これはきっと、嵐の前の静けさ。
BEHIND THE SCENES : XXXI.
まったく、いつからわたしは大酒飲みとして認識されるようになってしまったのか。
ハロウィーンの事件のあと酒場に入り浸っていたのが原因だろうか。ああまったく。
酒瓶を眺めながらそんなことを考えていると、口元が緩んでいることに気付いた。
不本意だ。わたしは自分の認識のされ方について愁っていたはずなのに。
娘はもう目覚めただろうか。
いつの間にか届いているプレゼントの山を目にしただろうか。
あれまるで、マグルの子供が一度は信じるサンタクロースの所業としか表現できない。
わたしの元にも、いくつか包みが届いている。
恐らくレニーの事務所へ行けば、わたしのファンだという人々から届いたものもあるはずだ。
なんてありがたいことだろう。人情の素晴らしさに涙が零れそうになろうともいうものだ。
脇道へ逸れる思考を戻し、わたしは包みを開ける。
校長からは年代物のブランデー、副校長からはワインに合いそうなチーズと小言付きのカード。
ああほら、ふたりともわたしを飲酒愛好家だと見なしている。悲しいかな、否定できないのが現状だけれど。
リーマスからの包みは開けないでも判る。紅茶だ。彼がずっと愛飲しているブランドの。
学生時代はコーヒー派だったわたしだが、娘に合わせているうちにすっかり紅茶党になった。
いつだったかそう話すと、リーマスはとても嬉しそうに笑った。
ならいつでも飲みにおいで、美味しい淹れ方も教えてあげるよ。そう言いながら。
やたらに派手な包装紙が目に止まる。
まっさおな模造紙に子供の落書きのような黄色い星。
チカチカと輝いているように見えるのはやはり魔法が掛けられているのだろう。
『メリークリスマス、クロツカ教授!
日頃から我々の可愛らしい悪戯をときには見逃し、ときには切り捨てる、
そんなアメとムチのようなクロツカ教授の愛に、我々は骨抜きであります。
つきましてはクロツカ教授に感謝と尊敬とわずかな敵対心を以って開発中の“騙し杖”を贈ります。
どうぞお納めください、そしてお試しください。できればアドバイスを下さると助かります。
それでは良いお年を! フレッド並びにジョージウィーズリー
追伸:卒業したら結婚してください。 』
フレッド並びにジョージウィーズリー。
彼らの顔を思い浮かべ、わたしは溜息をつく。
どこの世界に悪戯品の改良アドバイスをする教師が居るというのだ。
確かに、あのスネイプに『いつかの誰かの再来』とまで言わせたその根性は賞賛に値すべきかもしれないけれど。
大胆不敵なメッセージカードを外し、包装紙も取り除く。
出てきたのは数本のごく普通の杖だった。いや、ごく普通に見える杖だと思われるもの、と言うべきか。
わたしはそれを手に取り、さまざまな角度から眺めた。
よく出来ている。“騙し杖”と最初に聞かされていなければ、ほんとうにただの杖にしか見えない。
軽く振る。
おそらく唱えたものと正反対の性質の呪文が発動するか、杖そのものが霧散するかのどちらかだろう。
そう予想を立てたのだが、赤毛の双子はそう一筋縄で敵う相手ではなかった。
騙し杖なるものを振った瞬間、パンッ!と弾けるような音がして、杖先から白煙が立ち込める。
思わずびくりと体が震えた。ああ、これはつまり、クラッカー?
白煙に続き、今度は黄色い星がひゅんひゅんと飛び出してくる。
まるで包装紙に描かれていたのと同じような、落書きのようなそれが杖先に発光しながら纏わりつく。
「…やだわもう、くっだらない…」
わたしの口元はさっきよりも随分と緩んでいる自覚がある。
しばらすると極めて小規模なイルミネーションは終わり、煙は霧散した。
ショーの余韻を語るのは、杖先からワイヤーでぶら下げられた星の残骸。
なんてくだらない。こんなもの振り回してスネイプに星をぶつけるぐらいしか用途が思いつかないじゃないか。
それでもわたしの口元は緩むし、気分はさっきまでよりもウキウキしているのだから堪らない。
アメとムチ?そうね、もうなんでもいいわ。こういうセンスは大好きだもの。
わたしは包装紙の山を丁寧に畳みなおし、部屋を出ることにした。
ブランデーはホグワーツに持って行って、チーズはこの家の冷蔵庫に隠しておこう。
紅茶はどうしよう、家にあったほうが娘が喜ぶだろうか?
そんなことを考えながら、ダイニングルームに入る。
そこそこ大きな机の上には、真っ白い封筒が置かれていた。
封蝋の色は苔のような緑。象る紋章は蛇。
まったく、これほどまでに差出人の特定しやすいものを使おうだなんてよく思えるものだ。
読む前に破り捨てられるなどとは思わないのだろうか?
それでもわたしはそれを手に取り、丁寧に開封する。
入っていたのはまたしてもカード。
便箋を無駄にするほどの相手じゃないと思われているのだろうか。
親愛なる・殿
いよいよ本日となりましたパーティを心より待ち侘びておりました。
送迎として、“漏れ鍋”前まで迎えの車を遣ります手順になっております。
時刻は17時半を予定しておりますが、不都合があればお申し付け下さい。
それでは今夜、噂に名高き女優の美しさを拝見できますことを。
ルシウス・マルフォイ
読み終えたらカードを裏返す。裏面に文字はない。
わたしは杖を振り、てのひらの上でそれを燃え上がらせた。
2秒後には灰になる高級そうなカード。パーティまで持って行ってあの男の顔に吹きかけてやろうかしら。
ともあれ、わたしの今年のクリスマスはこれで終わりだ。
予想はしていたことだが、スネイプからは何も来ていない。
わたしが彼に贈ったマグルの電動髭剃りはきっと今頃捨てられていることだろう。
そしてもちろん、シリウスからの連絡もない。
思わず自嘲気味の笑みが浮かぶ。なにを期待していたんだ、わたしは。
彼が自分にだけは接触を図るかもしれないとでも思っていたのだろうか?
あの大雨だったクィディッチの日、わたしの前に姿を現してくれたように?
もし本当にそうなれば混乱で頭がパンクしてしまうだろうに、わたしはまだわからないのか。
彼は、シリウスは、親友を裏切った咎を被せられているのだ。
そこに昔の女がしゃしゃり出たところで何が出来ように。
ねえシリウス、あなた今どこで何をしているの?
ホグワーツの近くに居る?それとも違う場所?
クリスマスの朝を、どんな気分で迎えたの?
リリーやジェームズや、ハリーに対して、いったい何を思って。
どうして今更こんな感情が表に出てくるのか。
結局わたしも未練がましいただの女だったということか。
シリウスがわたしに対して何も想っていなければ、わたしはただの道化じゃないか。
いつの間にわたしはこんなに弱くなってしまったのだろう。
嵐の女と呼ばれていた頃なら、戸惑うことすらなかっただろうに。
この弱体化をどう見なせばいいのだろう。
嘆くべきか憂うべきか、それとも安心するべきなのか。
わたしは生きている、と。人の親として生きているんだ、と。
わたしはヤカンに水を入れ、火にかけた。
魔法で沸かしてもいいのだけれど、あいにくそんな気分じゃなかった。
リーマスがくれた紅茶でも淹れよう。そろそろ娘も起きてくるかもしれない。
去年のクリスマスもそうだったな。とわたしはふと思い出す。
もっと寝坊しても怒らないのに、娘はいつだって適当な時間には起きてくる。
昼まで寝ているわたしがダメな大人の見本になったようだ。
去年のクリスマス。
そうだ、わたしはあの子に、“時計”をあげたんだっけ。
その何年も何年も前にシリウスから贈られた、魔法界でも貴重な“時計”。
きっと翌年にはホグワーツに行くのだろうと思って、埃まみれのそれを部屋から探し出して。
使い方は、あの子がホグワーツに入学する日まで秘密にしておくつもりで。
あの時のあの子の、嬉しいようながっかりしたような表情は思い出しても笑いそうになる。
それはそうだろう。木星時間の時計なんて聞いたこともない。
ワインを飲みながら自慢げに言うわたしを、あの子は半目で睨んでいた。
今年がこんなことになるなんて、去年の今頃はちっとも思っていなかった。
あの“時計”は結局、どうしたんだっけ。
あの子から没収して。禁じられた森でシリウスに助けられて。それから?
記憶がない。あの子が使っている様子もない。
禁じられた森に置いてきてしまったのだろうか?
もしそうなら、もう取りに行くことは出来ないだろう。
あの森は深い。ハグリッドでも居ない限り、同じ場所にもう一度辿り着くのは困難だ。
だけど、それで良いのかもしれない。
わたしは魔法界を捨てたはずの身なのだから、それが正しい在り方なのかもしれない。
2階で、床が軋む音がした。娘が起きたのだろう。
このヤカンが沸騰したら、火を止めて、寝起きの顔を見に行こうと思った。
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