理由なんて。











  BEHIND THE SCENES : XXIV.











が眠りについたのを確認して、部屋を出た。

彼女の望む答を、わたしは持っている。
あの時捨てた、黒い、獣の毛。

姿を見られる危険を冒してまで、なぜ、あいつはを助けたのか。
親友は裏切っても、恋人へ向ける愛情は本物だったと、そういうことなんだろうか。


傍から見ていて危ういほどに、の感情は揺れていると思う。
一体なにを信じればいいのか、真実はどこにあるのか。

娘という、守らなければならない存在があるから、今はこちら側に居る。
もしが居なければ、どう転ぶかはわからない。そう見える。


もし、もしもがあちらに行ってしまったら、わたしはどうするべきだろう?


それは、わたしがここ数日で何度も反芻している問題だった。

何のことはない、今までどおりの生活に戻るだけだと、言い切れるだろうか。
失ったはずの彼女が生きていると知ってしまったのに。

結局わたしは、孤独なんかには耐えられないのだと思い知る。
ひとりは、怖い。ひとりは、恐ろしい。骨の髄までそれが沁みている。


シリウス、きみだってそれは知っていたはずじゃないか。
きみだって、あの大きな屋敷でずっとひとりで居て、孤独の恐怖を知っていたじゃないか。

だからわたしを救ってくれたんじゃないか。
満月の孤独から。夜の静寂から。


だからを連れて行こうとしているのか?
あの優しい手を、ずっと、ずっと傍に置いておくために?

そうだとしたら、きみは卑怯だ。
わたしも、ダンブルドアも、きっとセブルスだって、ずっとを捜し求めていたのに。



「邪魔だ、退け」

「……セブルス」



声がして振り向けば、非常に機嫌のよろしくないセブルスが居た。
両手一杯に書類の束を抱えている。恐らく、の看病の間に溜まっていたものだろう。

わたしは脇に寄って、彼に進路を譲る。
ついでに「なら眠ったよ」と声をかけると、大きく溜息を吐かれた。



「何か手伝うことは……」

「無い。足手纏いだ。さっさと失せろ」



ひどいなぁ、とぼやいてみせると、彼はぎろりとわたしを睨んだ。



「貴様のせいで、あのバカ女の世話係を帰す羽目になった」

「世話係…ああ、のことか。なぜ帰してしまったんだい?」



しかも、それがわたしに何の責任があるんだろう。
わたしは、わからない、という顔をする。



「…何を話していた」

「なに、って?」

「口論していただろう」

「…………」



気のせいだよ、と答えようとして口を噤む。
ごまかせる、わけがない。相手が相手なのだから。



「―――ブラックか」

「まあ……そう。だね」



しかし、それでも言うことは出来なかった。
があいつと接触した、なんてことは。

情報が曖昧すぎるとか、信憑性は低いとか、そんな言葉を並べたって、
それは突き詰めればただの保身にしか行き着かない。

だから。だから、わたしは、口を閉ざす。



「あの小娘は、恐らく勘付いているであろう」

「それはと…あいつの関係を、という意味かい?」

「隠蔽を試みればみるほど、塗装は剥がれるものだ」



ふんっ、と、彼は鼻で笑う。



「精々気をつけたまえ、人狼教授どの」

「………ご忠告、痛み入るよ」



わたしは口許だけで微笑みを形作る。

彼が『人狼について』のレポートをハリーたちのクラスで行ったことは聞いていた。
わたしの正体について気付かせたいのだろう、と予想がつく。



「―――セブルス、ひとついいかい?」



彼は鬱陶しそうにわたしを見た。



「あいつが――シリウス・ブラックがヴォルデモート卿に服従していたという…
 そういう話を、きみは聞いたことがあるのかい?つまり、『あちら側』で」

「……………」



『あちら側』、という言葉に力を込めて言う。



「……我輩の返答如何で、貴様の何が変わるのだ。
 ノーと答えたら貴様はどうする。探偵ごっこでもするつもりかね。
 イエスと答えたら、その時はを宥めすかして手篭めにでもするのか」

「そんなことは…」

「ならば、なぜ問う。仮定の先に何がある。
 ブラックが犯人であれば、その手できっちり片をつける覚悟はあるのか。
 奴を殺すも、生かすも、貴様にとっては他人の意見次第なのか」

「…………」

「貴様の求める解答を与えるつもりはない。
 我輩にその選択の責任を押し付けるな。迷惑も甚だしい。
 奴に相応しい罰が下ること、我輩が望むのはただそれだけだ」



そうだね、すまなかった、とわたしは言う。

『もし』あいつが犯人ではなかったら?
はあいつと復縁するのだろうか。
そのとき、わたしは何処に居るのだろうか。

『もし』あいつが犯人だったら?
わたしは、この杖を振るうことが出来るのだろうか。
は、どう、するのだろう。


ああ、だけど、こんなことを考えたって。
仮定の先に、何があるだろう?

きみは正しいよ、
そんなことを考えてみたって、ジェームズとリリーは、帰ってこない。



もう帰って来ないんだよ、シリウス。



仮定の言葉がいくつ続いたって、
もがいても、苦しんでも、這い回っても。


二度とわたしは彼らに会うことが出来ないし、
ハリーは吸魂鬼の影響でリリーの断末魔しか聞くことができない。

きみはそれを知っているのだろうか。
知っていて、それでもまだを求めるんだろうか。

があれから、どんなに酷い状態だったか、知らないくせに。
彼女がどんな風に壊れてしまっていたのか、知らないくせに。



きみがそうさせたのに、きみはまだを縛るのか?



















 ← XXIII   0.   XXV →