結果の見えた茶番を、わたしたちは繰り返す。
BEHIND THE SCENES : XLVII.
「おまえも大概、酔狂な奴だ」
「あなたに言われたくないわよ」
セブルス・スネイプの黒いマントが、・の斜め一歩先を揺れる。
ふたりはいま、同じところを目指して歩いていた。
彼は、被害者である自寮の生徒の代理として。
彼女は、被告を庇おうとしている自分の娘の代理として。
共に、法廷を目指して。
「この裁判には勝てん。もう判っているだろう。
いい加減、あの餓鬼どもを黙らせたらどうだ」
「ご心配、ありがとう。わたしも黙らせたいんだけど、どうにもね。
子どもっていうのは親の操り人形じゃないんだから仕方ないわ」
誰が心配などしているものか。
彼は小声で悪態をつく。彼女は、言葉を返さない。
空はすっきりと晴れ渡っていた。
ああ、こんな日に命を終えられるというのも、ある意味では幸運なのかもしれない。
彼女は目を細めて天を仰いだ。過去に自身の死を感じたときは、ひどい嵐の晩だった。
「……もう1年になるのね」
彼女が、生きた姿で母校に現れてから。
『あの男』が、生きた姿で世間に現れてから。
1年が経とうとしている。
何の進展もないままに、
何の好転もないままに。
「ねえ、教師って、さほど良いものじゃないわね。
赤毛の双子はやんちゃで困るし、父親に生き写しの子は居るし、」
「…………」
「わたしは情けないところばっかり晒しちゃうし、
……なんだか、色んなものが、眩しすぎて。顔を背けたくなる」
ふん、と、彼は小さく空気を零した。
「背けていればいいではないか。
太陽を直視して網膜を焼き焦がすのは、馬鹿のする事だ」
「まあね。……でも、見ておかないとさ。
どっか行っちゃったら、困るから。……寂しいから、かな」
ははは、と、彼女は軽く笑う。
風が吹き、彼女の髪を泳がせる。笑い声を流していく。
木々のざわめきが聞こえた。同意するかのような。反論するかのような。
「………1年か」
「1年よ。お祝いでもする?
“再会おめでとう、わたしたち”。リーマスも呼ぼうかしらね」
「下らん。やめろ」
しばしの、沈黙。
セブルス・スネイプの黒いマントは、・の斜め一歩先を揺れる。
その距離が変わることは、ない。
「――あのさ。まあ、どうでもいいことだけど、
だけどそれでも気になるっていうか、ちょっと聞きたいんだけどさ、」
「回りくどい」
「じゃあストレートに聞くわ。
この件でマルフォイを庇って、あなたにどんな利益があるの?」
彼は足を止めて、肩越しで僅かに彼女を振り返った。
瞳は冷たく、何の感情も無い。それは、お互い様のこと。
「同じ寮の出身で互いに親交もある間柄で協力しないほうが不自然だろう。
見返りを求めて動くハイエナどもと一緒にするな」
「あ、っそ。随分とピュアなのね、スネイプ教授は。
わたしはてっきり、またスパイ活動でも始めたのかと思っていたわ」
彼女も足を止める。肩をすくめながら、茶化したように言う。
彼が目を細めて睨んでも、ちっとも動じない。
彼女の色目だって彼には効かないのだから、やはりそれもお互い様だ。
「昔はよく闇払いの間で賭けが行われたものよ。
――セブルス・スネイプは、結局、誰のスパイなのか?」
「……………」
「ちなみに闇の帝王側、っていう意見の方が多かったわ」
下らない。
そう吐き捨てて、彼は再び足を動かした。
「――ならば、こちらからも訊ねよう。
おまえがあのヒッポグリフを庇うことに、何の利益がある?」
「……利益なんか無いわよ。スネイプ教授のようにピュアなの、わたし」
ハッ、と、鼻で笑う。誰が純粋なものか。
先程の意趣返しにと、彼は再び口を開いた。
「そうか。では我輩の意見を述べよう。
おまえは、そうだな、ヒッポグリフに『あの男』を重ねている。
ヒッポグリフを庇うことを『あの男』を庇うことと無意識下で混同しているのだ」
「……………」
「罪無き命よ、救われるべき存在よ、とな。
何せ当時のおまえは、『あの男』を庇うような発言など一度もしなかった」
今度は彼女が足を止める。
彼も立ち止まるが、今度は全身で振り返った。
「ああ……“こちら”側でも賭けは行われていたかな。
――・はブラックに愛されていたのか否か」
「…………あなたはどっちに賭けたの?」
「我輩は賭け事を好まんのでな。
ただ圧倒的に『否、は手駒にされた』に賭ける者が多かった」
ふん、と、軽く笑う音が聞こえた。
彼女は早足で歩み始め、彼を追い越した。
無言のまま、距離が逆転する。
・の黒いマントは、セブルス・スネイプの斜め一歩先を揺れる。
目的地は、近い。
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