ノックの音が響く。 出迎えた男は常とは違う険しい表情で女の前に現れた。 客が女だとわかると、すぐに張り詰めた雰囲気を解く。 女は、男の顔が扉から覗いた途端に、彼に抱きついた。 「……?」 女は答えなかった。 男の首に腕を回したまま、無言で胸に頬をこすりつける。 男は女の背を撫で、落ち着かせようとした。 女の腕を外すことなく、室内に誘導する。 こんな姿を他の者に見られるわけにはいかない。 「大丈夫かい?」 女は無言で首を振った。 しゃくりあげるような音が、微かに男の耳に届いた。 二人は約束をしていた。 男は宴会に出席しなければならないし、女は夜警をしなければならなかったから、 朝になってから共に、十二年前に亡くなった親友たちの冥福を祈ろう、と。 実際には普段通りに紅茶を飲むだけのつもりだったのだが。 「…わたし、何をしてたんだろ、十二年も… 一回もお墓参りに行かないで…自分のことばっかり…」 掠れた声で、女は途切れ途切れに言った。 「さいあく、よね。リリーに愛想尽かされたって、当然、よね。 こんな状況にならなかったら、今年も、行かなかったかもしれない… なのに……なのにね、今さらなのに、思わずにいられないのよ… 寂しいとか、会いたいとか、どうして死んじゃったの、とか…馬鹿よね、わたし」 そんなことないよ、と男は言う。 ちらりと視界の端に捉えた時計の針は、七時を過ぎたあたりを指している。 そろそろ校長による状況説明がされ、朝食になるだろう。 「もっと最悪なのはね、リーマス、」 顔を上げ、女は男の目を見据えた。 そして震えた声で、女が言う。 「自分で思ってたほど…わたしはシリウスのこと…吹っ切れてないのかもしれない」 女の目から、涙が零れた。 男は心臓を射抜かれたように女を見返した。 『その名前』を口に出さないことは、二人の間で暗黙の了解だったのだ。 「心のどこかで、期待してたんだと思う……シリウスにはやむを得ない事情があって、 だから…ヴォルデモート卿に、リリーたちの家の場所を教えてしまったけど、 本当は、すごく後悔してるんじゃないか、って……きっと…きっと今日も、 近くに居るにせよ、居ないにせよ、リリーたちのことを想ってるんじゃないか、って……」 男は女の頭を抱いて、自分の胸に引き寄せた。 されるがままに、女は顔を埋めて涙を零し続ける。 涙は見たくない。 いつも凛として自己をしっかり持っていた女の姿が、彼は好きだった。 それが恋愛感情だったのか友人としての愛情だったのかは曖昧だが。 こんな弱々しい姿は、知らない。 彼女はいつだって彼の憧れだったのに。 「だから、今日っていう日に、シリウスが此処に押し入ったって聞いて、ショックだった。 "太った婦人"を破壊した、って聞いて……うそだ、って、思った…… わかってたはずなのに…割り切ってるつもりだったのに…わたし、まだ――」 男は女を抱く腕に力をいれた。 続きは聞きたくなかった。 彼の服を掴む女のてのひらが、痛いほど握り締められる。 朝食には間に合わないだろう。 男は女を抱きながら、女が泣き止んだあとにかけるべき言葉について考えた。 ここで休んでいけばいい、好きなだけ休んでいけばいい、朝食も用意するから。 男は女の髪に触れながら、かつての親友だった男に思いを馳せた。 あいつはどこに隠れているのだろう。 彼女をこんな風に泣かせているくせに。 誰も居ない廊下に、さえずる鳥の声が響く。 |