其は汝が為に鳴るなれば。











  BEHIND THE SCENES : XXX.











 カメラ1 シリウス・ブラックの聖生誕祭前夜


シリウス・ブラックはいつも通りに獣の姿で森の地に伏している。
頭上の空には輝くのは球状の月と、30年も昔に自らに与えられたのと同じ名前の星。
先日、少女から告げられたことの衝撃による動揺はまだ静まりきってはいない。
彼は自分の位置を見失いかけていた。なぜ自分はここに居る、なぜ自分は彼女の傍に行かない?

恐れているのだろうか、この自分が、シリウス・ブラックが!
ホグワーツで一番とも謳われたこの自分が、たったひとりの女を相手にするといつもこうだ。
彼女にだけは勝てなかった。勝とうとも思わなかった。
それが今では自分の首を絞めている。真綿のように柔らかくはない。さすがはだ。

あの少女は彼に対する最終兵器のようなものだ。
自分が認めた唯一の女に瓜二つの外見。なのに、彼女には無かった幼さを備えている。
彼女はあんなにわかりやすく怒るような性格じゃなかったし、涙なんて見せなかった。
それでも確実に感じ取れる彼女の姿は、彼の心を根底から揺さぶる。

なぜ自分はここに居る。
クリスマスだというのに、家族にも友人にも会えず。
名付け子を守り、裏切り者をこの手で断罪するためといえば聞こえはいいが、
結果だけを見てみれば一番大切にしたかった者たちを絶望させているだけではないか。


シリウス・ブラックはいつも通りに身を伏せている。
体を動かさなければ、エネルギーの浪費を避けられるからだ。
少女が彼から離れていった今、飢えを凌ぐ手段は狩猟以外に無い。
そのための体力すら残されているかどうか危ないのが現状だが。

クリスマス。明日になればご馳走が振舞われるはずだ。
ハリーがしっかりと心行くまでそれを食べてくれればいい。
ハリーも、あの少女も、自分の分までしっかりとこのお祭を楽しんでくれればいい。

そしてあと数時間で届くだろうクリスマスの贈り物をしっかりと抱え、しっかりと遊んで欲しい。
彼は名付け子に高級な箒を贈っていた。少女に対してはこの場で言及するのはやめておこう。
彼の十二年分の贖罪の気持ちを込めた贈り物は、子供たちに届くだろうか。
届いてほしい。彼がどれだけ子供たちを想っているか、理解はされずともその事実だけは知っていてほしい。
そしてもう大人になってしまった友人たちには、彼の無罪が証明された後で侘びることにしよう。


彼は考える。


もう一度、あの少女はここに来てくれるだろうか。
来てくれたなら、彼は今度こそ語ろうと思っている。
彼と、少女の母親である彼女の織り成す、ばかばかしくも輝いていた頃の思い出を。















 カメラ2 リーマス・ルーピンの聖生誕祭前夜


リーマス・ルーピンは事務所の床に倒れている。
顎の下を通っていく冷たい空気が非常に気持ち良い。
自身の狼に体を明け渡すということは重労働なのだ。

木目の窓枠からこちらを窺っているのは丸い月。
偶にそれが雲で蔭ると、彼の体から少し痛みと熱が引いていく。

『これ』が休暇中に重なったのを喜ぶべきか、それとも豪華な食事を食べられないことを嘆くべきか。
クリスマスなんていうものの本質はどうでもよくて、彼にとっては提供される料理のほうが魅力的なのだ。


リーマス・ルーピンは学生時代のこの時期について回想してみた。
談話室で宴会をして、騒ぎすぎだと言ってリリーによく注意されていた。(主にジェームズが)
彼に対しては監督生なんだからもうちょっと頑張ってという一言で済むことが多かった。
不公平だの何だのと文句を言うジェームズを黙らせるのもリリーの仕事だった。
すこし呆れたような目で見るだけで、ジェームズは良い子になった。

そしてその構図はシリウス・ブラックとにも当てはまる。

どれだけ機嫌が悪かろうとも、シリウスは決して彼女に逆らわなかった。
なにか弱みでも握られているんじゃないかともっぱらの噂だったのだが、本人たちは気にしていなかった。
そんな当たり前のことをすっかり忘れていたことを、彼はようやく思い出した。


12年は長い。短いわけがない。
しかしだからといって、思い出がここまで遠くなるものだとは思いもしなかった。

ジェームズたちは今頃あの満月の上あたりで自分を見下ろし、文句を言っているだろう。
おい親友、忘れるなんて薄情じゃないか。

そうだ、自分は薄情者だ。
シリウス・ブラックの嫌疑に異議を唱えなかったし、行方不明になったを探さなかった。
生活していくことで精一杯なんだと言い聞かせて、現実から逃げていた。

シリウス・ブラックもも、彼が逃げている間、ずっと戦っていた。
ひとりは絶海の監獄の中で、何かの機会を虎視眈々と狙いながら。
ひとりは毒々しいほど華やかな世界で、たったひとりを守りながら。


では、自分は?
何かを得るために戦っただろうか?


いま、個人戦だったはずのリーマス・ルーピンの世界は団体戦へと変貌を遂げつつある。
誰が味方で、誰が敵なのか。誰が審判なのか、それすらもわからない混沌へ。
















 カメラ3 の聖生誕祭前夜


はエンジンを切った。娘はまだ眠っている。
ハンドバッグから玄関の鍵を取り出す。そろりとドアを閉めて、荷物を先に運び込むことにした。

家の中は静かだ。薄く埃の積もった通路の隅を見ながら、この一年が終われば大掃除が必要だろうと覚悟した。
手近なところにショッピングバッグを置き、七面鳥の入った食料品の袋をキッチンに置く。
もう一度玄関に向かって歩き、ガレージで眠っている娘の姿を想う。

ほんの4ヶ月、たったそれだけ離れていただけで、少女は大きく変わったように思う。
昔からとても優しい子だったが、今はそれに加えて年相応の子供らしい我侭な面が出てきた。
今まではずっと、無意識に押し殺してきたのだろう。ひとりしかいない親に負担をかけないように、と。

助手席側のドアを開け、ずるりと傾く少女の体を自分の腕で支える。
そのまま中腰になって娘の体重を自分に預けるようにし、ずいぶん重くなったものだとこっそり思った。
生まれたときは簡単に捻り潰されてしまいそうなほど小さかったのに、もうドレスを着てパーティに行くような年になってしまった。
それもこれもあの男のせいだ。まあ、誰とは言わないが。


は大腿筋と腹筋とを使い、娘を抱き上げた。
重い。そんなことを言えば後から少女に怒られるだろうがほんとうに重い。
よろよろと歩く。アキレス腱が切れるんじゃないかと思ったが諦めて家の中へ向かう。
34歳というのはもうおばちゃんに分類されてしまうのだろうか。ああ、自分ではまだ若いつもりでいたのに。

確かに感じる重みは、12年分の重み。
それを抱きかかえて歩いていくことに、なんの不満があるだろう。

開け放していた玄関のドアは足で閉める。
女優というのは案外便利なもので、後ろ回し蹴りの特訓はこんなところで生かされたのだった。
リビングのソファに娘を下ろし、腰に手を当てて左右に身を捻る。ごきりと鳴る。明日は筋肉痛の予感。


野菜やら肉やらを冷蔵庫に収納したあとは、ショッピングバッグから丁寧に包装されたドレスやらショールやらを取り出す。
ついでに貰ったハンガーにそれらをかけ、皺を取るように軽く撫でる。
娘のものは薄いピンク。自分がホグワーツ1年生の時だったら、確実にその色は選ばれなかっただろう。
なんて可愛げのない子供だったんだ。今更ながら、母親に申し訳なく思った。ピンクは子供が着てこその色だ。

自分用に買ったサテンの黒い布の端をつまみながら、ホグワーツに置いてきたあのマグルのファッション雑誌を思い出す。
紺でもなく、翠でもなく、黄色でもない。の選んだドレスは喪服のような黒。


深紅は、どうしても選べなかった。



















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