太陽は既に、西の空に溶けかけている。
BEHIND THE SCENES : XLVIII.
リーマス・ルーピンは答案を採点する手を休めて、伸びをした。
6月6日。期末試験最終日であり、ハグリッドのヒッポグリフの控訴裁判の日でもある。
その裁判の結果なんていうのは、聞かずともわかる。
ルシウス・マルフォイの手が廻っているというのは、・から嫌というほど聞いていた。
ハリーやといった、彼の大事な子供たちは、それでも必死に抗っている。
結果が見えていても、決して諦めずに。なんと眩しい姿だろう。
それと同時に、ふと思うのだ。
もし自分が、人狼である自分が、あのヒッポグリフのように起訴されたら。
そのとき子供たちは、自分のために一生懸命になってくれるのだろうか?
世間は、人狼を罰せよと言うだろう。処分しろと言うかもしれない。
そのとき彼らは、人狼である自分を、どう思うのだろう。
殺せと言うのだろうか。処分しろと言うのだろうか。隔離しろ、くらいは言われるかもしれない。
机の引き出しから古ぼけた羊皮紙を引っ張り出す。
杖の先をあてがい、小さく、唱える。
「我、ここに誓う。我、よからぬことを企む者なり」
たちまち、城の見取り図が羊皮紙に浮かぶ。
リーマス・ルーピンの名前は自身の研究室に、
セブルス・スネイプの名前も同じく自身の研究室に、
・の名前は、ご大層なメンバーと一緒に校庭の隅を目指して歩いていた。
そのまま、・の名前の先を杖で辿る。
そこにはハグリッドの小屋があり、主であるルビウス・ハグリッドの名前があり、
ハリー・ポッター、ロナルド・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャーの名前があった。
やはりな、と、予想が当たった彼は苦笑を零した。
彼と彼女の息子なのだから、許可が無くともハグリッドのところへ行くだろうと思っていた。
不思議なのはその近くに『アマルテア』の文字があることだ。
アマルテア?人名にしてはファミリーネームがない。
しかしここに名前が出るということは、魔力を持った人だということになる。
アマルテア。木星の第三衛星。アマルテア?
「まさかが……?」
しかし、思考はそこで途切れた。
ありえない名前が、そこにあった。
“ピーター・ペティグリュー”
彼は何度も、何度も、地図を見つめ返した。
その文字は消えもせず、ただそこにあった。
*
・は校庭を横切る集団のしんがりを務めていた。
先程までは、セブルス・スネイプが脱狼薬を煎じるを見物していた。
その目的は彼がトリカブトを『うっかり』多めに調合してしまうのを防ぐことであり、
また、イライラしている彼を冷やかしたりすることであった。
それがどういうわけか大臣に呼び出され、この一団に混ざることになってしまった。
自分の力不足をまざまざと思い知らされる結果となった裁判の処刑に立ち会えとは、
随分と荒い人使いや配慮に欠ける行為だろうと思うのだが、嫌がらせか何かだろうか?
大臣と校長がにこやかに談笑するのを見ていると、
自分たちがこれから生き物の命をひとつ奪いに行くのだとは到底思えない。
自分は、シリウスの手駒にされていたのだろうか?
つい数時間前にスネイプに言われた事が頭から離れない。
手駒にされていたのだとしたら、一体いつから?
学生時代の、あの馬鹿げた騒動からして、仕組まれていたのだろうか?
しかしそれに答えてくれる人物は居ない。
・は大臣が時折投げかける言葉に適当に相槌を返しながら、ハグリッドの小屋を目指した。
「やあハグリッド…すまんね、きみも辛いだろうとは思うが、我々も辛いんだよ…」
「へえ、大臣さま。心得とりますだ…お入りくだせえ。
校長も……お前さんらも…も……」
憔悴しきった顔のハグリッドが出迎える。
裏口の戸が半開きになっていることに気付いて、は僅かに眉を顰めた。
暑いから換気のために開けているんだと言われたらそれまでだが、
たったいま誰かが出て行ったような、そんな開けられ方のような気がした。
「獣はどこだ?」
「外――外だ。かぼちゃ畑に繋いでやった。
木とか空とか新鮮な空気とか……まあ、そういうこったで…」
マクネアが裏口から顔を覗かせ、やがて引っ込めた。
ヒッポグリフがちゃんとそこに繋がれていることを確認して、納得したのだろう。
「ハグリッド、我々は、その……死刑執行の正式な通知を読み上げねばならんのだ。
出来るだけ手短に済ませようと思う。読み上げたら君とマクネアがサインをする。
マクネア、君もきちんと聞き届けることになっている。いいね?では――」
大臣が何やら仰々しい羊皮紙をひとまき取り出し、読み始めた。
「『危険生物処理委員会』は、ヒッポグリフのバックビーク…以降、これを被告と呼ぶ、が、
6月6日の日没時に処刑されるべしとの決定を下した。刑の執行は斬首によるものとする。
また、執行は、委員会の任命する執行人、ワルデン・マクネアが行うものとする」
シリウスへ刑が執行されるときには、どのような文書が読み上げられるのだろう。
そして、執行の同意は、誰がサインするのだろう。彼にはもう、生きた家族は居ないのに。
まさかアズカバンまで行ってベラトリックス・レストレンジにサインを頼むことはしないだろう。
この場合はやはりダンブルドアと大臣の署名になるのだろうか。
それとも、・の署名になるのだろうか。
彼に一番近しかった者の代表として、
彼が一番執着を示した手駒の代表として。
← XLVII
0.
XLIX →