かぞく?











  BEHIND THE SCENES : XXIX.











の、娘。
シリウス・ブラックは少女をまじまじと観た。
先日目にした現在のよりも、少女の方が彼の記憶の中でのに近いものがある。

そして少女の持っている『時計』。
少女の母親がなのならば、それは彼が贈ったものに違いないだろう。
つまりその効果は、アマルテアの加護。



「それなら…今まで来ていたあの白い子猫は……」

「……わたし」



そうか、と彼は呟いた。

最初から、あの子猫が普通でないことは解っていた。
喋り方にしても考え方にしても、ケモノのものではなかった。ヒトのものだった。

気付くべきだったのだ、愚かなシリウス・ブラック。
吸魂鬼どもに体力だけでなくその思考力までも奪われたのか?
彼は哂った。情けなさに、乾いた声が零れた。

少女は困ったように彼を見ていた。
彼は少女に見られていることに気付いていたが、気付かなかった風を装った。
母親譲りの顔立ちの少女を前に、とても平常心ではいられない。

は何をしているのだろう。
自分の娘がこんな所で逃亡犯と対峙していることに気付いているのだろうか。
いや、彼女のことだ、気付いたとしても「あらそう」の一言で終わらせてしまうかもしれない。
そうであればいい。彼女が、以前と変わっていなければい。



は、どうしている?」



彼は先ほどまで少女が座っていたのと同じところに腰を下ろし、そう訊ねた。

もう体調は回復したのだろうが、また吸魂鬼に捕まるなんてヘマをしていないだろうか。
この学校に居るということは教師なのだろうが、彼女はうまく生徒を指導できているのだろうか。
まさか生徒たちと一緒になってフィルチにちょっかいを出してはいないだろうか。

訊きたいことがたくさんあった。知りたいことが、聴きたいことが、たくさん。
それでもそのどれも言葉にならず、やっと言えたのはひどく抽象的な問いかけだった。
少女は困惑していた。申し訳ないと思いながら、彼はまた少女を観た。

きみはどんな風にして、どんな土地で育ったんだ?は、いい母親だったか?
の料理はすこし塩気が強いだろう?あいつはいつも目分量で入れてしまうから。
掃除はしているか?叱られることはあるか?きみの、父親は、どんなやつだ?



「……げんき、だけど」



少女はさんざん迷った末、それだけ言った。
それはちっとも彼の望む回答ではなかったが、彼は満足だった。
元気でいる、それだけのことが、どれだけ大切なことか。

彼はまた「そうか」とだけ言った。
一番知りたいことを、訊ねる勇気があるだろうか?



「……わ、わたし、どうすればいいの?まだ黙ってなきゃダメなの?
 もうわたし、誰の言うことが本当なのかわかんないっ…誰を信じればいい?
 ママは、……ママもハリーも、あなたのこと、裏切り者だって思ってる!」



少女は語気を荒げて言った。
叫ぶような声を耳にしたシリウス・ブラックは少女に向き直った。



「あなたの言うこと、信じたいよ、わたし……信じたいけどっ…
 でも大臣の話のほうがよっぽど本当っぽかったし、誰も、疑ってすらいなかった!
 スパイのあなたが、ネズミのひともハリーのママとパパのことも殺したんだって!」

「……………」

「そうじゃないなら、どうして言わないの?どうして隠すの?
 わ、わたしにはわからない、なんで、なんでそんなこと出来るの?
 みんながあなたを恨んでる、あなたは誤解で憎まれてるのに、どうしてっ……」



少女は途中で言葉を切った。
彼は少女の言ったことに、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

ママも、『ハリーも』、裏切り者だと思っている。

が彼のことを裏切り者だと思うのは、わかる。
彼が守人だということを信じていたひとりなのだから。

しかし、なぜそこでハリーの名前が出る?
ハリーはあの事件が起きたときはまだ一歳で、彼とジェームズが親友だったことなんて知る筈がないのに。



「ハリーは知ってしまったのか?……わたしが彼の、名付け親、だと」

「……………うん」



少女は弱々しく頷いた。

彼は目の前が暗くなっていくような気がした。
ならば、彼はさぞや恨まれていることだろう。殺したいと思われているかもしれない。
ハリーのことをこんなにも大切に想っているのに、ハリーからは憎悪を向けられる。
そのことが、アズカバンで経験したどんなことよりも、辛い。



「……わたし、ハリーに教えてあげたい」

「ダメだ。まだ…早い。ネズミを捕まえなければ、わたしの無実は証明できない。
 ハリーにすべてを説明するのはその後だ。汚名を雪ぎ、名付け親としてふさわしくなってから…」



彼は首を振った。
そして、まだ何か言いたそうな少女を遮り、言う。



「わかってくれ。わたしはこの手で裏切り者を捕まえたいんだ。
 わたしのためではなく、ハリーと……彼の、両親のために」



そして、と、リーマスのために。

火種を蒔いたのが自分であると理解しているからこそ、その芽を摘む責任がある。
彼の驕った計画のせいで人生を狂わされた大切な人たちに報いるために。



「そんなことをしたって彼らが帰って来ないことは百も承知だ。
 わたしはそれだけの過ちを犯した。12年……当然の報いだ。
 だがハリーには何の罪もない。あの子は、愛されるはずだった……」



彼は言う。



「きみはハリーのことを知っているか?あの子がどんな生活をしてきたか?
 わたしは此処に来る前に一度、あの子の育ての親を見た。ひどいもんだ……
 わたしが汚名を晴らしさえすれば、ハリーを助けることが出来る。
 それだけが、今のわたしに残された唯一の道なんだ」



すべてが終わったらを迎えに行こうという計画は、実行できないだろうから。



「しかしきみは、わたしの事情を知ってしまった。……皮肉な運命だ。
 いいか?城に戻ったら、わたしの事は忘れるんだ。
 自分勝手かもしれないが、きみやハリーを、巻き込みたくはない」



皮肉な運命。まさにその通りだ。
原因が自分だと解ってはいても、この世の理不尽を嘆かずには居られない。
ハリーには憎まれて、愛した女はもう誰かのものになっていて、
その女の娘だけが『本当のシリウス・ブラック』を知っている。

それならばいっそ、忘れてほしい。
自分のことなんか、愚かな男のことなんか。

少女が自分のことを忘れてしまえば、も自分のことを忘れてくれるのではないか。
そんな気がした。彼女のことだから、彼のことなんかもう憶えていないかもしれない。
彼との思い出は『どうでもいいもの』に分類されているかもしれない。
新しい家族との、幸せな思い出しか残っていないのかもしれない。
いっそ。それなら、いっそ。彼女の世界から、消えられたら。


少女は何も言わなかった。
彼が自分を誤魔化すように喋り倒していた間、ずっと、俯いていた。

気分でも悪いのだろうかと思い、彼は立ち上がり、少女を覗き込むように腰を屈めた。
しかしすぐさま少女に突き飛ばされるように拒絶され、バランスを崩した。



「……ママのこと…好きだったんでしょ?」



苦しそうに発された言葉に、彼は動きを止めた。
好きだったか?なんて、今更な質問だろう。
彼はその問いに肯定以外の答えを持たない。

好きだった。愛していた。
女は腐るほど知っているが、心から愛したのはただひとりだ。



「じゃあ、わたしのこと何とも思わないの!?」



何とも思わないわけが、ない。
彼は少女に掴み掛かりたくなるのをぐっと堪え、下を向いた。

間違いなく彼女の娘だとわかる少女が目の前にいるのに、
彼女がもう自分ではない誰か他の男のものになってしまった証拠が目の前にいるのに、
なんとも思わないでいられるわけがないだろう!

どんな男が彼を出し抜いたのだろう。
魔法省の同僚か?元彼か?はたまたスネイプか?それともリーマスか?
誰であったところで、彼女が自分を待っていないことだけは確かだ。
そいつと、この少女と、幸せに暮らしているのだろうか?



「…きみの父親の顔が…見てみたいものだな……」



皮肉な運命だ。どうしてこの少女はにそっくりなんだ。
父親の面影があればまだ納得もできようものなのに、どうして。
まるで複製の魔法でもかけたかのような、そんな顔で、どうして自分の前に現れた?

少女は手を握り締めていた。
そして、さっきまで逸らしていた視線をキッと彼に向ける。



「うちに、パパなんて、いないっ!!
 会ったことないし、顔も見たことないし、名前も聞いたことない!
 わ、わたしのっ……わたしの"親"は、ママだけだもの!!」



彼は耳を疑った。

いま、少女は、なんと言った?
父親は居ないと、そう言ったか?



「いいわよ!来なきゃいいんでしょ、あんたなんか忘れればいいんでしょ!
 わたしは、わたしはハリーみたいにママもパパも居ないわけじゃないもの、
 そう言いたいんでしょ?ママもわたしもぬくぬく暮らしてたんだろうって、そう言いたいんでしょ!?」

「違う、それは…」



求めるように、彼は少女のほうへ手を伸ばした。
しかしそれは少女の手によって弾かれ、じんわりとした痛みが奔った。

違う、違うんだ、聞きたいだけなんだ。
きみの家族のことを、のことを、なんでもいいから聞きたいだけなんだ。



「ちがくない!もうっ…もう知らない!もう来ない!
 ジャマばっかりで、役立たずで、わ、悪かったわね!
 これからはどうぞ思う存分ネズミでも何でも捕まえればいいわ!」

!」



彼が呼びかけるのにも構わず、少女は走り去った。
場違いかもしれないが、何か暖かいものがじわりと胸のうちに広がるような感覚を、彼は覚えた。

父親のことは顔も、名前も知らない。
それは、どういう意味だ?

見たところ、少女はハリーと同級生か、少し幼いくらいの年頃だろう。
彼は学年と年齢とを対応させて考えた。計算は得意だ。数占いではにも勝ったのだ。

3年生のハリーは、13歳。しかしそれはハリーが7月生まれだからで、中には14歳の子も居るだろう。
2年生ならば12歳から13歳。1年生なら、12歳か、最低でも11歳ではあるはずだ。
がハリーと同級生ならば、彼が知らないはずはない。つまり、少女はおよそ12歳だということになる。



(およそ、12年前?)



それは、偶然か?



















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