このクラスは、あまりにもわたしを惑わせる。
BEHIND THE SCENES : XVI.
「ハーマイオニー・グレンジャー」
聡明そうな顔つきの少女が、はい、と返事をした。
わたしは名簿の横の欄に、出席を意味する記号を書き込んだ。
スネイプは先ほどの防衛術の授業で、人狼についての講義をしたらしい。
話に聞く、有名なポッター3人組のうちの頭脳を果す彼女は、彼の意図に気付くだろうか。
「ネビル・ロングボトム」
おどおどした雰囲気を纏った少年が、か細い声で返事をした。
彼の両親であるアリスとフランクは、わたしの同僚だった。
その忘れ形見である少年。どちらかといえば、父親の面影が強いように思う。
「――ハリー・ポッター」
強い意思を秘めたエメラルドの瞳が、わたしを見ていた。
彼もまた父親の面影を強く受け継いでいた。
はい、と返事をするハリーは、まるでそこにジェームズが帰ってきたかのような錯覚を覚えさせる。
だめだ。そんな事を考えていては。今は授業中なのだから。わたしは教師なのだから。
「……ロナルド・ウィーズリー」
赤毛の少年が、朗らかに返事をした。
グリフィンドールの出席を取り終わり、わたしは視線をスリザリンの名簿に移す。
真っ先に目に飛び込んできたのは、忘れもしない、"マルフォイ"の文字だった。
闇払いとして働いていたころ、この名前に何度邪魔をされただろう。
極めつけは、わたしを魔法から切り離す原因を作った、あの事件。
「――ドラコ・マルフォイ」
気味が悪いほどルシウス・マルフォイによく似た少年は、返事をしなかった。
にやにやと笑い、ただわたしを見ている。
どうしてそんな所まで似ているのだろう。
「マルフォイ。返事が無ければ欠席にするわよ」
「いいえ、先生。この通り、僕はここにいます」
猫なで声でそう言うと、ドラコ・マルフォイは再びにやにやとわたしを見る。
『マグルとして仕事をしていた』わたしを、
『スリザリンとしてのプライドを持った』マルフォイが、
『そんなやつは魔法使いの資格はない』と見なしている。
グリフィンドール生たちは、わたしとマルフォイの構図をそう理解するだろう。
本当の事は、わたしと、マルフォイにしか、わからない。
「……スネイプ教授の代講のです。
早速ですが、今日の課題の説明に移ります」
ああまったく、あなたの言う通りね、スネイプ。
教師なんて、最悪だわ。
「…この溶液には、10種類の試薬が混合されています。
それらは、今までの知識で分析可能なものばかりです。
課題は、どのような試薬が混合されているのか、分離させて証明すること」
わたしは大きな水瓶に入った液体を、生徒たちに見せる。
ハーマイオニー・グレンジャーは真剣にこちらを見ていた。
「どの定理を適用しようが、あなたたちの自由です。
1つ試薬を証明するごとに2点、加点することにしましょう。
ひとり試験管3本ずつ溶液を持っていって構いません。
失敗したら、またここの水瓶から試験管3本ずつ持っていっていいわ」
ネビル・ロングボトムが安心したような顔をした。
失敗しても構わない、という条件のためだろう。
彼の成績は壊滅的であると、スネイプはよく愚痴を零す。
「ちなみに、この溶液を飲んでしまったら、
一生『S』の音の発音が出来なくなるから気をつけてね」
ロナルド・ウィーズリーと、ハリーは、顔を見合わせて笑った。
取り掛かるように合図をすると、生徒たちは教壇へ駆け寄ってきた。
ネビル・ロングボトムがさっそく試験管を割ったので、
わたしは杖を振ってその残骸を片付けて新しいものを少年に与えた。
スネイプが言うほど、生徒たちのレベルは低くなかった。
もちろん抜きん出ているのは、ハーマイオニー・グレンジャー。
開始から20分で、彼女は1つ目の試薬を証明してみせた。
わたしは生徒たちの間をぬって監督する。
ある意味では、吸魂鬼たちの間を巡回するよりも重労働なのかもしれない。
それほどまでに子供たちの行動は予想もつかない。
「……何をしているの、ドラコ・マルフォイ?」
マルフォイは、試験管を一本くすねようとしていた。
彼の手首を掴んでそれを阻止し、わたしは彼に訊ねる。
マルフォイは何事もなかったかのように、にやにやとわたしを見た。
「ああ先生、実は、父上からあなたに渡すように頼まれていたものがあるんです」
ルシウス・マルフォイから、わたしに?
嫌な予感がして、わたしは僅かに眉を顰めた。
ドラコ・マルフォイはローブのポケットから手紙を取り出した。
「手紙です。フクロウに届けさせても構わなかったんですが、
やはり手渡しするのが礼儀だと父上はお考えになったんです」
ポケットに手を入れようとしたのはそのためで、
試験管ごと試薬を盗んで後でポッターに盛るつもりなんかじゃないですよ。
と、彼の態度が語りかけてくる。
「それは、授業中でなければならない用件なのかしら?」
「いいえ。ですが先生はお忙しいようでいらっしゃるので」
わたしとマルフォイが会話をしているのに気付いたのだろう、
ハリーがこちらを見ているのを視線で感じた。
わたしはマルフォイから手紙を受け取り、開封した。
中身は、カードだった。
親愛なる・殿
長い間行方知れずだった貴女のことを、妻共々に心配しておりました。
つきましては、ご尊顔を拝しながらの会食を催したいと考えております。
貴女の魔法界への復帰を全面的にサポート出来るよう、省の官僚の方々を招く所存です。
用件のみで恐縮でありますが、良いお返事を期待しています。
ルシウス・マルフォイ
冗談じゃない。
会食?ルシウス・マルフォイと?
冗談じゃない。わたしは溜息をついた。
ドラコ・マルフォイは相変わらず意地の悪い笑顔でこちらを見ている。
「――ドラコ、折角のお話なのだけれど……」
「おっと、忘れていました。父上からの追伸です」
断ろうとしたわたしの言葉を遮り、少年は言った。
「――――"御息女も、気兼ねなくご同伴下さい"」
あの男。
10年経っても、根性の腐ったところは変わらないらしい。
これではを人質に取られたようなものだ。
『来なければ娘の存在を吹聴する』という意味なのだろう。
誰にって、もちろん、あの男の『昔の仲間』たちに。
「それで、出席して下さいますよね?『先生』」
「………ええ、もちろんよ、ドラコ。ありがとう」
先生、の部分にわざとらしくアクセントを置いて、ドラコ・マルフォイは言う。
わたしはテレビ用の作り笑顔で答えた。
望むところよ、ルシウス・マルフォイ。
あなたの再戦、受けてあげましょう。
12年前の、"大嵐"の夜の、再戦を。
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