気まずいときは、咳払い。











  BEHIND THE SCENES : XXVII.











わたしは咎めるようなマクゴナガル先生の視線に気付いた。
しまった。うっかり回想に浸るあまりに、あまり宜しくない発言をしてしまった。


そこで、おほん!とファッジが咳をする。
とりあえず何も無かったかの顔をして、わたしは自分の手を見つめることに徹した。



「……でも次の日、魔法省がブラックを追い詰めましたわ」

「いや違うんだよ、ロスメルタ、魔法省じゃないんだ。
 ピーター・ペティグリューだったんだ。魔法省であればどんなによかったことか!」



ロスメルタが、絶妙な間合いで話を続けた。
客商売をやっていれば、こうやって空気を読むことも大切なのだ。



「ペティグリュー…ブラックとポッターにいつもくっついていた子ですわね」

「ええ。能力的にはあのふたりの仲間には為り得なかったでしょう。
 彼はふたりをまるで英雄のように崇めていました。あの子はあの子にしかなれないのに…
 私は、後悔しているんです…自分はあの子に、なぜあんなに厳しくしていたのかと…」



マクゴナガル先生は、目尻の涙を拭った。
わたしはひたすら自分の手を見つめた。



「目撃証言によると、泣きながらブラックを責めていたようだ。
 そして杖を取り出そうとした。しかし――当然、ブラックの方が早かった。
 ペティグリューは…木っ端微塵に吹き飛ばされ…」

「俺が奴さんより先にブラックと決闘してりゃあ…
 杖なんぞ出さずにあいつを引っこ抜いて…八つ裂きの、バラバラに…!」

「ハグリッド、バカなことを言うんじゃない。
 ブラックを捕まえるのに魔法警察の『特殊部隊』が20人がかりだったんだ。
 わたしはあの時、現場に真っ先に到着したうちのひとりだったが…
 あの光景は今でも忘れられんよ。死体の山の前で高笑いするブラック―――」



全員が鼻をかんだ。
わたしは、自分の指先を、じっと見つめる。

彼を批難する権利は、わたしには無い。
わたしはその時、全く関係のないことをしていたのだから。



「哀れなペティグリューにはマリーン勲の1等が授与された。
 そしてブラックはそれからずっとアズカバンに収容されていた。
 まあ…これが今までの大筋なんだよ、ロスメルタ」

「ブラックが狂っているというのは本当ですの?」

「そうだと言いたいが…『あの人』の敗北で、たしかに追い詰められていたとは思う。
 しかしわたしがこの夏にアズカバンを見回りに行ったときのことは聞いているかね?
 ブラックはあまりにも正常だった。わたしはショックを受けたよ」



大臣は首を振って言った。



「ブラックはわたしに、読み終わった新聞をくれないかと言ったんだ。
 なぜだと思うね?クロスワード・パズルが懐かしいと言うんだよ!
 ブラックはあの監獄でもっとも厳しく監視されていた囚人だったのにも関わらず、だ……」



まあ。とロスメルタが言った。

先ほどの失言があるので言わないけれど、とても彼らしいなとわたしは思う。
あの人が、シリウスが狂ってしまうなんて、そんなことはある筈がない。



「ですけど、大臣……ブラックはどうして脱獄しましたの?
 まさか、再び『あの人』と組むつもりなのではありません?」

「恐らくはそれが……最終的な企てなのではないかと、言うことも出来るだろう。
 われわれが恐れているのは、もしそうなれば…『あの人』の復活が飛躍的に早まるのではないかということだ」



ファッジはラム酒をぐいっと飲み干し、グラスを置いた。
時計をチラリと見て、マクゴナガル先生が眉間に皺を寄せる。



「さあ、コーネリウス。校長とお食事をなさるつもりなら、そろそろ城に参りませんと。
 、馬車はどこへ待たせているのですか?」

「村のはずれに…すぐに呼んで来ます。少しお待ちください、大臣」

「いや、結構。ここは少し暑いくらいだからね、散歩でもしようじゃないか。
 ごちそうさま、ロスメルタ。また来るよ」



そして一座は解散した。
連れ立って外に出ると、吹雪のように凍てついている外気に、息が白く曇る。

マクゴナガル先生とわたしと大臣は、そのまま馬車に向かった。
ハグリッドとフリットウィック先生はもう1軒回るようだ。



「……いいかね、。その…さっきみたいな発言は、あまり…」

「ええ、わかってます。申し訳ありませんでした。
 自分でも『失言だった』と思いましたわ」



ファッジの言葉を、わたしは遮る。
そんなことは、言われなくてもわかっている。

しかし心の隅で、『だったら酒場になんか来なければいいのに』とも思ってしまう。
酒場というのはすべての情報が行きかう場所。今さら外面を気にしたって何になるだろう。



……わたしは今でも夢に見ると言ったね、あの時の光景を。
 あんなに酷い光景は後にも先にも一度きりだと、そう思った。
 しかし三ヶ月ほど経って、それは間違いだったと気付いた」

「…………フェンズの事件、ですか?」

「そうだ。きみには本当に申し訳なかったと思う。
 しかしきみが出動したという正式な記録はなくてだな。
 知っているだろう?ツーマンセルで出動させるのが基本だったのだから…」



馬車に乗り込みながら、大臣が言う。
マクゴナガル先生は不満そうに鼻を鳴らした。



「ですから、ダンブルドアが何度も進言したでしょう、コーネリウス。
 あの杖の残骸は間違いなくのものであると!
 それを『証拠がない』などと言って、きちんと捜査もせずに隠蔽するようなことを……」

「仕方がなかったんだよ、ミネルバ!
 残骸のほうには、杖の魔力の芯は残っていなかったし、
 が出掛けたというのだって肖像画の婆さんしか見ていなかったんだから!」



わたしは台座に脚をかけ、客車部分に乗り込む。



「その通りです、大臣。一番最初の原因はわたしです。
 わたしは自分の力を信じていました。勝てると思いました。
 いいえ、というより……負けて死んだって、構わないと思っていました」

……」

「肖像画のお婆さんは、わたしを止めました。規則違反じゃないか、って。
 それを聞かなかったのはわたしの責任です。魔法省が負うべき責任なんて無いんです」



わたしは客車の扉を閉める。
それと同時に車全体が揺れ、馬たちが歩み始めた。

わたしはマクゴナガル先生の隣に座った。
大臣はその反対側。わたしと向き合うように座っている。



「むしろ、魔法省には感謝しているんです。シリウスの事件の後も、わたしを雇って下さって。
 本来ならわたしは重要参考人ではありませんか?取調べの対象だったはずなんです。
 けれど当時の大臣や上司は、わたしに仕事をくれました。闇払いとしての仕事を」

「きみがそう言ってくれると非常に助かるが…いいのかね?」

「ええ。わたしはもう、一生分のお給料を頂きましたから。
 闇の魔法使いをひとり生け捕りにするたびに報奨金を出していた当時の制度のおかげですね。
 おかげさまで、娘をホグワーツに通わせてあげることが出来ました」



これ以上望むことがありますか?とわたしは言う。
大臣はホッと安心したように息を吐いた。



「しかしわれわれは…いや、わたし個人として言うのだがね、
 きみのような優秀な人材をマグルにさせておくのは勿体無いと思っているんだ」

「大臣……」

「罪滅ぼしというわけではないが…きみさえ良ければ、魔法省で働いても構わないんだよ。
 事務員としてでもいいし、魔法警察部隊でも……それこそ、闇払いとしてでもいい。
 この事件が片付いたら、どうだろう、考えてはくれないだろうか?」



ガタン、と馬車が揺れた。

闇払いとして、再び魔法省で働く。その選択肢は、考えたこともないわけではなかった。
視野に入れたことはある。けれど、すぐに外してしまった。



「大臣、ありがたい申し出なのですが……闇払いの『』は死にました。
 わたしはただ、友人と娘を見守りたくてダンブルドアの好意に甘えさせて頂いただけです。
 この事件が終わったら、その時は……また、マグルとして生きていくだけです」

、しかし…」

「死に掛けていたわたしを拾ってくれたのは、マグルでした。
 わたしはそのマグルに恩返しがしたいんです。だからマグルの仕事を辞めることはできません。
 たしかに、魔法省で働いていたおかげで、娘はホグワーツに通っています。
 けれどこの歳まであの子が成長できたのは、そのマグルがわたしに仕事をくれたからなんです」



マクゴナガル先生は、諦めたようにわたしを横目で見た。



「ですから……お仕事をくださるのなら、マグルの事務所を通してお願いしますね」

「………いや、きみはまったく大した女性になったもんだ!」



大臣は笑った。
ガタン、と馬車が揺れる。


闇払いのわたしは、自暴自棄になっていた頃のわたしは、もう居ない。




















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