彼女は高レートでコールする。
BEHIND THE SCENES : XXXVI.
は朝日をさんさんと降らしてくる廊下に立っていた。
目の前には木目の扉。ああ、なんだか徹夜明けの頭がひどく重い。
それでも受け取るべきものと報告があるはずなので、眠気を誤魔化しながらノックをした。
面倒なので返事を待たずに開けてしまおうかと思ったが、やめた。
この部屋の主はある意味ホグワーツ校長よりも厳しい副校長様だ。
「お入りなさい」
「失礼します」
まるで生徒に戻ったかのような挨拶をしながら、はミネルバ・マクゴナガルの事務室に入った。
事務室はタータンチェックなどでスコットランド風に纏められている。
名字のことも併せてみると、この明晰な女性はハイランド系の家の出なのかもしれないと思った。
「、ちょうどいいところに来ました。
セブルス・スネイプから箒について報告を受けたのですね?」
「ええ、あのバカ男がまた何かしたそうで」
書類にかける手を休め、マクゴナガルは驚いたようにを見た。
マントを脱ごうとしていたはその視線に驚き、手を止めた。
「…ブラックの仕業だと、セブルスがそう言ったのですか?」
「いいえ、スネイプは差出人不明の箒がハリーに届いたとしか…
状況的にシリウス・ブラックからだと判断したんですけど、違いました?」
「違いませんよ。…いえ、直接の証拠はありませんが」
マクゴナガルは羊皮紙を丸めると、お茶の準備を始めた。
は不思議そうに首を傾げながらも、マントのボタンを外していく。
明け方は冷えるので、さすがにパーティドレスで学校周りを歩くわけにはいかなかったのだ。
事務室は暖炉が燃えていて暖かく、眠たくなってしまいそうだ。
頭を振って意識をハッキリさせようとすると、夜会巻きでまとめた襟足からひとふさの髪が落ちる。
「何ですか、その派手な衣装は」
「パーティドレスですよ。マクゴナガル先生も着ます?」
馬鹿言うなとばかりに、副校長はを睨む。
はくすくす笑ってマクゴナガルの対面に座り、ブランデーを垂らした紅茶を受け取った。
「大きな娘が居るというのに、そんなに肌を露出して。
もう少し年齢を考えてはどうです?わたくしの若い頃はもっと品のあるドレスが主流で――」
「あら、先生もドレスを着られたんですか?」
「まあ失礼な!
“グリフィンドールのアザミ花”とも呼ばれたわたくしの姿を見ればきっと腰を抜かしますよ」
は紅茶が詰まりそうになり、慌てて顔を背けて胸を叩いた。
グリフィンドールのアザミ花!なんてピッタリな名前だろう!
可憐で気高い姿に騙されて手折ろうとすれば、潜んでいるトゲに刺されてしまうのだ。
「……なぜ笑うのです?」
「いえっ、アザミのっ、トゲがっ、気管にっ、入りましてっ…」
在りし日の“アザミ花”は、ヒィヒィげほげほとうるさいに眉を顰る。
それでも少し照れたような顔で立ち上がると、壁に立てかけてあった箒を手にした。
むせこみながらも視線でマクゴナガルを追っていたは、咳をむりやり鎮めた。
目尻の涙を拭いながら、自分がここを訪れた理由を見る。
「……それがファイアボルトですか?」
「そうです。一見したところでは何らおかしなところはありませんが、
どんな呪いが掛けられているのか想像するだけで気が滅入りますよ」
マクゴナガルは心底恨めしそうに言う。
この箒が誰か別の、信頼に足る人物からの贈り物だったら。そう思っていることが容易に見て取れる。
もしそうだったらグリフィンドールチームの勝算は飛躍的に上昇するだろうに。
「案外、何の呪いも掛かってないかもしれませんよ?」
「それを調べるのが貴女やわたくしの仕事でしょう。
いいですか、決して箒の性能を損なわないような呪い調べを行うのですよ!」
憤然としたように言うマクゴナガルに、は呆れて溜息をつく。
魔法界に呪いは星の数ほどもあるのに、それら全てについて検査するのは正気の沙汰じゃない。
どうせ、『次のグリフィンドールの試合までに』という期限までくっついてくるのがオチだ。
「わたしが乗ってみるのが一番手っ取り早くて良いと思うんですが」
「!それでもし『乗ったら死ぬ』という呪いがかかっていたらどうするのです!」
「乗ったら死ぬってそんな…バズビーの椅子じゃあるまいし…」
せいぜい『逆発射の呪い』とか『高所恐怖症の呪い』とかだろう、とは思った。
それでもマクゴナガルは、がファイアボルトを冒涜したかのように怒っている。
超一級の素晴らしい箒なのだから、掛けられているだろう呪いも超一級だ、とでも言うのだろうか。
だいたい『乗ったら死ぬ』などといわず、『触ったら死ぬ』くらいの方が確実じゃないか。
『乗る』前には必ず箒に『触れる』という動作があるはずなのだ。
わざわざ一段階遅めたら、それだけ呪いが発覚するリスクが大きくなる。まるで今の状況のように。
「わかりました、わかりましたから。
ファイアボルトの性能はそのままで、確実に安全だという保証をすればいいんですよね?」
マクゴナガルは大きく頷いた。
これ以上ファイアボルト自慢に付き合わされては敵わないと思い、は急いで事務所を後にした。
*
トントンと軽いノックの音がして、返事をしようと思ったときにはもう彼女はドアを開けていた。
リーマス・ルーピンは口元で笑い、・を出迎える。
そろそろ来るだろうとは思っていたが、まさかこんな風にやって来るとは。
「メリークリスマス、もう遅いけどね。
体調はどう?リーマス」
「おかげさまで、随分楽になってきたよ」
それは良かった!はそう言いながら、来客用の椅子にさっと座った。
そして杖を振り、どこからともなく渋い色ガラスの瓶を取り出す。
ファイアウィスキー、そのラベルの文字が見えて、彼は微笑みを苦笑に切り替えた。
「朝から飲もうっていうのかい?」
「そう、贅沢でしょう?まだ休暇中なんだから怒られやしないわよ!
それともなに、リーマスはチョコだったら授業中でも食べかねないくせに休暇中のお酒はダメっていうの?」
「はいはい、わかったから。もう酔ってるね?」
は答えなかった。その代わりにニシシと笑う。
彼はそこで初めて、がいつもと違う格好をしていることに気付いた。
黒いつやつやした高級そうなドレスに、なぜか箒を抱えている。
胸の間に箒の柄を挟むようにしている姿は、マニアが見ればひどく喜びそうだ。
「で、なんだい?その格好は」
「え?…ああ、いいでしょ?パーティ帰りなのよ。
まあ“グリフィンドールのアザミ花”には負けるけどね」
は愉快そうにくつくつ笑う。
何のことかわからず、彼は「アザミ花?」と聞いた。
「マクゴナガル先生の昔の栄光らしいわよ。アザミ花、って呼ばれてたんだって。
リリーは“姫百合”だったし、グリフィンドールは今も昔もお花畑ね!」
ああ、思い出すだけでも苦しくなってくる!
差し出されたグラスにウィスキーを注ぎながら、リーマスも笑った。
「…そっちの箒は?」
「これ?これはねぇ、どっかのバカがハリーに贈ってきたそうよ。
いま売られている箒の中では抜群の性能と、抜群のお値段。なんと500ガリオン」
「………どっかのバカが、ねえ…」
『どっかのバカ』に思い当たる人物がひとりしか思い浮かばず、彼は内心でガックリと項垂れた。
500ガリオン。彼の生活費に換算すれば半年分にもなろうかという金貨だ。
それを13歳の子供にぽんっとくれてやるとは、そのバカは随分と豪奢な逃亡生活を送っているようだ。
なんともうらやましいというか、うらめしいというか。
「……そのバカは、にも何か送りつけはしなかったのかい?」
「ええ、残念なことにね」
は苦笑いして言う。
揶揄ではなく、本当に残念がっているのではないかと、リーマスは思った。
「ねえ、賭けない?リーマス」
「その箒が呪われているかどうか、を?」
「そう。負けた方は勝った方に三本の箒で一回分の飲み代を奢るの」
彼は自分の財布を思い浮かべ、彼女の飲みっぷりを思い浮かべ、断ろうと思った。
しかしものは試しで、もしかしたら彼が勝つかもしれない。
けれど賭けということは『呪われている』か『呪われていない』かのどちらかだ。
あの箒がシリウス・ブラックからのものなら、後者とは考えにくい。
ならば賭けが成立しなくなってしまう。そこはどうするのだろう?彼は視線でそう問う。
「わたしはね、リーマス。
―――“呪われていない”に賭けてるの」
は微笑んで言う。不敵に、だけど繊細に。
彼はその笑みに一瞬だけ息を呑み、いいよ、と言った。
「じゃあわたしは“呪われている”に賭けるよ」
その賭けはまるで、行われなかったシリウス・ブラックの裁判の代わりのようにも見えた。
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