使用人の言葉を聞き流し、玄関ホールへ入る。











  BEHIND THE SCENES : XXXIII.











白い大理石の床は丁寧に磨かれている。
この傷ひとつない表面を保つのに、しもべ妖精はどれだけの時間を掛けるのだろう。

マルフォイ邸に足を踏み入れるのは、これが初めてだった。
アーサー・ウィーズリーは何度も何度もルシウス・マルフォイの尻尾を掴もうとしていたが、
上層部からの圧力やなんやかんやに邪魔され、わたしの知る限りでは成功した例がない。
聞けば去年にも抜き打ち調査をしたらしいが、やっぱり逃げられたのだという。

どうせならこの機会に何か決定的な証拠でも探り出せればいいのに。
そうすれば魔法界はどれだけ清廉となることだろう。



「……あまり余所見をすると怪しまれるぞ」



スネイプがぼそりと言う。
そんなに判り易かっただろうか。



「…わかったわよ。気をつける。でも考えてもみて。
 わたしが大人しく貴賓席に座ってたら、それはそれで怪しいと思わない?」

「違いない」



スネイプは少し嘲るように笑って、言う。
いつものことなので腹も立たない。



「どうやったらあの男の顔に泥を塗ってやれるかしらね。
 …料理からイモリが出てきた、って騒ぐのはどう?」

「ひとりでやっていろ」

「ノリの悪い男ねえ」



肩をすくめて、わたしは横目でスネイプを見る。
これぞ必殺・流し目というやつだ。しかしまあ、スネイプには効果がない。

目の前には両開きの木の扉が迫る。
わたしたちの姿を見つけると、傍に控えていた使用人がサッと入り口を開いた。
が背後をカルガモのように付いてきているのを確認して、いよいよサロンに乗り込む。

サロンにはもう結構な人数が揃っていた。
わたしが現役だったころに省の上役を務めていた魔法使いの顔がいくつかある。
魔法界の重鎮をここまで集められるとは、さすがはマルフォイ家だという感じだ。


「そのままで聞け」と、唐突にスネイプが喋りだす。



「ファイアボルトを知っているか?」

「……聞いたことあるわ。新しい箒のモデルでしょう?
 確か、500ガリオンとかいうふざけた値段なのよね」



それがどうかしたの?
と、顔を正面に向けたまま、わたしたちは小声で話す。



「今朝、そのふざけた箒がポッターのもとに届いた」

「…なに、ジェームズは息子のために箒貯金でもしてたっていうの?」

「そうではない」



奥まったところに、マルフォイの姿が見えた。
憂鬱になる気分を隠す気にもなれなくて、わたしはジト目でスネイプを睨む。
なにをそんなに勿体振っているんだか知らないが、今日のわたしは機嫌が悪いのだ。



「差出人は不明だ。署名も伝言も無かったらしい。
 呪いが掛かっているかもしれないと、マクゴナガルが没収した」

「…………は?」

「……その様子では、お前が犯人ではなさそうだな」



思わず足を止めてしまいそうになった。
差出人不明の高級な箒がハリーのもとに届いた、だって?

わたしの脳裏には、灰色の瞳を細めて名付け子を抱き上げていた在りし日の彼の姿が、浮かぶ。
そうだ、彼はハリーのためならロンドン塔でも買収してやると豪語していた、ような気がする。
まさか。まさかまさか、



「……あの、バカッ……!」



無記名で、そんな高級品をポンと呉れてしまうような人間が、他に誰がいるだろう。
ハリーを罠にかけるつもりだったのだろうか?それとも純粋にプレゼントのつもりなのだろうか?
いずれにせよ、そんな物が唐突に届いたら不審がられないわけがない。

あのバカ男、いやそんな言葉じゃ手緩いか?あの、バカ犬め!

恐らく、そのファイアボルトの安全確認はわたしの仕事になるのだろう。
最近は吸魂鬼が大人しいというので警備の時間が短縮されたから良かったものの、
今まで通りの警備時間だったらわたしは近いうちに再びスネイプの研究室に入院する羽目になっただろう。

そしてきっと、もしその箒が本当にシリウスからの贈り物だとしたら、呪いなんて掛かってないに違いない。
本気でハリーを狙っているなら、小細工なしに正面から仕掛けてくるはずだ。彼はそういう人だった。
それに、あんなにクィディッチが大好きだった人間が、世界最高峰の性能を誇る箒にちょっかい出せるはずがない。

わたしは溜息をついた。スネイプが少し憐れむような視線でわたしを見た。



「これはこれは女史、ようこそお出でくださいました。
 これは妻のナルシッサ。息子とはホグワーツで面識がおありですかな?」



そしてこの、拷問のような夜会が幕を開ける。





















「さてそれで…話を戻しましょう」



とドラコを追い出し、ルシウス・マルフォイはわたしを見る。
出来るだけ背筋を伸ばし、わたしはルシウス・マルフォイを見返す。

この冷戦がどうして解らないのか、ファッジだけは「まあまあ」と諭すように言う。



「……わたしはマグルとしてこれまで12年間生きてきました。
 ただそれだけのことですから、それ以上にも以下にも申し上げることは出来ませんわ」

「そうじゃない、、そこは既に聞いている。
 我々が知りたいのは、君が失踪した晩の出来事なんだが」



クラウチはマルフォイにちらちらと意味深な視線を遣りながら、わたしを見る。

要するに、魔法省は知っているのだ。
あの『大嵐』の夜に、誰がボロ小屋を爆破させたのか。
ただ、生き残りであるわたしの言質が欲しいだけなのだ。



「……そのことですが、ミスタークラウチ、本当に申し訳ないのですけれど…」



クラウチは眉を顰めてわたしを見る。
反対にルシウス・マルフォイはニヤリと笑う。



「…わたし、あの夜の前後の記憶がひどく曖昧でして…
 恐らく、どこかで頭でも打ったのではないかと思うのですけれど…」

「……そうか」

「ええ…お力になれず、申し訳ございません。
 せめて誰が居たかということさえ覚えていれば少しはお役に立てようものですが…」

「何も覚えていない、と?」

「そう、かもしれません。覚えているのは、要請を自分で勝手に受理したことと…
 青白い稲光が奔っていたこと、それに、ひどく頭が重かったこと、それくらいしか…」

「ああ、もういい。ゆっくり思い出してくれればいいんだ。
 バーティ、この話はもう止めにしよう。ご婦人をこんな風に問い詰めるのはそれこそ紳士ではないからな」



ファッジはわたしとクラウチの間に入り、クラウチを宥める。
どうどうバーティ、少し落ち着きたまえ!わたしから言わせれば大臣こそ落ち着けという話だ。



「…では、最後にひとつだけ聞きたいのだが、」

「バーティ!」

「……いえ、構いませんわ、大臣」



クラウチはファッジの巨体に押し退けられながらも、わたしを真っ直ぐに見る。
あれ以来、魔法法執行部から国際魔法協力部に左遷されたと聞いたが、いまだにその鋭さは失われていないらしい。



「たとえば、そこのマルフォイのような人物は、覚えがあるか?」



名指しされたルシウス・マルフォイは、ゆったりと笑っている。
鋭さは失われていなくても、もうその勘は鈍りきってしまったのだろうか。
この問いかけは、こんな場面でするようなものじゃないことくらい、わからないのだろうか。



「……いいえ、ありません。
 こんなに目立つ方ですもの、いくら頭を打ってもあの場に居たのなら忘れやしませんわ」



そうか、と呟き、クラウチはファッジに引き摺られて部屋の中央へ戻っていく。
ホグワーツの理事やら、財界のお偉方やら、他にも挨拶すべき相手が残っているのだろう。

ルシウス・マルフォイは給仕役の使用人を呼びとめ、トレイに乗っているワインを2つ取る。
その1つをわたしに差し出し、「ワインはお好きでしょう」と言った。
わたしはそれを受け取るが、問いかけは黙殺する。

この男はこうしてまたひとつ、自分の足場を確実なものにしていくのだ。



















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500ガリオン≒43万円だとか