるよう、切にお願い致す次第。
( そうだね。きみは昔っからお節介なところがあったっけね、セブルス )
私、ミスタープロングズもミスタームーニーに同意し、更に申し上げる。
スネイプ教授はろくでもない、いやなやつだ。
( まったく、どうして君たち親子はあんなに似ているんだろう、ジェームズ )
私、ミスターパッドフットは
かくも愚かしき者が教授になれたことに驚きの意を記すものである。
( どうだろう、お前の現状の方が驚くべきものだろうと思うけれどね )
私、ミスターワームテールがスネイプ教授にお別れを申し上げ、
その薄汚いドロドロ頭を洗うようご忠告申し上げる。
( 私も君に忠告しておくべきだったのだろうか、ピーター )
「我、よからぬことを、たくらむ者なり」
なんとふざけた呪文だろう。
この歳になって、またよからぬことを企むと宣誓することになろうとは思いもしなかった。
じわりと、字面が溶けていく。
そうして羊皮紙は一瞬空白になり、次の瞬間には再びインクの波が押し寄せる。
一本の線が木のように枝分かれして、意志を持ったように形を作っていく。
やがてインクの城が出来上がる。
当然のことながら、自分の名前は自分の研究室にひっそりと佇んでいた。
何気なくふと廊下のほうを探れば、・の文字が近付いてくる。
ドアのノックが聞こえるまであと何秒かかるか、心の中でそっと予想を立てる。
あと15秒、いや、少し早足のようだから、あと10秒。
そしてほぼ予測通りの時間に、コツンコツンというやる気の無いノック。
「――やあ、お帰り。
その顔を見る限り聞くまでもないだろうけど……裁判はどうだった?」
「もうぜんっぜん、ダメ。完全に買収されてるわ」
はぶすくれた表情で部屋を横切り、勢いよくソファに腰を下ろす。
予想通りの答えに苦笑を零すと、彼女は疲れきったように溜息をついた。
がここに来るということは、紅茶を飲ませろということでもある。
彼は立ち上がり、サイドテーブルを少し移動させた。茶会の始まりだ。
「……、私がさっきまで何を見ていたか、あててごらんよ」
「なあに?」
「ヒント1、それは『とある4人組』の宝物だった。
ヒント2、それは忍び見る者にうってつけである」
は驚いたように目を開き、腰を浮かせて手を伸ばした。
伸ばした先は事務机、その上にあるのは、地図。
「――なんで“地図”が……」
「ハリーが持っていたんだよ」
ハリーが?と、おうむ返しのの声。
茶器を揃えながら頷いて、肯定の意を返す。
お茶菓子はきっと、がロンドン土産に何か持っているだろうと期待をして。
「それはなんというか……ジェームズが聞いたら喜ぶでしょうね」
「……まあ、ね。
後輩たちに役立てて欲しいから、って、わざとフィルチに渡したくらいだし」
「なによ、部外者みたいな言い方しちゃって、『ミスター・ムーニー』?」
愉快そうに彼女が笑う。
やめてくれよと返しながら、葉っぱを蒸らす。
「私はね、いま少し、後悔しているんだ。『地図』を残してしまったことを。
どうしてハリーが持っていたものを、いま私が持っているんだと思う?」
「……………ホグズミード?」
「そう。そこで騒ぎを起こしでもしたんだろうね。
セブルスに捕まっていたよ。なんとか誤魔化したけれど」
は指で羊皮紙をなぞりながら、ぱちりと瞬きをする。
「……初犯、ではないでしょうね。クリスマス前にも行っていると思うわ。
三本の箒で大臣やマクゴナガル先生たちが話していた内容を知っているみたいだから」
「そうなのかい?」
「本人は『友達が聞いたのを聞いた』んだって言ってたけどね。
……その言い訳、いま考えればうちの娘も同じこと言ってたわ……」
は頭を抱えて「共犯だ、ぜったい共犯だ」と呻いた。
やられたね、と彼女に言う。
やられたわ、と彼女は返す。
「……まあ共犯の真偽はともかく、の名字は大丈夫なのかい?
知っているだろうけど、この地図は嘘をつけないようになっているんだ」
「そこはそれ、地図計画の参謀だったわたしが抜かるはずないでしょ?」
羊皮紙の上隅のほうを指差し、彼女はすこし得意そうに言う。
そこにある小さな名前は「・アンドロニカス」、それを挟むようにしてウィーズリー。
モテモテだね、と彼女に言うと「わたしの娘だもの」と返される。
「いい?この地図は、魔力をもつ人間の名前を書き出す仕組みになっているでしょう?
いくら透明マントがあろうとも、動物もどきの姿であろうとも、
『自分が何者であるか』と認識している存在としての名前が書き出されるのよ」
「……うん、まあ、理論はジェームズに任せていたからよく知らないけれど」
「だから、あの子の魔力を解放するときにね、ちょっと細工したの。
あの子が『自分はアンドロニカスだ』と認識するように、
それから、杖が『自分の主人がである』ことを知らないように、暗示をかけてね」
よくわからないがつまり、『最初から抜け道が設定してあった』、ということか。
そう納得する事にして、カップに茶を注ぐ。
は中指を丸めて、パシッと羊皮紙を弾く。
「ミスター・パッドフット、・の問い掛けに応じなさい。
―――あなたはいま、どこに居るの?何を為そうとしているの?」
城を象るインクがすこし滲み、別の形体を取ろうとのたうつ。
4つの瞳が見守る中、『ミスター・パッドフット』は返事を寄越す。
My Dear Loving Hawk,
Padfoot always be there for you.
( 愛しき鷹よ、パッドフットは常に汝の側に )
は地図をもう一度弾き、事務机に戻す。
肩をすくめながら、紅茶のカップを手に取った。
「うそつきな地図ね、」
きっと魔法が、切れかけているんだ。
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