それは、夏が暑いのと同じくらい、当然のことで。











  BEHIND THE SCENES : XLVI.











すまんがコーネリウスを呼んで来てくれんかの、と。
校長直々にお願いされては断るわけにはいかないわけで。


は欠伸を噛み殺しながら魔法省大臣の姿を探した。
どうして大臣がホグワーツに来たのだろうと思ったが、
今日の午後に予定されているヒッポグリフの控訴裁判に立ち会うのだろうと予想がついた。

こちとら夜警と試験監督のダブルコンボでろくに寝てやいないというのに、
この学校はどうにも人使いが荒くてたまらない。ああ眠い。

まずは大広間のほうから探してみよう。
この暑さだ、まさか校庭を散歩しているわけはないだろう。


ブラウスのボタンを上から3つまで外すと、風通しが格段によくなった。
マクゴナガル先生に見られたらまた「歳を考えろ」とお小言をもらう羽目になるだろうが、
あいにく心はまだまだ若いつもりなのだ。多少、はしたないことだって大目に見て欲しい。

それにしても、魔法使いのファッションはいつまで経っても進歩しない。
どうしてこんな暑い中で、こんな重たいマントを引っ掛けなければいけないのだろう。
どうしてそれが魔法使いの標準的な服装だと決まってしまったのだろう。

この1年が終わったらマグルの世界に戻るつもりだから、まあ、いいけれど。
だけどもし、こっちの世界にも関わり続けていくことがあれば、
ファッションブランドでも興してみようかな、なんて思ってしまう。

きっと売れるはずだ。
マグル界で鍛えられたこの美意識で、魔法界に革命を起こそう。

そんなことを考えていると、口元が緩んだ。ああ、なんか楽しそうかも。



「―――それに私がここへ来たのも裁判のためだけというわけではないんだ。
 ブラックが2度にわたって侵入したというので、実地検分の目的もあるんでね」



大広間から玄関へ行くあたりの廊下で、探している人の声がした。
何を話しているんだろうという興味もあり、極力気配を消しながら足をそちらに向ける。



「大臣、あの……裁判、わたしも一緒に居ていいですか?
 わたし、クリスマス前からずーっと資料とかいっぱい探してたんです。
 それにバックビークは全然凶暴じゃないって証明できます!
 初対面のとき、わたし、バックビークにちゃんと触れました。攻撃されませんでした」

「お嬢さん、ばかを言っちゃいけない。
 生徒は許可なく出歩いちゃいかん決まりになっているんだろう?
 そうでなくともお嬢さんはダメだ。ブラックに襲われかけた事を忘れてはいないだろうね?」



ファッジと話をしていたのは、愛娘だった。
大臣が呼び止めたのならいいが、が呼び止めたのだとしたらあまり良い状況ではない。
下手に食い下がって機嫌を損ねたら、助かるものも助からなくなるかもしれないのだ。



「……お取り込み中でしたかしら、大臣。
 ダンブルドアとの会食の準備が整いましたので、お呼び申し上げに参ったのですが」

!いや、そうじゃなくてだな、」



クリスマス前のホグズミードでもこうやって割って入ったっけな、
なんて思いながら、は中年男と少女の会話に横槍を入れた。

こちらを振り返った大臣は、ひどく困惑したような表情をしている。



「そうだ、お嬢さん!ハグリッドのところに行きたいのなら、
 先生に許可を貰って、先生同伴で行きなさい。
 ただし、裁判が始まる前には戻って来るんだぞ。さすがに傍聴までは許可できんからな。
 うむ、それならダンブルドアも文句ないだろう!、どうだね?」



いや、どうだねと言われても。

話の流れが掴めないが、相手は大臣だ。
よく分からないまま「大臣がそう仰るのなら」と返事をする。

大臣はその返事に満足そうに頷き、肩に手をポンッと乗せてきた。
鼻歌を歌いながら階段を上っていく。面倒事から解放されて上機嫌なのだろう。
今度は寄り道せずに校長室に行ってくれたら良いのだが。


残されたの顔を見上げてくる。
おずおずと笑いかける表情が情けなくて、つい、溜息が零れた。















、それにじゃねえか。
 なんだ珍しい組み合わせもあったもんだな、まあ入れ、入れ」



校内では滅多に見られない組み合わせなのだから、ハグリッドの言葉は正しい。

入れと言われるがままにハグリッドの小屋へ入り、
座れと言われるがままに丸いテーブルを囲む椅子に座った。


もてなしのつもりなのだろう、ハグリッドはロックケーキを勧めてくる。
しかしこれは人間が噛み砕けるものじゃないというのは学生時代に学習済みなので、手は出さないことにする。

知らないのか義理を立てたのか、はそろりと手を伸ばした。
できるだけ小さいものを選んでいるあたり、義理を通しているだけなのかもしれない。



「わたしの試験は午前で終わりだったの。
 魔法史だったんだけど、さっぱり分からないからでっち上げて書いちゃった。
 そしたら壮大なストーリーになっちゃって…わたし、小説家の才能があるのかも!」

、それで不可だったらママ泣くからね……」



そう言い返すと、は誤魔化すようにそっぽを向いた。

先日の防衛術での出来はけっこう良かったとリーマスは褒めていたが、
変身術の出来はどうも微妙だったらしく、マクゴナガル先生はなんともいえない顔をしていたのだった。


、彼女はやはり、あなたの娘ですね。ご覧なさい、これを』
『なんですかこれ?香水壜?』
『課題で、ニジマスから変身させたフレグランスボトルです』
『見た目はいいじゃないですか――うわー…触るとこれ…ウロコの感触が…』


虹色に光るそのウロコ壜のことを思い出すと、遣る瀬無い気分になった。
ああマクゴナガル先生、わたし、そんなことする生徒だったでしょうか?
確かにいつも肝心なところが抜けてると評価されたことならあったけれど。


は試験の話を楽しそうにしている。ハグリッドはたまに笑いながら相槌を打つ。
まあ、楽しく勉強できているならそれでいいかな、なんて思いながら、
テーブルに置かれていた資料を手に取って目を通した。どうやら、裁判で使う資料のようだ。



「すまんなあ、お前さんらも大変な時だってのに迷惑かけちまって…
 でも、ビーキーは喜んどるぞ。あいつはのことが気に入っちょるようだからな」

「そうなの?」



はバックビークをケーキで餌付けしながら言う。
やっぱり噛めなかったんだな、とは妙なところで納得した。



「ああ、ヒッポグリフってのは気に入らんやつにはお辞儀されたって羽一枚すら触らせねえ奴らよ。
 なのにお前さんは始めっからビーキーに気に入られとった。こいつぁやっぱり、血筋が――」

「ハグリッド」



鋭い口調で名前を呼ぶと、ハグリッドはすぐに黙った。
「すまん、忘れてくれ」と言う声は、聞かなかったふりをする。

は状況が飲み込めていないようで、こちらを交互に見ていた。

バックビークは本当にになついているらしく、
きちんとお辞儀をしていたようでもないのに、が近寄っても怒っていない。



        ねえ、なんであんたって、そんなに動物に懐かれるの?

        さあな。ガキの頃からなんか、やたら寄って来るんだよなー。
        たぶんほら、アレだ、人柄ってやつ?動物に好かれる俺は心根が清らかなんだよ。

        うざっ、同属だからの間違いでしょ、パッドフットさん。




血筋じゃ、ない。
きっとの心根がまっすぐで、清らかだからだ。


今ならロックケーキも砕けるかもしれないというほど、奥歯を噛み締めた。



















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