オトナの事情は、いつも汚い。











  BEHIND THE SCENES : XXXIV.











クラウチとファッジの背中を見送ってしまえば、残されるのはわたしとマルフォイ。



「別室で少々お伺いしたいことがあるのですが、レディ?」

「……スネイプを同席させて頂けるのなら喜んで、ミスター」



肩を抱こうとするマルフォイの腕をそれとなく外し、わたしは小首をかしげて奴を見上げる。
今のわたしは“凄惨な過去を無意識下で忘れようとしている哀れなシングルマザー”の役を演じる女優だ。
流し目?上目遣い?そんなものは気のせいだ。今さら媚を売ったところで何になる?

マルフォイは少し離れたところでわたしたちを見ていたスネイプに手招きをして、別室へ続く扉を開けた。





その部屋は狭く、灯が無いのでひどく暗かった。
ルシウス・マルフォイは杖を振り、壁に備えられた燭台に火をつける。



「―――それで?満足してもらえたかしら、ルシウス・マルフォイ」

「お見事、お見事…さすがは
 マグルに堕ちたとはいえ、“嵐の女”はご健在のようだ」

「わたしがマグルの世界で何の仕事をしているか、ご存知でしょう?
 女優、つまり厚い面の皮を被って台本通りに動く仕事よ。さっきの会話みたいにね」



グラスを小さく回し、葡萄酒のその香りだけ楽しんで、わたしはそれを床に放り投げる。がしゃんと響く音。
マルフォイは片眉を上げたが、咎めはしなかった。代わりにスネイプが呆れたようにわたしを見る。



をダシにして、自分の潔白だけ証言させて。
 12年経っても、あなたのその根性の悪さは治らなかったのね。ナルシッサに少し同情するわ」

「私は寧ろセブルスに同情するがね。
 12年経っても相変わらずきみに付き合わされて…そろそろブラックと落ち合えばいいだろう?」

「……挙句の果てに、内情調査?
 残念だけど、わたしが彼と共犯関係にあるとでも思っているなら考え直したほうがいいわよ」



わたしは壁に寄り掛かり、膝から下だけ足をクロスさせる。
マルフォイがスリットの隙間を見ているような気がするのは気のせいだと思いたい。



「……話はそれだけ?今日は別に決闘をしに来たわけじゃないから、
 もう用が済んだのなら戻らせてもらいたいのだけど。……それとも、まだ何か?」

「ふむ……用件というほどではないが…」



マルフォイはワインを煽り、瞼を細めてわたしに視線を投げる。



「―――あの娘は、ブラック家の直系なのか?」



スネイプが「否定しろ」とでも言うようにわたしを見ている。
わたしはそれに気付かなかったふりをして、唇の端を少し持ち上げる。



「さあ、どうかしら?」



だってそれはきっと、天国のリリーしか知らない。

そうえいばナルシッサの旧姓はブラックだったなとわたしは今更思い出す。
もしがブラック家の血を引いているなら、この男とも親戚になるわけだ。なんておぞましい。



「……その台詞も台本通りというわけか?」



わたしは足元のガラスの破片を、つま先で踏み潰す。
更に薄く微笑むと、マルフォイは苦々しい表情になる。

ピンクのシャネルの口紅に、マノロブラニクのハイヒール。
マグルの高級品はこういうシーンでこそ輝く。


なにが台本通りに進んでいるかなんて、やはりリリーにしかわからないのだろう。
考えるだけ、無駄というもの。



「わたしは別にあなたを闇払いに引き渡すつもりなんて無いのよ、ルシウス・マルフォイ。
 あなたの方から仕掛けてこない限りは、ね。まあ、逮捕されてしまえば良いのにとは思うけれど」

「元闇払いがそのような事を口にして許されるのかね?
 ここには死喰い人がふたりも揃っているのだぞ?」

「あのねえ、もうあなたには興味がないと言っているの。解らない?
 わたしはもう魔法使いじゃないのよ。あなたのお嫌いな、ただのマグル」



わたしは語尾を殊更に強調して言う。
わたしはマグルで、ただの女優。ここには演技をしに来ただけ。



「ならばなぜホグワーツに戻った?」

「娘のためよ。どこかのバカ男のためじゃないから、勘違いしないで。
 だから復員手続きも、援助という名の賠償金も、なにもして頂かなくて結構よ」



そう言い切ると、マルフォイは苦い顔をする。

恐らくこの男が危惧しているのは、わたしが「マルフォイさんに殺されかけました」と証言することだけではない。
わたしとが『ブラック家の跡継ぎとその母』として魔法界に台頭すると想像しているのだろう。



「――わたしが、信用ならない?」

「……小指の甘皮ほども」



それはまた極端に不信の念を持たれたものだ。
わたしとしては、頼まれたってをブラック家に渡すつもりなんて無いのに。



「“死人に口無し”…あなたならこの言葉、よくわかるんじゃない?
 だって、わたしを殺したのはあなただものね、ルシウス・マルフォイ」

「……………」

「死んだのよ、わたしは。
 安らかに眠らせてくれなきゃ――呪い殺してやるから」



わたしは壁から背中を浮かせ、この小さな部屋の出口へ向かう。
交渉は決裂だ。これ以上この頑固な教条主義者に構っている暇はない。

ご馳走を頂いたら、すぐにホグワーツへ戻ろう。
わたしにはするべき仕事が山のようにあるのだ。

ああまったく、純血の一族というのはどうしてこうも頭が悪いのだろう。
いや、頭が良すぎるために、却ってそれが仇となっているのかもしれない。




媚びるように挨拶をしてくる肥った男をやんわりと牽制し、わたしは給仕からシャンパンを受け取る。
スネイプはまだ出てこない。きっとマルフォイに愚痴られているんだろう。
きっと『何なんだあの女は』とか『マグル風情が調子に乗って』とか言われているに違いない。


頭が悪いのは、わたしも同じか。自分をあざ笑うように、口許が弧を描く。


ハリーのところにシリウスから箒が届いたと聞いたとき、わたしは思ったのだから。
バカな男、最低な男。ねえ、どうしてわたしには何もくれなかったのよ。



















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