影は黒。











  BEHIND THE SCENES : XVIII.











満月が次第に白んでゆく空に溶けていくのを見守り、その日の警邏の終わりを迎えた。

それはいつも通りの朝だった。

生徒たちが待ちに待ったクィディッチの試合が行われることなんか、空にはちっとも関係ない。
けれど前日から止むことなく降り続いているこの雨は、きっと試合の鍵を握るだろう。

わたしは杖を振り、じっとりと重くなったローブを乾かす。
目に雨粒が入るのも構わずに、空を仰ぎ見る。

雲はどんよりと黒い。

離れていても生徒たちの気が昂っていることを感じるのだろうか、
今夜の吸魂鬼たちはひどく落ち着きがなかった。
このままでは試合中の競技場に雪崩込みかねない。







わたしは校庭を横切り、城へ向かう。







城の中は徐々に目覚めつつあった。
時折聞こえる微かな音は、ゴーストたちの虚ろな声。

霞のような彼らは、夜になると自らの死について思いを馳せる。
ある者は嘆き、ある者は憤り、ある者は哂う。







自分の名前を呼ぶ声に振り向けば、そこにはひとりの淑女が立っていた。
通称『グレイ・レディ』、レイブンクロー寮のゴースト。

わたしはレディに挨拶をする。
レディは優雅に微笑む。



、あなた疲れているのではなくて?
 顔色がひどく悪いわよ。今日は授業も無いのだから、しっかりお休みなさい」

「そうね。休みたいのは山々だけど、そうも行かないわ。
 休みなのは生徒だけ。教師は採点やら準備やらで大忙しよ」



レディは口元だけで笑う。



「レディ、ダンブルドア先生はもう起きていらっしゃるかしら?」

「ええ、さきほど校長室の前でお見かけしてよ。
 何でも、今日の試合は例のポッターの子が出るそうね?」

「そうよレディ。しっかり応援しなきゃね」



レディに別れを告げ、わたしは校長室を目指す。

グリフィンドールとハッフルパフ。
どちらも頑張って欲しいとは思うが、娘の寮の勝利を望んでしまうのは親の習性だろう。















校長室の扉を軽くノックすると、入りなさいという穏やかな声が聞こえた。

この声はいつだって迎えてくれる。
夜の遅い時間でも、今のように朝早くでも。

おはようございます、とわたしは言う。
不死鳥が、その美しい羽を大きく広げて挨拶をしたのが見えた。



「随分とお早いですね、先生」

「今日はクィディッチじゃからのぅ。
 年甲斐もなく浮かれておるのじゃ」



スネイプと再会した8月のあの日のように、わたしは先生と対面するように椅子に腰掛ける。

あの日からもう随分と経ったような気がするけれど、実際には4ヶ月も経っていない。
時の流れというのはどうしてこんなに不規則な動きをするのだろう。
と一緒に過ごしてきたおよそ10年の月日は、瞬く間に過ぎていってしまったのに。



「先生、吸魂鬼たちの士気が思わしくありません」

「…というと、どうなのじゃな?やる気を失くしておると?」



いいえ、とわたしは首を振る。
確かに士気が低くて真面目に警備に取り組まない、というのも困るけれど。



「興奮しているんです、クィディッチを目前にした生徒たちの生命力に。
 この状態で試合を行うのは危険です。校内や競技場にまで侵入しかねません」

「ふむ…そうなのじゃろうて。しかしのう…」



続く言葉は聞くまでもなくわかっている。

ハロウィンにあんな事件があった後だからこそ、
生徒たちの心を軽くすることのできる『クィディッチというイベント』は遂行しなければならない。

さもなければホグワーツはたかが犯罪者ひとりに屈したことになるし、
情勢はそんなに悪いのかと、生徒たちに並々ならない不安を与えるに違いない。



「ええ先生、分かっています。
 試合中もわたしが吸魂鬼たちを監督するのが一番手っ取り早いんでしょうが…
 わたしも少し、疲れていて。仮眠を取る間だけでも誰かに頼めないものかと……」



試合を中止させるつもりなんて、元から無い。



「ふむ…リーマスに頼むというのは、酷というものじゃな。
 吸魂鬼たちと立ち会えるほど回復してはおらんじゃろうからのう……」

「…リーマスに任せるくらいなら、わたしが徹夜します」



ダンブルドアは愉快そうな声を上げた。

そうなると、残るのは、ひとり。



「セブルスにはわしから話しておこう。
 はもう休むがよい…酷い顔色をしておるぞ」

「そうですか?さっきグレイ・レディにも言われたんですよ」



わたしは椅子から腰を上げる。

スネイプなら、安心して任せられる。
彼の実力は十分わかっているし、何より、左腕には『印』がある。
あの『印』を前にすれば、吸魂鬼たちだって従わざるを得ないはず。

なんたって、吸魂鬼たちは闇の陣営に与していたのだから。
まあ、今ではすっかり改心している可能性もあるけれど。







心を入れ替えて人々の為に尽くす吸魂鬼たち、

という恐ろしいのだか滑稽なんだかわからない想像をしていたわたしに、
ダンブルドアの普段と何もかわらない声が届く。



「わしに何か、話すことはないかのう?」

「――――――――………」






動物もどき






「………実は先日、厨房から一番高級なウィスキーをくすねました」

「ほう?」

「しかもその場にあったボトル3本すべてです」

「なるほどのう。
 しもべ妖精たちがしきりと不思議がっておった謎が解けたわい」



わたしは嘘をつく。
その度に、心の中が罪悪感というどす黒い靄で覆われていく。

それでもわたしは嘘をつく。


わたしは礼をして校長室を出た。
どんよりとした雲が雨を滴らせている空は、黒い。


その色はまるで吸魂鬼たちの纏う襤褸布のようで、
スネイプの纏うマントのようで。








その色はまるで、死神犬のようで。



















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