(さて同日、ホグワーツの蝙蝠教授のクリスマスは?)
BEHIND THE SCENES : XXXII.
朝。セブルス・スネイプはホグワーツ内に設けている自分の研究室で頭痛を感じていた。
どうして自分はこんなにも厄介ごとを引き寄せて、いや、押し付けられてしまうのだろう、と。
・がホグワーツに戻ってくると知ったその日から、そうなることは覚悟できていたはずだった。
彼女は(譲歩した言い方をすれば)非常にマイペースなのだと、わかっていたはずだった。
学生時代からそうだった。ガージョンと一緒になって、やたらとこちらに干渉してきた。
新しい呪文の実験台に立候補したこともある。頭がおかしいんじゃないかと本気で心配になった。
ガージョンと別れたかと思えば、あろうことかブラックとくっついたりもした。
そうなるとブラックが片時も手放そうとしなかったので、彼のほうにやって来ることは殆どなくなった。
それでも図書館や廊下で会えば、軽口くらいは叩き合った。そのときも相変わらずマイペースだった。
卒業して、闇払いになって、少し変わった。集中した時の気迫が増した。
彼とは敵対関係になり、軽口を叩くことは出来なくなった。
現場で相対したこともある。踊るように闘う姿は、戦場では目立った。
そして『あの』事件が起きて、姿を消した。
笑っていたかと思えば無表情になり、怒ったかと思えば笑っていたような人間だった。
そして、死んだのかと思えば、生きていた。しかも子連れになっていた。
・に引き寄せられるかのように集まってくる、狼人間と脱獄囚。
次は何だ、死人でも甦るのか?冗談じゃない。彼は米神に親指を押し付け、凝りをほぐそうと試みた。
机の上には、届いたばかりの荷物が数個あった。
その中のひとつはマグルの家電量販店の包装をされていて、彼の神経を更に逆撫でする。
誰が送ってきたかというのは考えることさえ愚かしい。開封もせずに粉々にしてしまいたい。
それでも一応差出人を確認し、・という文字が見えた途端に後悔した。
いや、そうであろうとわかってはいたのだ。いたのだが、どうしても無視出来なかった。
それは彼の義理堅さなのか、彼女のもつ一種の強迫性なのか。どちらによるとも判別がつかないが。
「――教授様に速達の伝言なのでございます!」
「どうした」
突然、部屋に甲高い音が響いた。
一瞥も呉れずに、そのしもべ妖精へ報告を促す。
「・様よりの伝言でございます!
――『17時半、漏れ鍋』。以上なのです!」
レポートの採点でも始めようかと思っていた彼は、危うく羽ペンを握り潰しそうになった。
わざわざ速達で伝言を頼んだのに、内容がそれだけとは一体どういう了見なのだろう。
速達料金の無駄遣いだとは思わないのだろうか。それともマグルの女優はそんなに儲かるのか?
わかった下がれ、と言うと、しもべ妖精はぱちんと音を立てて消えた。
17時半。彼はその時刻を脳内の記憶領域に書き記す。
いくら不本意だとはいえ、一度契約したものを違えるのは彼の性分ではないからだ。
*
ナザレの聖人は何か自分に対して恨みでも持っているのだろうか。
昼食時、ソーセージの皿の上に仰々しく降り注ぐ金色の飾り紙。
手元から響いた大砲のようなバーンという音に鼓膜が振動する。
何よりも忌まわしいのは、黒髪眼鏡の生意気な子供が自分を見てニヤついていることだった。
視界に入るハゲタカのついた帽子のせいで、口許がひくりと痙攣するのがわかった。
もし真横にダンブルドアが居なければ即座に燃やしてしまえたのに、それすらも出来ない。
思うに、あのクラッカーは起爆させた者の心にいちばん焼付いている物を具現化させる仕掛けだったのだろう。
そうでなくては困る。そうであっても嫌なことには違いないが。
しかしダンブルドアの策略であったりするよりは、はるかにマシだ。
彼はクラッカーから出現したその悪趣味な帽子を、ダンブルドアに押し付けた。
ダンブルドアは嬉々として受け取り、自分の三角帽子を脱いでそれを頭に乗せる。
しまった、あのマグルの家電の意趣返しに・に渡せばよかった。
そう思いついたときには帽子はすっかり老人に馴染んでおり、どうでもいいことだと彼はすぐに考えを改めた。
その直後、大広間の扉が開き、蜻蛉のような眼鏡をかけたシビル・トレローニーが現れた。
彼は無意識のうちにまた少し顔を歪める。この人物に纏わる記憶で、良いものは皆無だからだ。
そして予測通り、いんちき占い師は13人が不吉だの何だのと御託を論う。
最終的にはリーマス・ルーピンを死亡リストに加えようとしたが、これは別にどうでもよかった。
しかし堪り兼ねたダンブルドアは彼に話を振る。
「セブルス、ルーピン先生に薬を作って差し上げたのじゃろう?」
「はい、校長」
全く以って不本意ながら、通常業務の合間を縫って調合して『差し上げて』いますとも!
彼は心の中で毒づく。口に出さないのはそれが最善だと思っているからだ。
彼は目の前の皿から金色の紙切れを跳ね除け、トレローニー女史の皿へこっそり入れた。
*
「――スネイプ、セブルス・スネイプ!緊急事態です、ご覧なさい!」
「……それは何なのでしょうな、副校長殿」
夕刻。彼の研究室を慌しく訪ねたのはいつも厳格なミネルバ・マクゴナガルだった。
彼はスリザリン生のお粗末なレポートに同情心から「A」の評価を下し、顔を上げた。
副校長はなぜか、箒を持っていた。
「ファイアボルトです!」
「……いえ、そうではなく。箒がどうしたのかと聞いているのです」
まさかグリフィンドールチームにファイアボルトが導入されたのだろうか。
そしてそれを自慢しにでも来たのだろうか。ならば宣戦布告のつもりか?
もしそうだとしても、こちらにはマルフォイ家という財布がある。勝てる。大丈夫だ。いや、そうじゃない。
いくら副校長が大のクィディッチ好きであろうとも、そんなことで緊急事態だと言って訪ねて来るような人物ではない。
「ポッターです、ポッターのもとに届いたのですよ、セブルス!恐らく…ブラックからでしょう。
ああまったく、どうしてこんな時には不在なのですか、間の悪い!」
そんなことを言われても困るというのが正直な感想だが、彼は口にはしなかった。
「…それで、何か問題でも?」
「問題に決まっているでしょう、逃走中の犯罪者から生徒へ物が贈られてきたのですよ?
どんな仕掛けが、いえ呪いが掛けられていることか…!」
「ほう、ではブラックはご丁寧に署名をして寄越したと?」
マクゴナガルは一瞬返答に詰まる。
「それは…いいえ、署名やカード、伝言の類はありませんでした。
しかしセブルス、あなたなら解るでしょう、ブラックがどのような性格であったのか!」
「とんでもない、理解しかねますな」
彼は鼻で笑いながら言った。副校長は怒りで顔をパッと赤くするが、すぐに深呼吸で自制する。
今日という日は、彼にどれだけの負荷を与えて過ぎ去るつもりなのだろう。
これ以上の厄介ごとは御免だし、呪われた箒で子供が怪我でもすれば彼にとっては一石二鳥だ。
「…っとにかく!と合流し次第、このことを伝えてください。
“ポッターのもとに、差出人不明のファイアボルト、罠の可能性あり、要検証”です!」
「では、ブラックの名前は伏せるのですか」
「……あなたの判断に任せます、頼みましたよ」
彼をじとりと睨み、副校長は箒を抱えて彼の研究室を去った。
呪われているかもしれないと言う割には、後生大事に抱えているように見える。
よほどあの箒であの子供にクィディッチをさせたいのだろう。彼は溜息をついた。厄介ごとが、また増えた。
時計を横目で確認すると、16時半を過ぎた時刻を指していた。
今から校庭を横切り、姿くらましでロンドンへ行けば、17時前には着くだろう。
漏れ鍋で一杯引っ掛けていくのも悪くない。今日はまったくもって面倒ばかりなのだから、息抜きが必要だ。
セブルス・スネイプはマントを翻しながら研究室を後にした。
身に付けているのがいつもより良い素材の服であるのは、街が浮かれているせいだ。
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